御令嬢と騎士と 4
「…ふはっ!なんつって、お前本当に馬鹿だねえ」
今の今まで檻の中から必死の叫びをあげていた男が急にレイスを小馬鹿にするように笑う。
「やっと来やがった…。しかし、本当に来るとはね。」
男は独り言をぶつぶつ言いながら、檻の扉を自分で開けてそこから出てくる。
「よう、ラッキーレイス。久しぶりだなあ…」
「…隊長殿。な、なぜ?」
「…はあ?何言ってんだお前。なぜ?じゃねえよ!この役立たずがっ!てめえが…、てめえがあのクソ女を連れて逃げたせいで俺は散々だったんだ!別に俺が悪いわけでもなんでもねえのにあの女を見つけなきゃクビだと怒鳴られて、金取り上げられて、おまけにこんな所で…。最悪だぜ!このクソ野郎がっ!!」
男は急に逆上し、レイスを思い切り蹴り飛ばした。
突然の攻撃に受け身も取らずに地面に伏せったレイスに追い打ちをかけるように男がレイスを何度も蹴りつける。
「た、隊長殿。や、やめてくださ…!!」
男は喋りかけたレイスの顔を思い切り蹴飛ばす。
レイスの歯が折れ、口から血が流れ出し、口の周りを汚す。
痛みに気を失いそうになるレイスをお構いなしに蹴り続ける男。
レイスを蹴飛ばす鈍い音と、男の重い鎧が擦れる音が広い空間に響く。
「このっ!クソ!クソ!クソがっ!!」
男は最早体を縮こませる力もなく、地面で沈黙したレイスに唾を吐きかけると、檻の中に立てかけられていた凶悪なウォーハンマーを手に取る。
「…どうせ、俺は終わりだ。金もねえ、権力もねえ、仕事もねえ。お前のせいでなあ!!」
男がウォーハンマーを振り上げる。
「レ、レイス?」
ドラゴンの唸り声とレイスをいたぶる残虐な音ばかりが響く空間に、優しい声が聞こえる。
レイスは霞む視界の奥に佇む銀髪の少女を見た。
「ル、ルルディさ、ま…」
「な、何なのよこれ。ど、どういうこと…?」
男がレイスの視線の先を振り返る。
「おお、お嬢様ではありませんか!ご無事で何よりです。今、私めがこの悪鬼を退治致します故、離れてお待ちくださいませ」
「あなたは親衛隊の…、なぜここにいるの?なぜ…」
ルルディは混乱している。
「…なぜなぜなぜなぜっ!!うるせえ奴らだなお前らはよ!お嬢様よお!お前が逃げ出したりするからこうなっているんでございますよ!クソみてえなわがままでもイライラするっていうのに、自分のしでかしたことの重さもわかっちゃいねえ!ほんっと頭が悪いガキだよお前は!」
男が再び逆上してルルディを罵倒する。
「き、貴様…」
男はレイスを振り返ると腹部を蹴り上げる。
「うるせえよ、もう関係ねえんだっつーの。もう、めんどくせえからお前ら二人まとめてやってやるよ…」
男は徐ろにドラゴンに近づくと、懐から一つの宝石を取り出した。
「女神の祝福でお前らを殺す…!!」
男が宝石を握り締めると、指の隙間から緑の閃光が放出する。
光が徐々に膨張していき、男を包み、そしてドラゴンを包まんとしてさらに大きくなっていく。
「ルルディ様!!その光に触れてはいけません!!」
突然床に伏せたままのレイスが這うように上半身を起こして叫ぶ。
呆然と立ち尽くしていたルルディは、レイスの声に気を取り戻した。
「レイス!!」
その範囲を増し続ける緑色の光はドラゴンを包もうとしており、それは近くにいたレイスにも及ぶところだった。
ルルディが光を避けるようにしてレイスに駆け寄る。
「駄目です、ルルディ様!!お逃げください!!」
「うるさいっ!」
光はもう数歩先まで迫っている。
その時、レイスの頭に一つの方法が浮かんだ。
自分を引っ張ろうとしているルルディを抱えると、首にかけていた鎖のペンダントを引きちぎり右手に握り締め念を込める。
すると、レイスの右手が緑に輝き、鎖は刺を纏った鞭に変わった。
レイスは鞭を振りかぶると、壁面に並ぶ檻の一つに向かって鞭を伸ばす。
鞭が檻に巻き付くと、再びレイスの右手が緑に輝き、レイスとルルディを引きずったまま収縮していく。
「レイス、あなた今何をしたの?」
光はドラゴンを完全に包み込み、そして収束し始めた。
「お話しましたでしょう。投げたナイフがスピアに変わったと…」
光が収束していく一点を見つめたままレイスの殺気は収まらない。
ボルドラに飲み込まれたレイスは生物内融合の理を得ていた。
しかし、理はレイスの特性である二つの属性に反応し、全く新しい属性を発生させた。
そもそも生物が持つ属性は一つだが、レイスの場合は他とは異なっていた。
炎、雷、水、風、土、光、闇。
七つの属性のどれかが宿る属性遺伝は普通、肉体の情報として父にあたる者の属性を引き継ぐ。
しかし、レイスの場合は父の属性である土と母の属性である雷の両方を引き継いでいた、いわゆる属性奇形だったのだ。
それ故に、一定の年齢で生じる自属性の魔力開眼がレイスには起きなかった。
それが、ボルドラの与えた『祝福』により融合、一つの属性へと変質した。
金属性。
これが全生物で初めて生じたレイスの属性だ。
初めて受けた祝福でレイスは属性と同時に魔力開眼を起こしたため、彼特有の金属性の効果によって金属の自由変化を起こす能力を発動していた。
光が完全に消失する。
そこに現れたのは、刺を纏った太く大きな四本の腕をぶら下げた牛頭の上半身と、ドラゴンのそれを思わせる鋭い鉤爪の四本の脚と鱗の体と長い尾を持つ巨大なモンスターだった。
「なっ…!!こやつ!!なぜまだ生きているっ!ルルディ様、お気を付けください!!」
牛頭の巨大なモンスターがとてつもない咆哮を上げる。
咆哮の衝撃で天井が崩れて石片が降り注ぎ埃が舞い上がる。
牛頭はその殺気に満ちた瞳でレイスを睨みつけると、反転の勢いで左の二本腕を同時に振るう。
レイスは、柱も檻も薙ぎながら襲い掛かる二本の腕から逃れるようにルルディを抱えて走り出す。
だが、直撃は免れたもののその風圧でルルディもろとも吹っ飛ばされた。
「きゃあ!!」
「ぬぐっ!!」
レイスはルルディを庇うように抱いたまま転がる。
「ルルディ様!お怪我は!!」
「だ、大丈夫よ、そんなことよりあなたは?」
「何ともありませぬ!」
砂煙に乗じて牛頭の右からの一撃が襲いかかる。
レイスは再びルルディを抱え上げると、今度は前方に走りこむ。
身をかがめたレイスの頭上すれすれを右下腕が通り過ぎる。
レイスは足を止めること無くそのまま身を翻すと、牛頭の右脇腹目掛けて突っ走った。
巻き上がる砂煙にレイスを見失った牛頭の動きが一瞬止まる。
レイスはそのまま右脇腹も駆け抜けて巨大な下半身の向こう側を目指した。
レイスが尾のつけ根に差し掛かった瞬間、地面を引きずっていた太い尾がふわりと持ち上がる。
レイスは携えたレイピアを抜き、魔力を込めると、それを大きな両手剣へと変化させた。
「ルルディ様!しっかりと捕まってください!」
ルルディはレイスの体に力強くしがみつく。
レイスは剣を両手に持つと、それを地面に突き立てた。
それとほぼ同時、左に浮き上がった尾が遠心力の勢いをつけてレイス目掛けて襲ってくる。
尾がレイスの剣にぶつかる。
レイスはその柄に力を込め、吹き飛ばされる外向きの力を利用して回転しながら宙に舞う。
ちょうど前方宙返りをする形で尾をかわしたレイスは、地面に着地、そのまま尾の届かないところまで駆け出した。
「ルルディ様!ご無事で!?」
「え、ええ大丈夫」
手も足もレイスの体に絡ませたまま顔だけを起こしてルルディが答える。
「ルルディ様、一旦お逃げください。ここは私が食い止めます!」
「ダメよ!あなたも逃げるのよ!」
「いいえ、そうはいきませぬ。このまま放っておけば必ず後の脅威となりましょうぞ」
「あなた一人であんな化け物倒せるっていうの!?」
「もちろんです。あんな小物、このレイス・アイザックの叶わぬ相手ではありませぬ!」
レイスは微笑んでルルディを見つめる。
「ぜ、絶対死んじゃだめだからね!絶対よ!危なくなったら逃げること!約束してっ!」
レイスがルルディを抱きしめる。
「はい。あなたを置いて一人になど致しませぬ…約束です。さあ!お逃げを!!」
レイスは立ち上がってルルディを促す。
ルルディは下唇を噛み締めてレイスに背を向けた。
遠ざかる少女の足音を聴きながらレイスは再び剣を構える。
「吾の名はレイス・アイザック!!我が主ルルディ様をお護りする騎士なり!!」
ルルディの逃げる足音をかき消すようにレイスは叫ぶ。
砂埃が落ち着き、再びレイスを捉えた牛頭が咆哮を上げる。
「行くぞっ!!」
レイスは両手に剣を握りしめたまま牛頭に向かって突進する。
レイスの剣が地面を擦り火花を散らす。
牛頭が両腕の四つの拳をレイス目掛けて振り下ろす。
レイスは振り下ろされる一つの拳の下に陣取ると、直撃するぎりぎりのタイミングで剣を思い切り振り上げた。
「うおおおおお!」
レイスの渾身の一撃は敵の指の肉に食い込み、骨に当たる。
レイスがそのまま横薙ぎに全力で剣を振り切ると、拳は軌道を反れ、地面を打ち砕いた。
剣を振り下ろしたその遠心力を利用しレイスは飛び上がる。
回転し、威力を増したレイスは勢いそのままに叩き落とした腕の隣で地面にめり込んでいる右腕の一本に向けて剣を振り下ろす。
「ぬうええい!」
振り下ろされた一撃は、地面から伸びる右腕の肉を削ぎ落した。
肉を切り落とされ骨が露出した患部から不気味な色の血が吹き出す。
牛頭がその巨大な体をくねらせて悲痛な叫びを上げている。
「はあっっ!!」
レイスは握りしめていた両手剣を二つのククリ刀に変化させ、それを両手に握ると、肉を削がれて力なく垂れ下がった腕を足場に牛頭の胸元目掛けて駆け上がっていく。
痛みに悶える牛頭はレイスを潰そうと掴みかかるが、時既に遅し、レイスは胸へと飛びかかり、両手に握りしめたククリ刀を突き立てる。
「ぜええやあああっ!!」
鍔まで突き刺さったククリ刀にレイス自身の体重を乗せ、突き立てた二本の刀を思い切り引き下げ胸を切り裂く。
牛頭はぎいぎいなる不快な鳴き声でさらに大きな悲鳴を上げる。
「ど、どうだ怪物め!!吾の技は効くだろう!」
そう叫んだレイスの息が上がっている。
本来、このような状態で魔法を使えばあっという間に潜在魔力が底をついてしまうところだが、ここが神殿の地下であることが幸いし、辺りの空気中魔力含有量がフィールドよりも豊富だったため、魔力切れを起こさずに戦えていた。
しかし、体力の低下が著しく、今の連撃で乱れた呼吸が戻らない。
暴行によるダメージとルルディを抱えた上での急速な回避行動によるものだった。
「く、くそうっ!」
腕を削がれ、胸を切り裂かれてもモンスターからは弱っている様子が見えない。
どろりと粘着く赤黒い血液を垂れ流しながら三度咆哮を上げる。
「な、なんと頑強な奴か…!!」
牛頭は全ての腕を広げて大きく息を吸い込む。
周囲の空気が牛頭の口の中に飛び込んでいくと、その膨らみに耐え切れなくなった胸の傷が開き、折れた肋骨がむき出しになる。胸骨を繋ぐ軟骨をレイスが全て砕いたため飛び出した肋骨はまるで胸から生えた牙のようで、その気味の悪い風貌をより強調している。
「…化け物めがっ!」
牛頭の腹の中で練られた魔力の赤く輝く光が裂けた胸の傷から漏れでている。
「いかんっ!」
腹の底から器官を押し広げながら何かが上がってくるのがレイスには見えていた。
込み上げる何かは開いている胸の傷をさらに押し広げ、そこから血液が何度も吹き出す。
これから吐き出されるものをレイスは知っていた。
レイスは身構える。
大きく開かれた牛頭の口の奥から風が炎を揺らすようなぼうぼうとした音が鳴りだす。
すると、裂けんばかりにさらに大きく開かれた牛頭の口から火柱が渦を巻き吹き出した。
「…なっ!!」
予想外の攻撃にレイスの回避が間に合わない。
吐き出された太い火柱がレイスを直撃する。




