20.弔いと王の死の真実
――あれから一ヶ月後。並みいる諸侯が見守るなか、亡き王の眠る棺は恭しく聖布にくるまれ、城の地下にあるという聖廟へと運ばれた。
王族の遺体はそのように葬られると知っていたし、国葬じたいは初めてではないものの、幼いときと今では目線も立場も違う。
いま、同じくディアブロ伯爵家の長子として立ちながら、唯一の子ではない状況――隣にエアリエルという義弟を伴っての参列を、アスタリテは複雑な思いで顧みた。
(こんな事件、一度目ではあったかしら……? いいえ、ファビアン王子を『王弟殿下』とお呼びすることはなかった。二度目で起きた変化だわ)
そんなふうに考えてしまう、己の立場が最たる変化。
王の死を純粋に悼めないこと、そのものが心苦しい。
棺が運び出されたあと、王城の敷地に建てられた神殿はしんと静まり返っていた。朗々と響くのは大神官の法話だけ。天に還った先王陛下の行いを詩のように讃えている。
――国土を前にしては善き王。王妃と並んでは善き夫。民と子らの善き父であったと。
餞の切なさに、そっと顔を上げると、参列席の前に立つ父母の向こうには悲しみに耐える妃殿下や王子たちの姿が見えた。
……もちろん、学園生徒会長のファビアン殿下も。
殿下の婚約者のビアンカは、ポーレット侯爵とともに臣下の最前列に佇む。それでも彼の悲しみに寄り添うような細い背中に、ふたりを知る者のひとりとして感情が動く。哀しい、かなしいことだ。なのに。
(どうして)
アスタリテは、胸中で何度も繰り返しては泡のように消えてゆく、答えを得られない問いをまたこぼした。
***
「大丈夫? アスタリテ。ひどい顔色だわ」
「お母様」
帰路、馬車のなかで隣に座った母は娘を気遣うように窺う。
アスタリテは、ふるふると首を横に振った。
「平気です。王家の方々のお気持ちを考えるとつらくて」
「優しい子ね、あなたは」
「そんなことはありません」
トリアの笑顔に、アスタリテは微苦笑で応える。
――それは王の死への後ろめたさの表れだったが、正面の座席のエアリエルは、いっそう心配そうに眉宇をひそめた。
「姉上。僕は伯爵様――義父上に伴われてお悔やみを申し上げて参りましたが、王太子殿下は気丈なご様子でした。逆に、僕にまでお声をかけてくださって。お強いかたです。きっと、立派な王におなりです」
「まあ」
アスタリテは、素直に驚いた。
国王崩御から一ヶ月のあいだ、参列準備のために多くの時間をディアブロ伯爵夫妻と共に過ごしたエアリエルは、どうやらようやくふたりを『義父上』『義母上』と呼べるようになったらしい。
そのことを大々的に喜ぶトリアは、ふわりと笑む。
「よかったこと。行儀よくできて偉かったわ、エアリエル」
「ご指導の賜物です……」
言葉少なに謙遜するエアリエルは、きらきらしい美貌もあって本当に天使のよう。
トリアは、ほう、と息を吐いた。
「ね、アスタリテ。こう言っては何だけれど、王太子殿下が戴冠なされば服喪は終わり。祝祭よ。あなたは未成年だから夜会は無理ですが、茶会なら連れていけるわ。シーズンのあいだ、いろんなお家のかたと交流しましょうね」
「は、はい」
(……た、他家との交流……)
戴冠式は王族と高位貴族の当主、他国の賓客のみが参加できる儀式のため、妻子らは基本的に留守番である。
そのため、夏季休暇を兼ねる祝祭を想定していなかったアスタリテは、本当に虚を突かれてしまった。
いっぽう、トリアは指折り訪問先の候補を数えている。こういうところが非常にたくましく、また、前向きな女性だ。
「ええと、アロー侯爵夫人からは再三お誘いをいただいているし、セザール公爵夫人も。あなたのところは?」
「……ポーレット侯爵家のビアンカ様なら、休暇中に会いましょうと」
「名だたる名家ね!」
「生徒会の繋がりです。副会長様ですもの」
「何を言っているの。すばらしいわ。大変、既製品でいいからドレスを何枚か用意しなくては。流行りのアクセサリーや靴も」
「(えええ)」
アスタリテは無音で叫び、見咎められぬよう、スンと唇を引き結んだ。
(そんなに無邪気に過ごせないわ。陛下を死に追いやったのは、ひょっとしたらベーゼリッテではって、ずっと悩んでいるのに……)
やがてトリアの関心は、しれっとエアリエルに移る。
「あなたも連れていきますからね」
「えっ!?」
宣言された彼は、素っ頓狂な声をあげていた。
夜。
アスタリテは、就寝前に勇気を出してコレル・アローの指輪を握りしめた。
『……起きていらっしゃいますか』
『その口調、ディアブロだな。どうした』
『お久しぶりです。お聞きしたいことがあって』
『奇遇だな。私もだ』
ごくりと唾を飲み、アスタリテは疑問を打ち明ける。内なる魔女が眠ったままなのを含めて。
コレル・アローの返答は、少しの間を空けて届いた。
『公にはされていないが――。陛下の死は、いまだに謎が多い。疾病もなく、頑健なかただった。おまけに場所は学園闘技場。客席であればこそ魔法封じの結界は完璧だった。自死を誘発させる精神汚染だろうが、催眠魔法だろうが、そんなものを生身の人間が行使できるわけがない』
『では』
『正直、私のほうこそ彼女に問いたかった。心当たりはあるかと』
『そうですね……』
しんみりと眉を下げる。
寝間着の胸元で握った手のひらのなか、指輪は淡い緑に発光していた。
指輪を作った、コレルの魔力の色だ。
(エアリエルがいたら、わかったかもしれないのに)
彼ならば魔力の色がわかる。行使された魔法にも気づくだろう、と。
そう思い至り、ハッとした。
――――〝私〟は、誰といた?
『あの。私を邸に運んでくださったのは先生ですよね。先生は、カルマ様とは何かお話になりましたか? 』
『いや、確かに送ったが。あの日はとにかくパニックを抑えるのに必死で……そうか! きみが直前まで行動を共にしていたのは、カルマ・セザールか』
『はい』
二人同時に押し黙る。
そうして、検証をすすめるべく計画を練った。




