21.夏の茶会と秘密の会談
盛夏のころ、レーゼの都は振り注ぐ夏の光とともに、新王即位の話題で持ちきりとなった。
長年王太子として国王補佐にあった第一王子ユリアンは胆大心小にして機転に富み、たいへん優れた君主の器であると。
滞っていた政を潤滑に進めただけでなく、最初に父王の死の影を払拭すべく、恩赦や喜捨を大々的におこなった。
しかも婚約者であった隣国の姫を宮廷に迎え入れ、晩秋には婚姻の儀を執りおこなうと発表。いっそう華々しく世相を彩った。
その手腕に安堵してか、いっとき緊張状態だった貴族たちは改めてレーゼ国王と王室に恭順の意を示し、若き獅子と呼ばれるユリアンに膝を折った。
新王が冠を戴いた、その瞬間に。
***
「――どうなることかと思いましたが、何もかも神と陛下の御心のままに、ですわ。おいでいただけてうれしゅうございます。セザール公爵夫人ミネルヴァ様、ディアブロ伯爵夫人トリア様」
「お招きをありがとう、マダム・アロー」
「お元気そうで何よりですわ。フロル様」
街の喧騒を離れた郊外の別荘地。
王都にタウンハウスを構えるのも有力貴族のステータスだが、夏のバカンスに避暑地でゆったり過ごすのも貴族の嗜みとされる。
ここ、水辺の地カタリナは古くから王家の離宮が建てられた背景があり、今も根強い人気がある。
その一画――アロー侯爵家の別荘に、三名の貴婦人たちが集まっていた。正確には庭の噴水の側に建つ、瀟洒なガゼボで。
優雅な笑みを浮かべたのは、瑞々しい美貌のセザール公爵夫人から「マダム」と呼ばれた、この館の女あるじ。初老のフロル・アロー夫人である。
フロル・アローは新王ユリアンの母后の古くからの友人で、このたび王妃となるべくやってきた姫君の新たな教育係に任命された。容姿、教養、マナーのどれをとっても一流とされる、当代きっての淑女だ。挨拶を終えて紅茶を淹れ、客人がたに勧めるしぐさは流れるようにうつくしかった。
水のせせらぎの音が涼やかな八角形の屋根の下、貴婦人たちは時おり扇で風を送りながら同じ方向をちらちらと見やる。
やんごとない歓談のあいまに。
――――それはそう。
視線の先の渓流近くで、一見ほのぼのと交流を深める若者たちは、彼女たちの大切な子ども(※成人含む)。
本人たちには伏せてあるけれど、見合いの意味を込めた茶会だった。
「背筋が寒い」
「夏風邪ですか? アロー先生」
「年なんですから、ちょっとは日にあたったほうがいいですよ。こっちに来て川でも入ったらどうです」
「カルマ・セザール。減点だ」
「!? 何の……? やめてください、横暴な」
学園は休みなのに、と、ぶつくさ呟きながらカルマが水辺の岩に腰を下ろす。ズボンは膝までめくっており、木漏れ日を弾く濡れた素足がやたらと白い。ついさっきまで渓流に浸していたからだ。
そのあとを、最近義姉と同じくらいの背丈になったエアリエルが続く。
「姉上。喉は渇きませんか」
「平気よ。あなたこそ、ええと」
日差しより眩しい美少年の笑みに、アスタリテが日傘を傾けて傍らの教師を仰ぎ見る。
今日はいかにも休暇中の貴族の子息らしい格好のコレル・アローは、はぁとため息をついて侯爵家のメイドに目配せをした。
「ここは私が見ておく。やんちゃなご子息たちに冷たい飲み物でも持ってきてくれないか。ご令嬢が好みそうなものも、何か」
「――畏まりました。少々お待ちを」
笑いを含んだお仕着せのメイドが、にこやかに告げて去る。
そこで、コレル・アローはがらりと顔つきを変えた。
「今のうちに本題に入ろう。カルマ・セザール、聞きたいことがある」
***
(……っ)
先王の葬儀の夜、口を出さないことを約束したアスタリテは黙って日傘の持ち手を握った。
戸惑うエアリエルには、人差し指を唇にあてるジェスチャーで沈黙を願う。賢い少年は、きちんと姉の意を汲んだ。
そもそもコレル・アローがアスタリテに提案したのは、『母親世代の交流を使って相談の場を設けよう』というものだった。
コレルの母フロルが、アスタリテの母トリアと懇意なのは今に始まったことではない。
習いごとが好きなトリアは結婚前からフロルに師事しており、その伝手で社交界を渡り歩いていた。
また、フロルの人脈をもってすればセザール公爵家の人間を茶会に招くことも容易い。
たまたま、今年はカルマ自身がアスタリテを父公爵に紹介した縁で、先んじて夫人が動いていた。よって、実現した「開放的な」茶会だ。
コレル・アローがなまじ引率慣れしており、川遊びをしたがるカルマの監督を引き受けたのも奏功した。
(※カルマは『アスタリテ嬢だけでいいのに』とぼやいたが黙殺された)
メイドが戻ってくるまでの限られた時間に最大効果を得るため、コレル・アローはきびきびと質問する。
ひとつ、アスタリテと選手控室を出たあとのこと。
ひとつ、なぜ貴賓席に行ったのか。
先王が飛び降りる直前、アスタリテとカルマがとった行動は?
それらの矢継ぎ早な問いを、カルマは面食らいながらも受け止め、腕組みで「ううん」と宙を睨んだ。
「あのときは……移動中、アスタリテ嬢が倒れそうに。でも、支えたら大丈夫だと微笑まれました。その笑顔が健気で」
「簡潔な応答を願う」
「…………それからしばらく、口説いたんですが」
「「えっ!?」」
「両方のディアブロ、静粛に」
大真面目な様子のカルマに、アスタリテとエアリエルの驚き声が重なる。とたんにコレル・アローが、ぴしゃりと遮った。
川上から風が吹いて、さらりとカルマの金の髪をそよがせる――
「じっと話を聞いていてくれた彼女が、ふと不安そうな顔をしました。で、貴賓席のほうを」
「気にしたのか」
「はい。『行かないと』と、呟いて。わけを聞く前に彼女が走り出しました。けっこう脚が速くて。そういうところも可愛いなって」
「セザール」
「はいはい。で――俺が追いついたときは、貴賓席で陛下の護衛騎士に訴えてました。『何してるの!』だったかな。でも、間に合わなくて。陛下は」
「「「……」」」
しん、と口をつぐむ三名は、カルマと同じように痛ましい表情をした。
前髪を梳いたカルマは、ふい、と視線を流して別荘から冷茶や果物を運ぶメイドたちを見つける。
「彼女はよろめいて、後ろにいた俺が支えました。ひどい騒ぎになって、俺も動転して……。巻き込まれないよう、彼女を横抱きにして救護室まで連れて行きました。ベッドに下ろしたときは、ちょっとうなされてましたね。無理もない」
「彼女が何を言ったか、聞き取れたか?」
「これは自信ないんですが」
うつむき、首を傾げるカルマは翠の瞳をすがめて自分の足先をぼんやりと眺めた。
「……『やられた。封印が』と。おかしいですよね。アスタリテ嬢じゃない、知らない誰かみたいでした」




