御令嬢と騎士と 3
「レイスっ!!」
ルルディの呼び声に応じて振り返ると、頭上から殺気を感じた。
直ぐ様視線を上へ向けると、スピアスがその針のように細く鋭いくちばしが光を反射するのが見えた。
「ぬぅ!!」
一直線に自分目掛けて突っ込んでくるスピアスに向けてレイピアを突き出した。
スピアスのくちばしとレイピアの鋒がぶつかり合い、一瞬青白い火花を散らす。
「ぜえい!」
レイスの一撃に軌道を逸らされたスピアスは急降下の勢いのまま地面に叩きつけられた。
「ルルディ様っ!今です!」
足元で脳震盪を起こして痙攣しているスピアスに向けてルルディがその青魚の光沢に似た艶の刃を持つサーベルを振り下ろす。
「…っはあ。や、やったわ」
「素晴らしいですぞ、ルルディ様!その鋭き一閃はまるで初級冒険者とは思えませんな!」
「あったり前よ!」
ルルディはそう言って顔に撥ねた返り血を袖で拭った。
「でもそろそろ自分一人でこの程度のモンスター、倒せるようになりたいわ…」
「うーむ。確かにルルディ様はこの数ヶ月の間に随分強くなられました。しかし、そういう今こそが最も危険な時期でもありますぞ。少しずつ私の動きや敵の動きを観察し、覚えていくのです。どんなに弱い敵だとしても油断なく一撃で仕留められるように見極めながら、そうやって経験値を積まねば命を落とすことになりかねませんからな」
レイスはルルディの足元で絶命した鳥類モンスタースピアスを拾い上げると、スピアスの弱点や体の特徴、行動の癖をルルディに説明した。
ルルディはそれを熱心に聞く。
こうやって二人は数ヶ月の間に幾匹ものモンスターを倒し、確実に経験値を得てきた。
屋敷の警護をしていた当初はグリフォンを倒すのに手一杯だったレイスも、実戦を重ねたことにより、今では小型のドラゴン位であれば倒すことができるほどに鍛錬されている。
「さて、今日はどこへ向かいましょうか」
「そうねえ、どこか近くに村でもあればいいんだけど」
ルルディは懐から一枚の金貨を取り出し、それを指で宙へ弾き上げた。
金貨は小気味良いカンとした音と共に飛び上がると、ちょうどルルディの目線の辺りで止まり、くるくると空中で回転する。打ち上げられた金貨の回転が徐々に遅くなっていき、完全にその動きを止めると落下を始め、それは待ち構えていたルルディの掌に収まった。
「…ダメね。とりあえず近場には無いみたい」
「となると、今夜も野宿ですな。明るい今のうちに準備をせねばなりませんぞ」
レイスはそう言うと視界いっぱいに広がる草原を見渡した。
背後には今抜けてきた森がある。
しかし、森には毒虫や夜行性の獣類モンスターや植物類モンスターが多くいるため、ルルディの身を案じるレイスとしては再び森に戻り、野宿するということはしたくなかった。
なんとかならないものかと目を凝らすレイス。
すると、その視線のずっと先で何かが光を発しているのに気が付いた。
「ルルディ様、向こうに何かありますぞ!」
レイスは何かが光って見えた方角を指差す。
ルルディはレイスが伸ばした腕に寄り添うようにしてそれを確認する。
「本当だわ!…何かしら」
「それはわかりませぬが、とにかく行ってみましょうぞ。祠でも何でも、ダンジョンでなければそこで今夜休むことができるやもしれませんしな」
「ま、それもそうね」
ざくざくと鳴る硬く背の低い草を踏みしめながら二人が進んでいくと、遠くに瞬き程度にしか見えていなかったもののシルエットが少しずつ見えてくる。
完全にそれを知るにはまだ遠いが、それが白い建物だということがわかる。
「もう少しです、ルルディ様」
ルルディがまともに休息を取ったのは三日前、森に入る前だった。
まる二日程度の野営など、レイスにとっては造作も無いことだったが、それまで屋敷にこもりきりだったルルディは少しずつ疲労が蓄積しているようだった。
ルルディは歩く速度こそ落ちていないものの、呼吸が荒くなってきているのにレイスは気付いていたが、向上心が強くプライドの高い彼女を止めるわけにはいかなかった。
言われるがままに街を出て以降、ルルディを知る機会はいくらでもあった。
ペイズという家も力も好きではなかったということ。
いつかはこうして冒険者としてフィールドを旅してみたかったということ。
自分は父ヒルトの正妻の子ではないということ。
本当の母はエルフで、自分の装備は冒険者だったエルフの母が残していった物だということ。
そして、母を探すつもりがないということ。
名家の名を捨て、冒険者として生きることを選んだ主が自分を選んでくれたことがレイスは嬉しかった。
だからレイスはルルディへの過剰に保護をすることをやめたのだった。
「ルルディ様!あそこです!」
レイスが指差す先には白く輝くドーム状の建物がある。
その手前では草原と向こう側に見える荒野を仕切るように大地が大きく割れ、渓谷を作り上げていた。
谷間がどれ程の距離なのかはわからないが、それを繋ぐ石橋はそれなりの長さだ。
二人が橋に近づくにつれて風が強くなり、谷間を通り抜ける風が恐怖心を煽るように崖の岩肌を唸らせる。
「意外と長いわね…」
「怖いですか?」
「馬鹿言わないでよっ」
ルルディは威勢良くそう告げると、レイスを置いてずんずん橋を渡っていく。
「…本当に、逞しいお方だ」
そう呟いてレイスがルルディを追う。
「ひえ~、たっかいわね…。落ちたら即死、ね!」
突風に髪をなびかせながら、ルルディがレイスを見て笑っている。
「ルルディ様!谷間からモンスターが飛び出してこないとも限りませんぞ!お気を付けて!」
風音にかき消されないよう、叫ぶようにレイスが注意を促すとルルディは橋の手すりから首を引っ込めた。
橋を渡り切ったレイスが来た道を振り返ると、そこには霧が立ち込めていてその先にあるはずの草原が全く見えない状態だった。
「不思議ね…。またこの橋を渡ったら今度は違う所に出たりするのかしら」
「さて、それは渡ってみないことにはわかりませんな」
レイスがそう言うと、「それじゃあここを調べ終わったら渡ってみましょうよ」とルルディがレイスの背中を叩いた。
向こう側から見た光の正体はもう目の前にある。
太陽の印が刻まれた二本の白い柱が大地と空を支えているかのように左右に置かれており、その間から建物や柱と同じ素材であろう石で造られた道が建物の入口に向かって伸びている。
「神殿でしたか…」
レイスがその白く輝く建物を見上げながら言う。
「神殿って、神がいて祝福をくれるところよね?」
「その通り、ここは太陽の神殿のようなので、太陽神が祝福をお与えになるでしょうな」
「祝福ってつまり何なの?」
「祝福というのは、神がそこに訪れた者の真価を見極め、その助けになる力をお与えくださる儀式のことです」
「私も祝福受けられるのかしら…」
「もちろんです、さあ入ってみましょう。神に話せば寝床を貸していただけるかもしれませんぞ?」
二人は音がよく反響する白いドームへと入る。
しかし、そこはがらんとしており、目の前にある祭壇に神の姿は無い。
「…誰もいないわよ」
ルルディががっかりした様子で力なく両手を放り出すと座り込んでしまった。
レイスは落胆して座り込んでしまったルルディを置いて、一人神殿内を調査する。
入り口を背にして左右には出口があり、右手側には芝生が敷き詰められた中庭が、そして左手側には岩が露出して殺風景な空間が見える。
中庭の中央には日よけの屋根がついた休憩所のようなものがあり、そこぽつんと木製のテーブルと椅子が置かれている。
レイスは中庭に入る。
周囲を太い幹の何やら果実のなっている樹木で覆われた芝生の緑とのコントラストが美しい中庭だ。
テーブルの上には読みかけのものであろう本が栞を挟まれて置かれており、今までそこに誰かがいたかのような状態だが、人気はない。
続いて反対側へ向かうと、そこは神殿内から見た印象通り、大きな岩が露出した殺風景な光景が広がっていた。
「ぬ?」
辺りを見回したレイスは、殺風景なその場所に並べて置かれている宝箱に気付く。
この世界の暗黙のルールとして、鍵の掛かっていない宝箱の中身は全て発見者の物だ。
レイスは宝箱に近づくと、迷いなくそれを開けた。
中には何も入っていない。
もう一つも同じ状況だった。
「先に来た者が持っていったのか…」
しかし、レイスに落胆する様子は無い。
これも世界のルールだ。宝箱の中身なんてものは大概レアアイテムだが、それ故に大概は空箱であることの方が多い。
「他には何もない、か」
ルルディの元に戻ろうと踵を返したその時、一つの小石がつま先に当たり、露出した岩の一つにぶつかった。
「うぬ?」
レイスは足元に転がる別の石を拾い上げ、先程音を鳴らした岩にそれを投げつける。
コン………。
レイスには石と石の鳴る金属のそれとも違う高音混じりの鈍い音が、遠く反響しているように聞こえた。
別の岩に向けて再び小石を投げつけるが、やはりそこにある岩だけに反響を感じるようだった。
レイスは神殿内へと戻り、入口付近の柱にもたれているルルディに近づく。
「ルルディ様…」
手足を投げ出し、首を傾けているルルディからは寝息が聞こえる。
「…ここなら安全です。安心してお休みくだされ」
レイスは眠っているルルディの側で跪くと、一礼だけして不思議な岩へと戻る。
今度は小石ではなく、鉄靴を着けた尖ったつま先で蹴飛ばした。
小石よりも大きな音が鳴る分、反響もそれよりははっきりと聞こえた。
「やはりっ!隠し通路があるな…」
レイスは岩を全身の力を込めて押すが、それはびくともしない。
「どうしたものか…」
岩に手を付き、どうやってこの岩をどかすかを思案するレイス。
その時、レイスの岩に触れた右手が緑色に輝き出す。
すると岩は突然砂に変わり、そこに地下へと続く階段が姿を現した。
「おお!な、何が起きたのだ!?」
レイスが腰を曲げて地下へと続く階段のその先を覗き見るが、そこは暗闇で何も見えない。
「灯りが必要だな」
レイスは再びルルディのところへと戻る。
レイスがそこに戻ると、柱にもたれて休んでいたルルディは体を丸めて横になって眠っていた。
大布袋からトーチと丸められた毛布を取り出したレイスは、毛布をルルディに掛け、地下の階段へと向かった。
日の届かない辺りまで降りた所でトーチに火を灯す。
狭い階段の壁に手を擦りながら慎重に下っていくと、振り返っても入り口が見えなくなるほど深くまで降りたところで、目の前には青白く輝く巨大な空間が広がっていた。
「ほほう、これはまるでピューサスの胃袋にでも迷い込んだようだな」
レイスの感心したような声はしんとした空間に響いてこだまする。
そのまま先へ進んだレイスは視線の先に小屋のようなものがあることに気付いた。
扉のないその木製の小屋の中に入る。
小屋はその狭い部屋の中に使い古された書物が積み重なる傷ついた机と座っていたものの尻の形にへこんだ椅子、それと壁いっぱいの書棚で構成されている。書棚の中には液体の入った小瓶や屑のような宝石の欠片が幾つか転がっているものの、その他に目新しいものはない。
「…神の書斎か?」
レイスが机の真ん中で開かれたままになっている一冊の大きな本を流し読みしていると、小屋の外で何か足音のような物音が響いた。
神殿の領域にモンスターがいるはずもない、きっと目を覚ましたルルディがここを見つけて降りてきたのだと思ったレイスは、何を警戒することもなく小屋の外へ出た。
「ルルディ様?」
小屋を出て入り口の方を眺めても人影はない。
確認のために小屋の反対側に回ったレイスは息を呑んだ。
長い首、鋭い牙、その額に生えた幾本もの角、巨大な体、刃のような背びれ、鋭い爪、そして太く長い尾。
「ド、ドラゴン!!」
レイスの目の前には、ドラゴンがその高い体温で気化した蒸気を歯の隙間から漏らし、太い凶悪な唸り声を上げてレイスを見据えていた。
「おい!誰かそこにいるのか!?」
その声がレイスには聞き覚えがあった。
いつも自分を怒鳴りつけ、嫌味を言っていたあの声。
「た、隊長殿ですか!!?」
「なぜ俺を…。レイスか?その声、ラッキーレイスか?!」
「隊長殿!なぜここに?」
「神獣だ!女神アインの神獣に連れて来られたんだ!出してくれ!ここから出してくれ!!」
親衛隊隊長の声はドラゴンの向こう側から聞こえる。
レイスがドラゴンに警戒しながらその先に目を凝らすと、壁面に並べられた檻の一つからその豪腕を伸ばしているのが見えた。
「隊長殿!くそっ、ドラゴンをかわしてあそこまで…」
レイスは右手にレイピアを構え、腰のベルトに差し込まれた投擲ナイフを一本手に取ると、親衛隊隊長のいる檻の反対側、ドラゴンの左の前足を狙ってそれを投げる。
一直線に飛んでいったナイフは、見事に命中、ドラゴンの爪と肉の間に食い込んだ。
痛みにドラゴンが金切り声を上げる。
その隙にレイスはドラゴンの懐に飛び込み、張り出した胸骨を狙ってレイピアを突き刺す。
真っ直ぐに突き立てられたレイピアは、ドラゴンの胸骨に繋がる軟骨を破壊、ドラゴンは再び金切り声を上げると、右の前足でレイスを襲う。
レイスは身をかがめると、繰り出された前足の攻撃をかわしそのまま脇の下を抜けて檻へと走りこむ。
「隊長殿!今、助けますぞ!!」
レイスはその鉄の棒を両手で握り締めると、足を突っ張らせて力任せに引っ張る。
「駄目だ!お前の力なんかでどうこうできるもんじゃねえ!」
切迫した表情を浮かべながら檻の中から親衛隊隊長が叫ぶ。
「くそっ、どうすれば!!」




