24.封印の魔女はだれ? 鍵はどこ?
魔法と呪い。それらを操り、寿命すら超越してレーゼに君臨した存在――――【破滅】と【封印】。
魔女は、ふたりいた。
(なんてこと)
たんなる口伝と片付けるにはあまりに恐ろしい予感に、アスタリテは知らず言葉を詰まらせる。
白銀の婦人マルゼラは優雅に席を立ち、ふわりと微笑んだ。
「よろしければ、そろそろ本館へお送りしましょう。わたくしも、ここでは魔女のような扱い。鼻つまみ者ですもの」
「マルゼラ様。そのような」
「事実だわ。ね? エアリエル」
「……ええと。大叔母様のそういうところが、あのひとの癪に障るんだと思います」
「ふふっ。いいのよ、わたくしだって、あの坊やを可愛いとは思わないわ」
機嫌よく笑いつつもご婦人に連れられ、客人として訪れた義姉弟はおとなしくあとをついて行った。
***
ファロー子爵家の本館と離れの間にはそれなりの大きさの池がある。橋はなく、移動には周縁部をぐるりと回り込まねばならない。行きは緊張であまり気にならなかったが、帰りは改めて辺りを眺めることができた。
野趣あふれる小道はさすがに石畳が敷かれているものの、隙間から短い草がまばらに生え、立地は王都の外れでありながら鄙びた感じが否めない。林立する白樺は離れそのものを隠し、本館や正門から見えづらくする効果があるように思えた。
鬱蒼としつつ、木肌が白い樹皮の連なりや翠の葉の天蓋からこぼれ落ちる木漏れ日は、自称魔女のマルゼラにひどく似つかわしい。
なんでも、マルゼラは魔力はないがカード占いが得意なのだという。
「甥は、幼いときからわたくしの力を毛嫌いしてね。先代……兄が生きていたころは、わたくしの占いを目当てに訪れてくださるお客様も大勢いたの。でも、代替わりしたとたんに離れへ。ほとんど幽閉状態にされたわ。わたくしと同じ銀髪だからと、可哀想に、エアリエルまで」
「そうだったのですか」
内緒ね、と、お茶目に指を口に当てるマルゼラに翳りはない。
隣を見ると、エアリエルは口の端を下げていた。
「……実の父をとやかくは言えませんが、狡い人間です。大叔母様を追いやりながら、いざ、子爵家の商売が傾いたり、資金繰りに困ったときは頼るんです」
「おほほ。それでね、ある日、泣きついてきた坊やにカードで吉方を教えて。出向いた社交場でディアブロ伯に養子の件を取りつけられたものだから、すっかり目の上のたんこぶになっちゃって。厄介でも切り離せないのでしょうね。いまでは、また、以前のお得意様を連れて来るの。愚かな子」
「は、はあ」
どうしよう、こんなに義弟の実家の内情を聞かされて……と縮こまるアスタリテに、マルゼラはやさしく前方を指し示した。
いつの間にか林は途切れ、青空の下、我が家の馬車が停まる子爵邸本館が見える。
「困ったことがあれば、いつでも頼ってくださいね。アスタリテ様。いにしえの魔女には遠く及ばずとも、わたくしには、母から受け継いだ技がいくつもございます」
「! ありがとうございます……!」
別れ際、マルゼラは『これだけは覚えておいたらいいわ』と、離れでやっていた魔除けの所作と呪文をふたりに教えてくれた。
馬車の中では当たり障りなく両親と歓談した帰邸後。アスタリテとエアリエルは、母の観劇の誘いを蹴って居間で休むことにした。
夕暮れどき、娘たちに振られた母はごねて父を伴
い、装いも新たにお出かけだ。その活力たるや、本当に凄い。
とはいえ、気の張る遠出のあとでもあり、伯爵家の若い姉弟に使用人たちはやさしい。夕食前の飲み物や軽いおやつを置いて退出してくれる。
おだやかな静けさに包まれ、それぞれ課題の刺繍や読書に耽るふりをしつつ、姉弟はぽつぽつと秘密の相談をした。
――もちろん、教えてもらった所作で呪文を唱えてからだ。半信半疑でも怖いモノには見つかりたくない。
「エアリエル。私の考えは突飛すぎるかしら。私ね、ベーゼリッテは【破滅の魔女】だと思うの。だって、我が家の地下に鏡で封じられていたし。性格だって破茶滅茶だわ」
「性格は……たぶん、姉上とアロー先生がいちばんおわかりなのでしょうけど」
どうでしょう、と、エアリエルは小首を傾げる。
「エアリエル?」
「すみません。僕も考えすぎかもしれません。では、【封印の魔女】はどこにいるんしょう……? 『身を賭して』と、大叔母は言っていました。消えてはいない。眠っているんですよね。王家と四貴族は彼女の眠りを守る〝鍵〟を分かち合ったと」
「そう。そうね」
ひとつひとつ、アスタリテも確認するように頷く。
縫い目を間違えてしまったが、まぁいいだろう――
瞳を上げると、やっぱり同様に本の文字が頭に入っていなさそうなエアリエルが、集中して虚空を眺めていた。
「命」
「え?」
呟いたひと言に、どきりとする。
訊き返したアスタリテの青い瞳を、エアリエルはじっと見つめ返した。
「姉上の中の魔女は、先王陛下を助けようとしました。もし、それが〝鍵〟のひとつだったなら?」
「エアリ……」
「もちろん、可能性の話ですが」
本を脇に置いた少年が、この上なくまじめに呻く。
「あんまり、あんまり考えたくはないんです。でも……最悪はきちんと想定しましょう。ポーレット侯爵家、セザール公爵家、パーン伯爵家。そして、ここ。これ以上誰も『奪われて』は、いけないのではないでしょうか」




