御令嬢と騎士と 5
背中に遠くなる轟音と、ブーツ越しに地鳴りを感じながらルルディは地下を脱していた。
ルルディはその場で足を止めること無く荷物のある神殿の中へと駆け込んでいく。
ルルディは荷物の前にしゃがみ込むと乱暴に中身を引っ張り出す。
「何か、何かあるはずよ。巨大な敵を倒すために使えるものが!」
二人分のカップ、二人分の器、小型のケトル、トーチが数本、ペイズの入った布袋、パン、携帯用の乾燥食料、蝋燭の束。
「なんで!何もないのよ!!」
ルルディが手に持ったスプーンを床に叩きつけた。
木製のスプーンの乾いた音が広い神殿の内空間に響く。
「…レイス。今の私じゃあなたを助けてあげられない…。どうして、どうして私は…」
目に涙を浮かばせながら、膝に付いた両手を握りしめる。
「そ、そうだわ!!」
ルルディはローブのポケットから一枚の金貨を取り出す。
「運命のコイン…。お願い!」
指で弾き上げられた金貨はルルディの視線の高さで回転、落下する。
ルルディは金貨を握りしめた掌をゆっくり、もったいぶったように開く。
金貨は見開かれた瞳でルルディを見上げていた。
「…やった、やったわ!あるのね、レイスの助けになるものが!!」
ルルディは涙を手で拭い、立ち上がって辺りを見渡す。
ルルディの瞳に一つの光景が映る。
視線の先、芝生の中庭の真ん中にあるテーブル。
ルルディはそこへ小走りに近づく。
「随分古い本ね…」
表紙の文字がかすれて読み取ることができないほど痛み、使い込まれた本。
それを手に取ったルルディは、何にかの皮を巻かれたその木製の表紙を開くと、重く分厚い繊維の粗い紙のようなもので作られたページをめくる。
左右非対称な上に幅も高さもまちまちなまるで落書きのような形の羅列は、文字というにはあまりにも複雑だったが、ルルディにはそれが読めた。
「エーテリアボディ?エルフの体のについて書いてある…」
エルフの体、霊的な肉体の特性について書かれたページを幾枚かめくると、ルルディは挟まれた栞に気付く。
栞のページに指をはさみ、そこを開くと一つの魔法陣がルルディの瞳に映り込む。
「いっつ!!」
突然ルルディはその瞳に痛みを感じた。
本を投げ出し、慌てて両目を抑える。
刺されたような痛みが目の奥を抜け、体中の血管を通っていくように全身を痺れたように痛めつける。
「んっ…あっ」
体の中からくすぐられるようなむず痒さにルルディは体をくねらせる。
痛みが引いた後も体に何かが残っているような感覚にルルディは身震いをする。
「な、なんだったの?今のは…」
両手の掌を眺めて、ルルディは呆然としている。
「レイスの助けになるものはこれじゃなかったのかしら…」
落胆してため息を漏らしたルルディが落ちた本を拾い上げる。
すると、ルルディの掌が白く輝き、掴んだ本を光が包み込んだ。
「な、何よこれ!」
それまでぼろぼろにくたびれていた本がまるで作ったばかりの頃に戻ったように艶を持ち、表紙のかすれた文字がはっきりと読めるほど色濃く印字されていた。
「修復、回復、治療?これ、エルフの回復術の本だったんだわ!」
美しさを取り戻した本をぱらぱらめくりながらルルディは歓喜する。
「やったわ!これで…。今行くわ、レイス…無事でいて」
ルルディは地下の階段へと駆け出す。
レイスは苦戦していた。
巨大な火柱を即座に変化させた大盾で退いたことで致命傷は免れたが、おかげでレイピアを溶かされてしまった。
腰ベルトに仕込んだナイフは最初の一本を除いて残りは四本、内一本はロングソード、もう一本は中盾となってレイスの手に握られている。
「くそっ、どこまでも丈夫なやつめ!」
振り回される四本の腕の内、左右の下の腕は健を切ったことで無力化させることができたがまだ上の腕が二本が残っている上に、ドラゴンのような下半身はほぼ無傷の状態のままだ。
腕を二本駄目にされても牛頭のモンスターは弱る様子を見せない。
レイスは蓄積した疲労が徐々に体を蝕み、足に力が入らなくなってきていた。
剣を床に突き刺し、崩れ落ちるレイス。
それを見計らったように牛頭が右の腕でレイスを横薙ぎにする。
最早それをかわす程の体力が残っていないレイスをその一撃が襲う。
盾で直撃は防いだものの、そのまま吹っ飛ばされて壁に体を激しく打ちつけた。
「がはっ!!」
背中を強く打ちつけたことでレイスの呼吸が一瞬止まる。
地面に手を付き、呼吸を整えようとするが上手くできない。
追い打ちを掛けるように牛頭のモンスターがその尾でレイスを再び横薙ぎに殴りつける。
ノーガードで脇から尾の攻撃をもろに食らったレイスは回転しながら入り口の方向へ吹っ飛ばされた。
レイスはもう声を出すことも立ち上がることもできない。
右腕と骨盤、右の大腿骨を骨折し、肋は砕けてその欠片が肺に突き刺さっていた。
血を吐き出し、レイスの意識は遠のき始めていた。
「レイスっ!!レイス!!!」
入り口からレイスに向かって駆け出すルルディ。
「ル、ル…ルディ…」
「レイスっ!だめよ!!死んじゃだめっ!!!」
滑りこむようにしてボロボロになった騎士の側にしゃがみ込むルルディ。
「今助けるわ、大丈夫…あなたを死なせはしないわ」
ルルディがレイスを抱きしめると、銀髪の少女の体が白く輝き、その光は虫の息となった騎士を包み込んでいく。
光は二人を包む球となり、さらに光が強くなる。
光が蒸発するように光の靄を立ち上がらせ、やがて消滅していく。
完全に光が蒸化すると、そこには少女を抱いた騎士が姿があった。
騎士は少女をそっと寝かせると、にわかに向きを変え、牛頭の巨大なモンスターに向かって突進して行く。
その速度は今までとは比にならない程速い。
駆ける騎士は、咆哮とともに魔力を練り込む牛頭目掛けてナイフを投げつける。
緑に輝きながら一直線に牛頭の胸に向かうナイフは、その姿をユニコーンの角を思わせる捻れたランスに変え、空気を巻き込み回転しながら目標に向かって行く。
牛頭の練られた魔力が胸を膨らませる。
一閃。
膨張した牛頭の胸にランスが突き刺さる。
回転するランスが牛頭の胸の肉をねじ切りながらめり込む。
火柱を吐き出さんとしている牛頭は叫ぶこともせずにそれに集中している。
駆け込んできた騎士がその勢いのままに飛び上がり、胸に突き刺さっているランスの柄に対して水平に飛び蹴りを加える。
蹴り込まれたランスが胸骨を砕き、膨れた魔砲管に到達、それを引き裂く。
破裂した魔砲管から炎が溢れだす。
牛頭のモンスターは悲鳴とも咆哮ともつかないがらがらとした弱々しい声を上げる。
騎士は突き刺さったランスを足場にモンスターの肩まで駆け上がると、ナイフの最後の一本をレイピアに変えた。
「貴様に敬意は払わん…」
騎士は目にも留まらぬ速さで牛頭を切り刻んだ。
高速の剣捌きで切り刻まれたモンスターの頭部は、レイピアの刃が通り抜けた後になってばらばらに崩れ落ちる。
モンスターの首の切断面から粘着く血液がマグマのように溢れ出す。
牛頭の巨大なモンスターはその肉を焦がす黒煙と砂煙を巻き上げながらゆっくりと倒れていく。
頭を砕かれた今、あれだけ頑強だったモンスターももう動き出すことはなく、炎に焼かれてぱちぱちと鳴くばかりの巨大な肉塊へ成り果てた。
騎士は巨体から飛び降り、少女の元へと駆け寄る。
「ルルディ様!!」
レイスはレイピアを投げ捨て、力なく横たわるルルディを抱き上げた。
「…危なくなったら逃げる、…約束したでしょ」
「も、申し訳ございません…」
「…何泣いてんのよ、いい年して」
ルルディは微笑んでレイスの頬を伝う涙を拭った。
「ルルディ様、髪が…」
ルルディの長かった銀色の髪はその半分程に短くなっている。
ルルディはエルフの回復術を読んだことで魔力開眼を起こしていた。
魔法は本来属性召喚を基本とした攻撃的な要素を持つものがほとんどだが、ルルディが発動させたのは回復術。
回復はどの属性にも当たらないため、それを魔法として実現できる者はほとんどいない。
それにも関わらずルルディが回復を行えたのは、アインが回復術を魔法化しようと生物内融合の理を元に研究を進めていたからだった。
ルルディが読んだ魔導書に描かれていた魔法陣は、研究を重ねたアインが独自の解釈により描き加えたもので、エルフを母に持つルルディの本人も気付いていなかったエーテリアボディの特性と干渉、術者自身の体を対価としてその組織を対象に移植するという術式に仕上げられていた。
つまり、術者の体を回復対象へと召喚するという仕組みになる。
結果として、術者は対象の回復の度合いにより衰弱具合が変わる。
全身をぼろぼろにされたレイスを回復したルルディは、数ヶ月の間に鍛え上げた筋力と足りなかった分の魔力昇華として髪を失っていた。
「ルルディ様、私はあなたになんて事をさせてしまったのでしょうか…」
「…馬鹿ね、あなたが死ぬよりずっとマシよ」
レイスはルルディを抱きかかえ、地上に戻る。




