17.大会予選とお手伝い
前期試験を終えた三日後。いよいよ剣術と魔法の大会が始まった。
アスタリテは、式典でしか見たことのない老齢の学園長がそうそうたる主賓がた――レーゼ王室の方々と談笑する様子をぼんやりと眺める。
一度目の学園生活より距離が近いかもしれない。
……と、いうのも。
「ありがとう、アスタリテ嬢。今年は貴女がいてくださって助かったわ。いままでは、出場メインの殿方ばっかりで、当日が大変だったの」
「もっ、もったいないお言葉です。ビアンカ様」
アスタリテはまごまごとしつつ、予選を勝ち抜いた生徒らの名前を進行表に記していった。
***
ここは貴賓席の斜め下に設けられた生徒会運営本部。
石造りの四角い闘技場は目の前で、白熱の戦いを観るには最前線。予選の途中でも治療や回復薬目当てに怪我人や敗退者がやって来る。そのうえ、全体の運営采配も怠ることはできない。
手伝いを申し出てくれた一般生徒は、主に生徒会メンバーゆかりの貴族子女たちが総勢八名。彼らには腕章を付けてもらい、参加者の誘導などをお願いした。本部はビアンカとアステリテ、それにビアンカ付きの従者と侍女で回している。
なお、開始直後は、開会式で整列した四十余名を三つのブロックに分けた。
魔法と剣をごっちゃにしたそれは、徒党を組むのは禁止とされ、審判をつとめる実技担当教師が目を光らせるなか、一定時間を勝ち残らねばならない。
判定基準は参加者全員に配った魔道具、『身代わりの|籠手』。闘技場限定で使える魔法の籠手は便利な代物で、一度だけ大ダメージを肩代わりしてくれる。
――つまり、籠手が砕けた者から場外に降りる仕組みだ。
こうして各ブロックの勝者は五指以下に。多少乱暴だが、こうでもしないと時間内に終わらない。
作成中の本戦出場者一覧を見直したアスタリテは、しみじみと呟いた。
「すごい。魔法はファビアン殿下とパーン先輩。剣技はギュナス先輩が残っておいでですね。いま予選中のシュラト様とカルマ様も余裕そう。さすがです」
「殿下は見栄っ張りで、二年生はああ見えて戦闘狂。双子も、なんだかんだ言って負けず嫌いですもの。みんなそう。ああいうのがお好きなのよ」
「……殿方ですねぇ……」
ビアンカの言いようは辛辣だが、雰囲気は完全に幼馴染ならでは。アステリテはほっこりと頬を緩ませる。
すると、ビアンカは「あら?」と目をみはった。
「意外ね。噂をしたらカルマだわ」
「え?」
闘技場を見ると、たしかに籠手を粉々にしたカルマが場外にいた。怪我はなさそうで、アスタリテはホッと息を吐く。
目が合うと、金髪翠眼美少年の片割れはうれしそうに手を振って駆けて来た。元気そのものだ。
カルマは受付の長机に手を置き、アスタリテの顔を覗き込む。
「ただいま」
アスタリテは、さらりと微笑んだ。
「お疲れ様です、カルマ様」
「ありがとう、アスタリテ嬢」
「もういいの? こき使ってよろしくて?」
「おお怖い。出場者より猛者だよね、ビアンカは」
「好きに仰い。はい、これ。貴賓席まで運んでちょうだい」
「本戦出場者名簿? 了解。一緒に行こう、アスタリテ嬢」
「っ、あ、はい」
ぱっぱっ、と籠手の残滓を払い落としたカルマは気軽な様子でビアンカから本戦用パンフレット(※仕事が早い)を受け取り、アスタリテに片手を伸ばす。
つられたアスタリテは、カルマに手を握られたが、ふとビアンカを振り返った。
「よろしいのですか? 私、外しても」
「結構よ。休憩も挟むから、ゆっくり行ってらっしゃい。忙しかったでしょう?」
「いえ、ありがとうございます」
あたふたと机を回り込み、アスタリテはカルマに連れられて貴賓席に向かった。
「いいのでしょうか。私などが」
「君みたいに可愛い子が来てくれたほうが、俺は針の筵を回避できて、むしろうれしいね。気にせずどうぞ」
「針の筵?」
ビアンカが転写の魔道具で量産したパンフレットを、アスタリテは分けてもらった。胸に抱え、とてとてとついて行く。
先に貴賓席への階段を上がっていたカルマは、ちらりと優雅なテラス席に似たそこへ視線を流した。
「やれ、わざと負けたとか。公爵家の面目ガー、とか。下手したら陛下までうるさいだろうから」
「まあ。カルマ様が? わざとだったんですか?」
「……君って、本当に可愛いよね。アスタリテ嬢」
「! きゃ、危ないです。カルマ様、前を見て」
「はいはい」
急に立ち止まったカルマが後ろを向いて段を塞ぐので、アスタリテはカルマにぶつからないよう、キッと見上げた。手すりを持ってこちらに屈むカルマの顔が存外に近く、困ったなぁと眉を下げる。
「進んでください。お仕事が終わりません」
「仕事ねえ。――そうだ、休暇は予定ある? よかったら遊びに行こうよ」
「……? どうでしょう。父に聞いてみないと」
「そっか。わかった。そのうち卿に許しを乞うね」
「?? はい」
きょとん、と、アスタリテは目を瞬いた。
――なぜ、今。
これは生徒会行事というか、休暇中に親睦を深める集まりでもあるのだろうか……などと考える。
大真面目なアスタリテに、カルマはふっと目元をほころばせた。一転、紳士そのものの仕草で貴賓席のテラスへと上がり、そつなく来賓の歴々にパンフレットを配って回る。
カルマの憂慮に関しては、彼の父君からの言葉で判明した。
セザール公爵は、息子からパンフレットを受け取りつつ渋い顔をしていたからだ。
「あんなことをして。シュラトは怒らないかね」
「兄弟戦なんか、むだに盛り上がるだけでしょう? 世間的にはこうあるべきかと」
(!)
アスタリテはびっくりした。
彼は、本当に予選の終盤でみずから負けたらしい。爵位を継ぐ兄だけが本戦に残るべきだと。
「お前は、気が利きすぎるのが玉に瑕だな。で、そちらが?」
「ええ。俺たちと一緒にケープを授与されたアスタリテ・ディアブロ伯爵令嬢です。アスタリテ嬢、父だよ」
「初めまして、公爵閣下。ディアブロ伯爵が長女、アスタリテにございます」
「丁寧にありがとう。息子たちがいつも世話になっているようだね」
「!? そんな、こちらこそ」
肘置きにもたれて寛いだ公爵は、和やかにアスタリテに声をかけた。
アスタリテにしてみれば、どさくさに紛れて最上位貴族の当主に挨拶をしてしまったわけで、冷や汗が出る。
――――大会記録で知った。生徒会メンバーは王国中枢の方々と接することはあるが、それは家柄や血筋を抜きにしてのこと。
例外として、尋ねられた場合のみ名乗りを許されるが、まさか自分が適用されるとは思っていなかった。
畏まるアスタリテに、公爵は「これからもよろしく」と機嫌よく締めくくった。
その後も、どこそこの夫人や高名な騎士にパンフレットを配ったが、カルマはゆく先々でアスタリテを見せびらかした。
アスタリテの頭の中は、疑問符でいっぱいだ。
「????」
「お疲れ。本部に戻ろうか」
「は、はい」
(何だったのかしら。また、カルマ様にからかわれた?)
よくわからない疲労感でぐったりしたところを片腕で支えられ、ビアンカの待つ運営本部へ。
アスタリテの代わりに受付席に座っていたビアンカはふたりをみとめ、片眉を上げてカルマを眺めた。
「カルマ、あなた……」
カルマが何も喋らないと察すると、諦めたように頭を振る。ふわりとアスタリテに笑いかけた。
「まぁいいわ。おかえりなさい、アスタリテ嬢」
アスタリテ「よくはありません」※心の声




