神獣と偵察と
「はあ…。なんだってウチの女神様はああも短気なんだかね…。年だな、年。ああ見えて随分召してますからな、しょうがねえっちゃしょうがねえか」
ボルドラがレイスに理を与えたのは、彼の神獣としての誇りと本能によるものだった。
弱そうな奴がいてかわいそうだったから力になりたかった、という理由だ。
だから、彼はそれを悪いことや失敗だとは感じていなかった。
しかし、自分の主が腹を立てているし、ものすごい剣幕で怒られた上に殺すまで言われたのだからそれは相当に都合の悪いことをしたんだろうとも感じていた。
自分は悪いと思っていないが、それを悪いことだと評価する者がいる、理不尽なようなそうではないようなそんなジレンマを感じながら、途中何度もため息をつきながら地上界と天界とを分かつ境界へと向かっていた。
本来、境界や天界の星々との移動は地面に設置されている祠を利用してその行き来を行う。
しかし、ボルドラにその必要はない。
彼には太陽の女神に仕える神獣であるが故の特性があるからだ。
この辺だろうというところの手前まで高度を上げたボルドラは、一旦上昇を止めると、羽ばたきながら魔力を練り込む。
練られた魔力がボルドラの体中の羽毛をなびかせると、極彩色だった羽の色は全てが赤く燃え上がり、ボルドラは炎の塊へと姿を変えた。
体中を燃え上がらせたボルドラは体を一瞬縮こませると、炎の尾を引きながらもの凄い早さで境界の先へ吹っ飛んでいった。
地上界との境界を超えた先には巨大な岩石なんかが浮遊している空間がある。
これらは昼間、つまりは天上の灯が照らす間はただ浮いているだけだが、天上の灯が消える日没以降は動きが活発になり、互いに衝突し合う。
これらがぶつかり合うことで起きる発光現象が日没の花火と呼ばれているわけだが、そこを飛び回るボルドラにとってはそれは花火なんて美しいものではない。
彼にとっての日没とは、いつ何時その岩と岩の間に押しつぶされるやもしれないという命の危険すら感じる恐ろしい状況でしかない。
アインの機嫌を損ねたのが今で良かったと、浮遊する岩石の間を通り抜けながらボルドラは考える。
天界と呼ばれる領域はそのほとんどを物を浮かせるほどの浮力をもつ水の中のような空間が占めている。そこには細かい岩石の他に三つの巨大な星があり、それぞれケントラマ、アルガマ、ミラーマと呼ばれている。ケントラマはルテ・アマがある温暖で生物が済むのに適した星で、アルガマは大体を氷が占める絶対零度の星、それからミラーマに関してだが、この星は他の二つとはその存在自体が異なる。
ミラマはまず、あったりなかったりする。
ここでいうあったりなかったりというのは、見えたり見えなかったりするということだ。
それにケントラマ、アルガマの他に、地上界や異界そっくりに姿を変えることもあり、慣れない者はしばしば目的地を間違えてミラーマに着いてしまったりする。
主の不機嫌とジレンマとそれからひ弱な騎士のことを考えながら領域を吹っ飛び回っていたボルドラはそんなミラーマのことをすっかり忘れていた。
目の前に飛び込んできた緑豊かな生きいきとした星に突っ込んでいくと、そこに広がっていたのは目的の温かさではなく、マグマが湧き、火山が噴火し熱風が吹き荒ぶ灼熱の空間だった。
「クワッ!久しぶりにやっちまった…」
今更ミラーマを見破れずに一瞬でもそこに踏み入れてしまったことに情けなさを覚えたボルドラは、一度ため息をついてから再び目的地目指して飛んで行く。
いらぬ寄り道をしてからルテ・アマ上空に到着したボルドラは、早速街を旋回し、ひ弱な人間の騎士を探した。
しかし、これだけ広く入り組んだ街をいくら上空からとはいえ、たった一人の人間を探すとなるとそれは簡単なことではない。
「勢いで来てみたものの…、どうしたもんかね。めんどくせえな…」
ボルドラは上空での旋回を止め、この街で一人の人間を探す方法を考える。
「…弱そうな人間、そういやあいつ名前言ってたな。何だったか…、レイス!レイスなんとかって言ってたな!」
騎士の名前は思い出せたが、それからどうするか更にボルドラは考える。
「レイス、弱そう、騎士…。ああ、そんで偉そうでうるさかったか。…となると、弱そうな騎士の人間でプライドが高くてうるさいってことか。…兵隊か?弱いから冒険者として何かできるわけでもないくせに、鎧なんか着ちゃってしかも剣だしな。クワッ!思い出すだけで笑える。とりあえず、兵隊雇ってそうなでかい家か!よし、そこ行こっ」
独り言が終えるとボルドラは再び旋回を始め、ルテ・アマの中で一番大きな家を探した。
今回の探しものは簡単に見つかる。
木々がまばらに街を侵食するように生えている街の中で、その一角だけは他よりも余計に木々が密集しており、それは上空から見れば一目瞭然なほどあからさまに豪邸だった。
目標を定めたボルドラは、そこへ向かってゆっくりと下降して行く。
そこにいるのが何の種族なのか確認できるくらいの位置まで降りたところでボルドラは庭に集まる鎧の集団に気が付いた。
「お!ちょうどいいな。あいつらなら何かは知ってそうだ」
庭の集団がよく見える家屋の屋根の上に降りたボルドラは、おかまいなしに屋根に爪を食い込ませて体を固定し、その集団を見下ろす。
「だあっ、くそ!お前ら、何であの馬鹿娘の監視しとかねえんだよ!!おまけに本邸からの使いが来るまで二週間も気付かなかったなんてよ…最悪だっつーの。絶対見つけ出せよっ!そうじゃねえと俺が何されるかわかったもんじゃねえ…」
恰幅の良い全身鎧の男が、一人椅子に座り、ウォーハンマーというにはあまりにも無骨で大きな武器を立て掛け、重たそうな兜の置かれたテーブルにジョッキを叩きつけながら目の前に整列している騎士の集団を叱責している。
「なんだあいつ、何であんなに怒ってるんだ?」
「お嬢様が逃げたんだ…。本当におてんばだね」
屋根の上から庭の様子を観察していたボルドラに突然誰かが声をかけてきた。
「…お前、誰だよ?」
ボルドラのすぐ下、軒からはみ出したバルコニーの手すりにもたれるようにして上を見上げている。
あどけない顔をした如何にも少年のような風貌だが、ボルドラを見つめる表情は少年というには大人びているというか、どこか底の知れない黒いものを感じさせていた。
その表情を見て、ボルドラは一瞬警戒する。
「僕はジョー・コック。この屋敷で執事をしている者だよ。…君は?綺麗な鳥さん」
ボルドラの警戒は一層高まる。
「おい、お前。わしのどこを見て鳥とか言ってんだ?わしはドラゴンだ」
「あはは、ごめんごめん。まさかこんなに綺麗なドラゴンがいるなんて知らなかったんだ、許しておくれよ」
「…スカした野郎だ、わしはお前みたいなのは嫌いだぜ」
「ふふ、まあそう嫌わないでくれよ。ところで君はなぜこんな所にいるんだい?」
「話す義理はねえよ…」
やけに大きな身振りで話す胡散臭さ丸出しのジョーに対してボルドラはいまいちその緊張を解くことができずにいる。
少しの間庭で続く一方的な怒号を聞いた後、ボルドラが切り出す。
「…レイスって奴を知ってるか?」
「レイス?レイスっていうのはラッキーレイスのことかい?」
「ラッキー…、それだ!そいつそいつ。背が高くて弱そうな奴で…」
「ああ、やっぱりレイス・アイザックのことだね。彼に何か用なのかい?」
「アイツにちょっとプレゼントをしたんだが、気に入ってもらったかどうか気になってな。で?そのレイスは今どこにいる?」
あっさりと必要な情報を手に入れられたことで機嫌の良くなったボルドラからは、先までの緊張感が消えていた。
「いないよ、彼は今いないんだ。残念だったね、ドラゴンさん」
片手をひらひらさせながらジョーが無気力に言う。
「いない?どこに行ったんだよ」
「さあね、それは僕も知らないよ。でも、きっとお嬢様とどこかに行っている可能性は高いね」
「どういうことだ?」
「お嬢様、この屋敷の主人でありヒルト・ペイズの御令嬢のルルディもいないんだ、タイミングのいいことにね。庭で騒いでいる無能の馬鹿共はレイスがいないことに気付いていないようだけど、二人が同時に、しかも仕事熱心なラッキーレイスもいなくなっているってことは、二人が一緒にどこかへ行ったと考えるのが妥当だろう?」
「ちっ、ここにはいねえのか。しっかし何で逃げ出すような真似を…」
ボルドラが首を捻ると、相変わらず無気力な様子でジョーが答える。
「そうだねえ、あのおてんば娘はこの生活に辟易していた様子だったし?暇だったから逃げ出したか、そうでなかったら、街で起きたモンスター騒動を理由にして逃げ出したか。ってとこだろうね」
「モンスター騒動?何かあったのか?」
「この間、街の中に不気味な巨大モンスターが現れたんだってさ。死傷者はそんなに多くなかったみたいだけど、そいつが突然現れたものだからまだ街の人は警戒しているようだね」
それを聞いたボルドラの鶏冠が逆立つ。
「巨大モンスターだと?そ、そいつはその後どうなったんだ?」
「殺されて、それで死体はもうないって話だよ。ただ、そのモンスターが現れた場所で喧嘩をしている四人組を見たって人がいてね。それからそこにモンスターが出てきたわけだから、ま、その四人の誰かが召喚したんじゃないかって噂もあるね」
「…なるほどね、その不気味ってのは?」
ボルドラの視線が睨みつけるようなものに変わる。
「ん?なんか君、怖いよ…。まあ、これも噂だけど馬鹿デカイ四本腕の牛頭だったってさ。しかも学者がそんなモンスターはいないって騒いでるんだそうで…」
「ありがとよ」
ジョーの言葉を遮るようにそう言って、翼を羽ばたかせ始めたボルドラにジョーが声を掛ける。
「もし、二人を見つけたら、悪いんだけど連れの女だけはここに届けてくれないか?」
「ちょっと必要なんだよね」そう続けたジョーの顔には先程までのあどけなさは無く、その厭らしさがにじみ出ていた。
ボルドラは、それに答えることなく庭で騒いでいる男目掛けて滑降する。
ちょうど武器を持って立ち上がったその恰幅の良い男をその太い足で鷲掴みにすると、驚いて腰を抜かした隊員達の頭の上を通過しそのまま飛び去った。




