23.ファロー子爵家の語り手
――――白銀の魔女。
初めて会ったエアリエルの大叔母ぎみは、そう呼んでふさわしい女性だと感じた。
「ようこそ、アスタリテ様。マルゼラ・ファローと申します」
やわやわと波打つ色素の薄い髪は綿雲のよう。それを楚々と結い、うなじでひとつにまとめている。青灰色の瞳もエアリエルと同じだ。すでに相応の年齢であるはずだが、肌の張りなどはせいぜい四十代半ば。総体的に落ち着いた、おだやかな笑みを浮かべる優しげな婦人である。エアリエルと似かよう美貌の片鱗もあった。
「お……、お初にお目にかかります。マルゼラ様」
ぼうっとしていたアスタリテは慌てて礼をとる。加えて急な来訪を受け入れてくれた感謝を述べると、実年齢がまったく読めない白銀の女性は、ころころと笑った。
「まあ、可愛らしいかた。ふふっ。エアリエルが元気そうで安心いたしました。このたびは養子の件、本当にありがたいことでしたのよ」
「いえ、こちらこそ」
「……大叔母様。そのくらいで。今日は、どうしてもご助言いただきたいことがあったのです」
「ええ、ええ。わたくしの可愛い養い子」
そう告げると、まるで妖精の女王のような風格がある。
マルゼラは、格上であるはずのディアブロ伯爵家令嬢と令息となった少年に、手袋をはめた繊手をすっと差し伸べた。
「まずはお掛けになって。甥からは『行かず後家』と呼ばれて久しい身ですけれど、お力になれることがあれば、何なりと仰ってほしいの」
「ありがとう存じます」
「恩に着ます、大叔母様」
義理の姉弟は揃って、ほうと吐息した。
――ファロー子爵家の敷地に建つ、こぢんまりとした別邸。おそらく部屋は、厨房を合わせて四つほどしかないだろう。
一見、使用人の住まう館に見えたこの家が、先代ファロー子爵の妹ぎみに与えられた住まい。
ひいては、幼いエアリエルが過ごした場所だという。
(何か事情がありそうとは思ったけど……)
会釈で、すすめられた席に移動しつつアスタリテは視線を伏せた。
***
アロー侯爵家の別荘から帰還後。
エアリエルの実家であるファロー子爵家を訪問したいと願い出たアスタリテは、当初、母のトリアから渋い顔をされた。
根気強く理由を尋ねたところ、エアリエルは、どうやら虐待まではいかずとも、当主である父から疎んじられた子であったらしい。
「わたくしも詳しくは知らないのだけど――」と前置いたトリア曰く、生母であるひとりめの子爵夫人が夭逝したあと、生まれたばかりのエアリエルは乳母任せとなった。現在の子爵夫人がやって来たあとは、乳母ごと大叔母の元に追いやられて暮らしたとか。
ふたりめの夫人を迎えたのも喪が明けた直後であったことから、当時の社交界ではちょっとした醜聞だったそうで、最終的には「エアリエルには黙っていてあげてね」と念押しされた。
が、たまたまそこに居合わせ、筋を通すのは礼儀に適うと判断した父により、日程が組まれた。
よって、養子に迎え入れたエアリエルの様子を知らせるためにも、ディアブロ伯爵一家四名はファロー子爵邸を訪れている。先に挨拶を済ませた本館では、身重の夫人と当主が出迎えてくれた。
その場で紅茶を一杯いただき、大人たちの社交辞令の語らいとなったとき、さりげなく「庭を散歩して来ます」と切り出したエアリエルは、本当に如才ない。
アスタリテは、この賢い少年を育ててくれた女性に心から感謝と尊敬を捧げ、道中ずっと考えていた口上を述べた。
真実はさすがに話せない。なので。
「じつは私、古書の管理を手伝うよう、学園の先生に命ぜられまして……――」
数分後。なるほど、とマルゼラがこぼした。
思案に暮れたときにエアリエルがよく見せる所作だ。顎下に右手の指を添えている。
彼女も貴族の一員として、学園には通ったはず。であれば教師の助手をつとめる生徒がいたと記憶にあるのだろう。あっさりと信じてくれた。ふむふむと頷いている。
「知りませんでした。わたくしが祖母から教わった歌やおとぎ話に、そんな意味があったのですね」
「ええ。それで、困ってしまって」
アスタリテが肩を落とし、いかにも途方に暮れると――じっさい諸手を挙げてどん詰まりなのだから、あながち嘘でもない――マルゼラは、人が良さそうに眉を寄せた。
「確認なのですが、古書では魔女のくだりが塗り潰されていたのですね? それで、偽書ではないかと」
「はい」
「かつて大陸を支配した魔女は、それは執念深く、おまけに千里眼を持っていたそうです。おそらくその編纂者は信心深く、呪いを恐れたのでしょう。魔女が見れば怒るような記述だったのでは」
「僕の知らない、大叔母様が知っていらっしゃるお話はありますか? できれば、国の成り立ちにかかわるような」
「ありますよ」
「「!!」」
おそるべし、気心知れる身内の会話ストローク。さらりと尋ねたエアリエルに、マルゼラはきょとんと答える。
けれど、ちらちらと窓や扉に視線を走らせた。
「待ってね。おまじないをするわ」
「はい……?」
目を瞬くアスタリテの前で、白銀の婦人が何ごとかをぶつぶつと唱え、さっ、さっ、と手を動かす。「あ」とエアリエルが呟き、きょろきょろと辺りを見回した。
婦人は、にこりとする。
「これで大丈夫。あのね、わたくしが聞いた古の魔女は、強き者がふたり。ひとりが【破滅の魔女】。ひとりが【封印の魔女】」
「!」
アスタリテは、ハッとした。
(破滅の魔女。……それがベーゼリッテ?)
頭がうまく回らない。うんうんと考えそうになるのを、神秘の語り手と化した婦人があえかな微笑みで引き戻す。
マルゼラのしずかな声音は、それこそが魔法を帯びているようだった。
「お聞きなさい、年若き愛し子たち。後者は前者を、身を賭して封じました。王国の礎となった彼女の眠りを守り、奉ずるために。王家と四貴族は互いに〝鍵〟を分かち合ったのです。一代にひとつずつ受け継がれる、視えない〝鍵〟を――――魔女自身が施した術によって。血、そのもの。命そのものに宿したのですって」




