主と召使と家族と
「ミカエラ!!あんた久しぶりねえ…。でも随分ちっちゃくなっちゃったのね」
そう言ってミカエラを見下ろす緑色の髪に浅黒い肌の優しい目をした女の巨人は、彼女の母親だ。
「母さん!久しぶり!!」
ミカエラは巨人の母親に抱きつきながら嬉しそうな声で叫んでいる。
「やあ、プロノイア君。君も元気そうで何よりだ、ミカエラとは仲良くやっているかい?」
にこやかでさわやかで素敵な笑顔を向けて僕に話し掛けるのはミカエラの父であるエルフだ。
「フィスでいいですよ、イネスさん」
「うん、そうだったね。ところでフィス君、今日は何か?」
相変わらずの笑顔でそう質問するミカエラの父からはいつも花の香りがする。
「あー、えっと…」
「父さん!杖、失くしちゃった!」
母親に抱きついたままのミカエラが顔だけをこっちに向けて悪びれもせずに、言いかけていた僕に割って入る。
「はははっ、失くしたか!うんうん、中々そういう報告が無かったから待っていたんだよ」
「こんなに長い間あれを失くさずにいられたのは君のおかげなんだろうね」そう続けてミカエラの父イネスは僕の肩をぽんと叩く。
「なんだいあんた、やっぱり失くしたのかい?ったくどうしようもない子だねえ」
ミカエラの母カロルはそう言って脚にしがみつくミカエラの頭を撫でる。
「あれを編むのにはとても時間が掛かるし、体力も使うからね。ミカエラが失くさないわけがないと思って幾つか編んで置いたんだよ」
イネスはそう言うとその微笑んで僕を見た。
「それは助かります」
さすがはミカエラの両親だ。
最早未来予知のレベルでミカエラの行動を予測している。
「さ、中へどうぞ」
さっさと家の中へ飛び込んでいったミカエラをよそに、母カロルが僕を促す。
ミカエラの両親が生活しているのは異界の端にある巨大な森ヒガンテフォレの中にある隠れ里だ。
なぜ隠れ里かというと、それはもちろんエルフを食料とする巨人との共存のためだが、それ以外にもジャイアントエルフがどちらの種族にもそぐわない異端としてエルフ族からも敬遠されているという理由もある。
そんな隠れ里にはジャイアントエルフの他に、冒険の果てにここに行き着いて生活している温和なエルフと知性を開花させた賢い巨人も住んでいる。
そんな里の中にあるミカエラの家は普通なら大豪邸という程の大きさのログハウスだ。
入り口は母カロルが出入りしやすいように見上げる高さの扉と、その一部をくり抜いて作られた普通の大きさの扉が付いたあまり見かけることのない形状になっている。
その入口までの高さは、僕らからすれば階段七、八段分はあるが、巨人にとっては一歩で済むようだ。
母カロルが入り口の扉を開けて僕らを招き入れてくれる。
「さあさあ、入って入って。早く閉めないとモンスターが入り込んじゃうのよ」
家の中は外観よりもシンプルではないため、広さは外から見るのよりかは違和感を感じない。
中二階建ての構造、部屋の三分の一位がそういう構造になっていて普通のサイズの家具が置かれている。
普通の二階建ての一軒家を半分に割ってそのまま入れたような印象だ。
しかし、その普通の空間にベッドは無い。
以前聞いた話では、「食事の仕方も体の洗い方も違うが、眠る時に横になるのは種族共通だから」だそうだ。それに「夫婦円満の秘訣は我慢や妥協なんかじゃなく、一緒にできることを一緒にすること」とも言っていた。それを聞いた僕は感心し通しで終始相槌を打っていたのを覚えている。
僕とミカエラとミカエラの父イネスは中二階へと上がり、僕とミカエラは招かれた椅子に腰掛ける。
「これを持っていきなさい」
父イネスは壁に掛けられた二本の長いねじれた杖を外し、テーブルに置いた。
「父さん、ありがとう!」
ミカエラはそう言って父に向き直って頭を下げた。
「いいんだよ、ミカエラ。お前に必要なものを与えるのは親の喜びさ」
微笑むイネスがミカエラの頭を撫でる。
実に美しい光景だ。
できることならば僕はこの光景を壊すような真似をしたくない。
そんな僕の表情を見てイネスが声を掛ける。
「…何か、あったんだね?」
僕ははっとしてイネスに視線を合わせると、イネスはやはり微笑んでいた。
「さあ、言ってごらんなさい。私共で力になれるのならばいくらでもそうするよ?」
イネスがその大きな手を僕の肩に置く。
「…生物内融合、ご存知ですよね?」
「…ああ、もちろんだとも」
「…痕跡が見つかりました」
この時、今まで微笑んでいたイネスの表情が一気に固くなった。
「なっ、それはつまり…」
「はっきりしたことはわかりません。…でも、そう考えなければ辻褄が合わない、そういう出来事が起こりました」
「聞かせてくれるかい?」
僕は奇形の巨大モンスターの出現と行動観察の結果、それから体に混じり込んでいた二人分の鎧のことについてイネスに話した。
僕が一通り話し終えると、イネスは腕を組み、目を閉じて俯いたまま黙りこんでしまった。
母カロルがお茶をすする音だけが部屋に響いている。
「フィス、女神アトルのことは知っているわよね?」
大きなカップを両手に持ち、お茶をすすりながらカロルが出し抜け言う。
「…もちろんです」
「女神アトルが導き出した融合の理論ってのはね、絶対不可視侵の領域の一時的召喚が根本なんだよ…。アトルがなぜそんなことをしようとしたのかはわからないわ…。でも、彼女はそれを現実のものとしたんだよ…」
僕はカップを手に持っていることを忘れて思わず立ち上がった。
カップの中身が飛び出す。
「そ、そんな馬鹿な!絶対不可視侵の領域の召喚ですって?そ、そんなことできるわけが…」
「フィス君落ち着いて…、座りなさい」
黙っていたイネスが僕を制して話を続ける。
「…できていたんだよ。私は確かに女神アトルの残した領域の召喚術の書を読んだんだ」
「女神アトルの書ですって?そんなものどこに…」
「アトリエさ…。あそこには一部分だけ視界に入れられない場所があるのを知っているかい?」
僕は思い出していた、アトリエでの作業、大量の埃。
「あの時…、あれか!確かに、巨人化しているはずのミカエラを見失うという出来事がありました」
「…きっとそこだろう。私達デザイナーは一旦あそこに入ると仕事に没頭してしまうし、埃まみれで視界が悪いこともあって、まず気付かないんだ。私があの一部分に気付けたのはカロルのおかげだった、たまたまだったんだよ。そして、視界に入れられないその場所にアトルの書が収められた書棚があったんだ」
イネスはカップに入ったハーブティーを一口すすると、話を続ける。
「アトルの書にはさっきも言った通り、絶対不可視侵の領域の召喚術について書かれていた。初めてそれを読んだ時は当然、驚いたよ…。まさか本当にこんなものがあるだってね…、衝撃的だった、それと同時に恐怖も覚えたけどね。モンスターデザイナーの仕事が一体なんのためにあるのか、その根幹を覆されたようなそんな気持ちになってしまったんだ。…だから、私はアトルの書をアトリエから持ち出した。そして、持ち帰った書の研究を始めた…」
そこまで話すと、イネスは再び黙ってしまった。
「イネス、あなたが悪いんじゃない。あなたは、ただ知りたかっただけじゃない」
「…わからないよ、カロル。私は狂ってしまっていたのかもしれない…」
「…イネス」
イネスとカロルは二人揃って沈黙した。
「イネスさん、その持ち出したアトルの書は…!」
「盗まれたよ」
「ぬ、盗まれた?一体どこで?」
興奮した僕は机を両手で叩きつけた。
「ここでさ…。かの領域から委員会にも管理局にも無断で持ち出した物だったから、手元に置いておくのが一番安全だと高をくくっていたんだ…」
イネスは頭を抱えて、蹲ってしまった。
ミカエラがイネスの肩を抱いている。
「私とカロルともう一人エルフの友人と一緒に盗まれたアトルの書を探した、何年も探した。でも…結局見付からなかったんだ。その後、ミカエラが生まれた。私とカロルはミカエラを置いてそれを探しに行くことはできなかった。そして、育児が必要になった私達に代わってその友人が一人で探しに出掛けた…、でも、それからいくら待っても彼女は帰ってこなかったんだ」
「その、ご友人というのは?」
「名前はアントス、銀色の髪が美しい女性のエルフだったわ。イネスとは幼い頃からの友人でね、まるで兄妹みたいだったわ…わたしも嫉妬してしまうくらい仲が良くって。でも、地上界を探しに行くと言ったきり帰って来なかったの…」
そう言うと、カロルはゆっくりと息を吐きだした。
イネスが再び語り始める。
「…当然、アトルの書を盗まれるなんて考えてもいなかった。でも、もしものことを考えて私は書に細工をしていた。真実を隠し、嘘を書き込んだんだ。だから、アトルの召喚術による融合を実現できるはずがない、アントスは強い奴だったから、きっと書のことを忘れてどこかで暮らしている…そう思うことにした。しかし、真実を言えば書が盗まれて私は安心していたんだ。あれに書いてある方法を試さずにいられる気がしなかったから…。僕は狂いたくなかった、だから嘘を書いたし、アントスのことも忘れようとしたんだ。…私は、最低のデザイナーだったんだよ」
「…イネスさん」
「主様、少し休憩しましょう」
父を気遣うミカエラの提案で、僕らは一旦休憩することにした。
生物内融合はかの領域の一部召喚によって成り立つ、融合そのものだって信じられないのに絶対不可視侵の領域の召喚が可能だとなると尚更考え難い。
しかし、僕は見てしまったのだ、融合したモンスターもその痕跡も。
最早、生物内融合を信じないなどと悠長なことは言っていられないのかもしれない。
アトルの書は今どこにあるのか、イネスが隠した融合の秘密とは一体何なのか。
僕はそれを考えると、ある一つの結論に行き着いた。




