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第五章 一センチの余白

 「佐藤くん、一体どういうことかね説明したまえ!」翌朝、人口増加推進課のオフィスに、大塚課長の怒号が響き渡った。彼のデスクの前で、私はいつものように直立不動の姿勢を取っていた。課長の顔は怒りで赤く染まり、手元のタブレットを何度も激しく叩いている。画面に表示されているのは、昨夜、私がロストした加藤夫妻の追跡ログ、そして無残にも「通信途絶:査察不能」と赤く点滅するエラーメッセージだった。「一組の未達世帯の追跡すらまともにできないとは! 彼らは次月の婚姻強制再起動の対象、つまり我が課にとって今期最も確実なノルマ達成の獲物だったんだぞ! これで第四四半期の我が課の達成率は目標値からさらに遠のいた。上層部になんと報告すればいい!」「申し訳ありません」 私は感情を一切排した、完璧な役人としての角度で頭を下げた。「現地の地形による電波障害、ならびに私の携帯端末の管理不備が原因です。すべては私の職務怠慢によるものです。どのような処分も受ける所存です」課長は忌々しそうに舌打ちをし、椅子の背もたれに体を預けた。昨夜、スイートロームで完璧な高熱量スコアを叩き出した娘の父親である男の目は、今はただ、組織のパーセンテージだけを追いかける猛獣のそれだった。「始末書だ、佐藤くん。それから今月の君個人のナカヨシ・ポイントも一割カットとする。いいか、我々は国家のインフラを支えているんだ。システムにバグを作るような真似は許されん」「承知いたしました」説教が終わり、自席に戻った私は、深く息を吐きながら自分のデスクの引き出しを開けた。そこには、昨夜ポケットに押し込んだはずの、私を国家の犬たらしめていた硬いネクタイが転がっている。私はそれを手に取り、もう一度首へと巻き直した。だが、ノットを締め上げる指先を、いつもよりほんの少しだけ、手前で止めた。



 指一本分。わずか一センチの余白。鏡を見なければ誰も気づかないような、しかし私にとっては決定的な、国家のシステムに対する一センチの抵抗だった。首を締め付ける絶対的な規律のなかに、私だけの呼吸ができる空間を確保したのだ。私はいつもより微かに緩んだネクタイのまま、パソコンの画面に向かい、淡々と始末書の入力を開始した。


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