16.のぼる前の暁の星
まるでおとぎ話ですね、と、エアリエルは微笑んだ。アステリテも「そうね」と、おもねる。――けれど、引っかかる。
『創国譚』は、たしかにレーゼに散らばる口伝や昔語りを集め、王朝黎明期に編まれた書物だ。なかにはあからさまに架空の人物や、誇張された描写がある。いわば真偽を問わない読み物のようなもの。
そんな前提であっても魔女の頁は異質だった。『ベーゼリッテ』以外の名前は塗りつぶされ、文章も途中。大きくバツ印を付けられている。
かろうじてわかったのは、彼女にかかわった人物が複数名いたこと。タイトルは彼らを彷彿とさせる寓意的な言葉であること。
(五つの鍵……それに、鏡)
考えるまでもない。後者はディアブロ伯爵家の地下にあった、あれを指す。
エアリエルは、地下に鏡があることをまだ知らない。だからこそ「おとぎ話」という所感を抱いたのだろう。
当家では地下の魔女を代々の秘密としてきた。現代に残る『創国譚』に魔女の頁がないのは頷ける。
問題は“鍵”。
まるで彼女の真の封印を解くには、五つの条件が必要のような――
「まさか、ね」
「姉上? 何か」
「いいえ。ごめんなさいね、エアリエル。時間は大丈夫?」
「もちろんです。僕の力の及ぶところまででしたら」
「ありがとう」
「どういたしまして。では――」
エアリエルの教え方は上手で、古語が不得意なアスタリテもするすると続きを理解できた。
こうして課題そのものは順調に進み、アスタリテは古書の山を自室に持ち込んで夜更かしをする羽目にならずに済んだ。
***
「早かったな。もう読めたのか」
「おかげさまで。お返ししますね。古書室の『創国譚』草稿本と、『レーゼ正史』の初版十巻……んっ!」
休日明け、早朝の教諭室。どん、と卓上に積んだ本の束は、はっきり言って重い。邸ではそれぞれに補助テキストを見繕って積んでいたため、エアリエルを驚かせてしまった。借りた総量は乙女が持てる限界質量だ。
ぱらら、と頁をくりながらコレル・アローが問う。
「王家と筆頭貴族家の象徴を述べよ」
「王家は実る麦穂。セザール公爵家は水流紋。ポーレット侯爵家は火蜥蜴。アロー侯爵家は蔦の葉。パーン伯爵家は白鳥」
「正解。その意味は?」
「光、水、火、地、風です」
「その通り。ベーゼリッテは、それらに値する“鍵”があると私に告げた。毎晩奔走させられているのはそれだ。ちなみに、どれもさっぱりわからん」
「わあ……」
いよいよ持って畏まるアスタリテを、コレルは珍しく哀愁を帯びたまなざしで見つめた。
「君はどう見る。“鏡”がディアブロ伯爵家で、銀なのは先日の説明で判明した。――であれば、たとえば、君の家だけに伝わる口伝はないのか」
「口伝……ですか。申し訳ないのですが、私にわかるのは鏡の封印を解くために真名が必要なこと。真名を捧げる必要があることだけです」
「……よくやろうと思ったな。婚約者の助命のためだったか」
「無我夢中だったので……本当にすみません」
縮こまるアスタリテに、コレルは「もういい。済んだことだ。悔いても始まらん」と、ひらひらと手を振った。そのあたりの割り切り方はおとなである。
下がっていい、という意図を察し、アスタリテはお辞儀をして退出した。
くるりと方向転換。
教室へと向かう。
今日は、二度目の学園生活における、最初の前期試験だった。
***
教室に着くと、さっそく双子に絡まれた。
魔法学教諭の助手として早朝登校や居残りをするようになってから、ふたりの過保護はさらにエスカレートしている。
席についても左右から構われっぱなしなので、アスタリテはもう何度目かになるため息をついた。
「アロー先生は親身に勉強を教えてくださいますし、不慣れだった魔力制御も、できるようになるまで面倒を見てくださいました。おふたりが言うようなそぶりは、決して」
「!! 親身」
「面倒……っ。うそだろ、俺だって教えてあげられるのに。そんな役得を、あいつが??」
「落ち着いてください、シュラト様。カルマ様。先生は、尊敬できる紳士です」
「「紳 士」」
とうとう左右で異口同音。まるで吐血寸前のような顔色でふたりが呻く。とくにカルマが著しい。
双子は美々しい翠眼を見合わせ、同時に、あいだに挟んだアスタリテの肩に手を置いた。
「かわいそうに。守らなきゃ、この輝きを」
「奪還する」
「……お二方。もう、試験なので……」
始業を告げる本鈴が鳴り、コレルではない試験官が入室する。
学園で年に二度おこなわれる定期試験は、筆記科目だけで一日を要し、順位も張り出される。卒業後の進路に関わる大がかりなものだ。
手を抜きたくないアスタリテは、ぴりりと気持ちを切り替えた。(※経験上、よほどのことがない限り昼間にベーゼリッテが出てくることはないと把握していた。――彼女は、極度の面倒くさがりなのだ)
後日、教室棟の壁に結果が張り出された。
一年生の首席はシュラト。次席はカルマ。順当なものだった。
わいわいと騒ぐ級友たちが「やっぱりなぁ」と、ケープをまとう三名に視線を注ぐ。皆、口々に上位者を褒めそやしていた。
やがて、いくらか会話をするようになった女生徒たちが一斉にアスタリテを取り囲む。
「すごいわ! 公爵家の方々と並ぶなんて」
「魔法の大会も出場なさるの? シュラト様とカルマ様は剣技のようですし。すばらしいわ」
「あ、いいえ。私は運営のお手伝いを」
「なあんだ、そうなの」
「来年は出られて? 楽しみにしているわ」
無邪気な落胆を見せつつ、少女たちは、きゃっきゃ、と可愛らしくはしゃいでいる。
大会は、観戦者にとってはお祭りのようなもの。慣例として王族も招かれる。付随して若い近衛騎士たちも。
じつのところ、学園に在籍する令嬢らにとっては目の保養と将来の相手を見定める好機でもあった。
(私は……婚約者のかたと、どこで知り合ったのかしら。すごく目を引くかただった気がするのだけど。まだ会えていない気がする……)
眉尻を下げてほほえむアスタリテに、周囲は「本当に控えめなかたね」「貴女なら玉の輿も、王宮女官も夢じゃないのに」と、賑やかに囃し立てる。
そんな、と恐縮しても誰も耳を貸さない。
アスタリテは、シュラトと同率一位。
なんと、女子としては学園初の総合首位だった。




