22.封印の謎
(封印……? 『やられた』って、どういう)
どきりとした。カルマに『知らない誰かのよう』と言われたことが存外に胸に刺さり、動揺する。
情報が大混雑で頭がぐるぐるするが、ここはいったん整理すべきだろう。
アスタリテは目が合ったコレル・アローに頷き、ゆっくりとカルマに歩み寄る。
岩に腰を下ろす彼の前でドレスの裾を押さえてしゃがみ、日傘を後ろに傾けて見上げるように言葉を紡いだ。
「カルマさま、そのせつはありがとうございます」
「っ、う、うん」
若干日に焼けて赤くなった頬と鼻頭――いつも余裕のあるカルマがめずらしく声を上ずらせ、目をみひらいた瞬間に立ち会ったことを不思議に思いつつ、心を決める。
秘密を、秘密にしない。
すなわち相手を見定めつつ協力者を増やすことを。
「……カルマさまが感じられたことは正しいのです。どうか信じていただきたいのですが、私は――」
ちら、と視線を流すと、カルマの傍らに立つエアリエルも息を呑む。
アスタリテは、アロー侯爵家のメイドたちが飲み物を運んでくるまでの間に自身の巻き戻りの過去と二回目の学園生活の違いを。巻き戻されるきっかけとなった魔女ベーゼリッテが己の内側に潜むことを伝えた。
***
「信じられない、と言わざるを得ないけど……。信じるしかないよね。アスタリテ嬢が嘘をつくわけがない」
「僕は姉上を信じます」
メイドたちに手際よく敷物を敷かれ、樹下で涼を取るよう勧められた四名。
うち、カルマはまだ呆然としながら。
エアリエルは鉄壁かつ安定の姉思いを貫いた。
ふたりが決死の告白を信じてくれたことに、アステリテはほうと息を吐く。なお、この場合での「死」は、貴族社会の一員としての「それ」である。
(こんなの、『妄想に囚われた哀れな令嬢』と受け取られてもおかしくないものね。カルマ様とエアリエルには、本当に感謝しなければ……)
メイドが供してくれた柑橘のゼリーはよく冷えており、つめたいハーブティーと併せてとても美味しかった。味が鮮明にわかる、という事実もありがたい。
――思うに、巻き戻ってからずっと孤軍奮闘だった。ほとんどが空回りで、流されるままで、成り行きから教師のコレル・アローが秘密を共有してくれたあとも。
くすんと鼻をすする姉を、エアリエルが心配そうに覗き込む。
「姉上」
「ごめんなさい。気が抜けて……いいえ、いまはそれどころじゃないわね。お願い、知恵と力を貸してほしいの」
「――――何でも。もちろん、力になるよ。アステリテ嬢」
「ありがとうございます。カルマ様」
打ち解けた空気を醸す少年と少女たちに、場が和らいだとみて使用人たちも一礼して下がってゆく。
コレル・アローは、やれやれと姿勢を崩した。
「目下のところ、確認したいのは魔女殿の様子だろうな。本人に聞くのがいちばん早い。まさか『封印』とは、彼女が再び地下に追いやられたとでも?」
「……いえ。アロー先生。僕には、姉上の魔力がいまも〝黒〟と重なるのが視えます」
「! 驚いた。ディアブロの。きみは、魔力を色として認識できるのか」
「はい」
「逸材だ。すばらしい。では姉君の言う通り、ただ眠っていると」
「いつ起きるか知れないのが困ったところですけど」
「ううむ」
当事者として最も災難な点を挙げるアステリテに、年齢よりも年寄りじみた声でコレル・アローが唸った。
そこで、ぽん、とカルマが手を打つ。
「あのさ、皆、忘れてない? 俺が聞いたこと。彼女は貴賓席に行くまでも、着いてからも必死だった。ぜんぶ、先王陛下を助けようとしてたんだ」
「「「あっ!」」」
カルマ以外の三名が顔を見合わせる。
たしかにそうだ。
『魔女』という呼び名のイメージと、封じられた厄災のごとき伝承に引っ張られていたが(※事実、アスタリテにとっては極めて理不尽な存在だが)。
復活後の彼女が明確な悪事を働いたことはない。
せいぜいがアスタリテの体を時おり乗っ取ること。
そして、自身を見破った教師のコレル・アローを打ち負かして、なかば下僕と化したことだ。
「それに、先生も仰ったように、悪しき魔法に闘技場の結界が働かないわけがない。畏れ多くも先王陛下に疾病がなかった以上、俺たちの知る魔法以外に原因があったと見るべきだろう」
「魔法以外……僕は、心当たりがあります」
「えっ」
今度は年長者たちがいっせいにエアリエルを見た。
「僕は、ディアブロ伯爵家から嫁いだ曾祖母すじの、大叔母に育てられました。彼女が言っていたんです。レーゼ王国が建つ前、大陸を支配したのは魔女たちだったと」
「魔女……複数か? ベーゼリッテ殿だけではなく?」
「はい」
こく、と頷いたエアリエルは、追憶に青灰色の瞳をけぶらせた。
「最終的に覇権を握った〝大魔女〟は、ひとびとの悲しみや苦しみ、残酷な死を好んだそうです。それが『呪い』の材料となるらしく」
「呪い」
おぞましい言葉を繰り返したアステリテは、ぞくりとした肩を両手で抱いた。
あの地下。
真っ暗な洞窟に、突如としてあらわれた大鏡。
それらが魔法でなく、失われた大魔女のちからの遺物なのだとしたら。
(たしかに。一度目の私に魔力はなかったもの。定められた呪文と真名を捧げるだけで、封印が解けるなんて――……!?)
ハッとからだを震わせたアステリテに、正面に座ったカルマはすばやく反応した。
「アスタリテ嬢? どうした」
「すみません。私、いまのいままで失念を」
「うん?」
怪訝そうなカルマと義弟、教師を順に眺め、アスタリテは迷子のように呟く。
「私……。ベーゼリッテを解き放つための呪文や作法を、どうやって知ったか、思い出せないんです。あのときは当然のように我が家の口伝だとばかり。でも、違う気がしました。お父様は、私が幼いときに『ご先祖が封じた魔女がいるから、行ってはならないよ』とだけ。そう、錠前も……っ」
「錠前? 落ち着け、ディアブロ」
うわ言のように囁くアスタリテは、額に冷や汗を滲ませていた。見咎めたコレル・アローがその背を支える。
アスタリテは、いやいやと、頑是ない子どものように頭を振った。
「なかった。掛かっていなかったんです。あのときは」
「? 何がだ」
「地下へと降りる階段のある部屋に。扉に掛けられているはずの大切な錠前が、あの夜はなかったんです。――――私、鍵の在り処なんて、知らないのに」
「「「!!」」」
ズキズキと痛みを訴え始めた側頭部に、そっと手を添える。
ひやりと風が冷たさをはらみ、顔を上げたアスタリテを、遠くから呼ぶ声がする。
母のトリアだ。茶会はそろそろお開きらしい。
「……検証の余地があるな」
腕を組み、むっと眉を寄せたコレル・アローが立ち上がる。片手を差し出し、アステリテをエスコートした。それからエアリエルを振り返って。
「大叔母ぎみはご健在か? どうやら、ディアブロ家の知の遺産はそちらに流れたらしい。――いちど、そちらに聞いたほうがいいだろう」




