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鏡の檻のアスタリテ  作者: 汐の音


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15/22

15.少しだけ、近づく


「ただいま帰り……姉上!?」

「あぁ、お帰りなさい。エアリエル。ごめんなさいね、こんなところで広げてしまって」

「い、いいえ」


 その日、ディアブロ伯爵夫人トリアに連れられて他家の茶会に出席したエアリエルは、帰邸早々、疲れが吹き飛ぶほど驚いた。


 義理の姉となった、ひとつ年上のアスタリテはみずからを凡庸と公言して(はばか)らないが、そんなことはないと思っている。


 光きらめく雨露を紡いだような銀糸の巻き毛や、澄んだ蒼玉の瞳。透明感のある容貌は可憐だし、行儀作法はさすがの伯爵家令嬢。それは、生家で面倒をみてくれた大伯母を思わせる優美さで。そのうえ、朗らかでやさしい。出会ってすぐに惹かれた。


 おまけに、学園ではケープを授与された模範生のひとり。才媛でありながら、ちっともそれらを鼻にかけない淑女。その姉が。


 エアリエルは、おずおずと申し出た。


「ええと……お手伝いは必要でしょうか。お困りのようですが」

「うう……そうね。とっても困っているわね。お父様はまだお帰りではないし。お願いするわ」


 儚げに微笑み、掛けたソファーを少し横にずれて座り直す義姉(アスタリテ)

 その前には、古びた本がうず高く積まれていた。



***



 数日来、アスタリテは疲労困憊で邸に帰ることが多い。

 ふつうなら周囲から心配されるところだが、学園卒業生でもある伯爵夫妻はうっすらと事情を察しており、「前期の試験勉強と大会準備が忙しいのだろう」と、誇らしさをないまぜに眺めている()()がある。


 が、エアリエルにとっては心配しかない。最近ではなかなか生活時間も合わず、休日の午後にしてようやく顔を合わせられた。

 姉は今朝も早くに学園へ行っていた。大量の本は、その際持ち帰ったらしい。


 一階のちいさなサロンを占拠したアスタリテは「特別課題なの」と、ぱらぱらと頁をめくる。

 膝に乗せた分厚い書物は古語事典だった。エアリエルも伯爵からもらった、同じものだ。ただし、机に広げているのは本物の古書。テキストに使われる抜粋型の写本ではない。装丁は最低限であるものの原典(オリジナル)と思われた。


「姉上、これは?」

「『レーゼ創国譚』草稿ですって。処分されず、ひそかに製本して保管されたものらしいの」

「!! 王宮の持ち出し禁書並みじゃありません?」

「ええ。学園の蔵書なのだけど。ふだんは閉架図書ね」

「どうしてまた……」

「そうよね、そうなるわよねぇ」


 呆然と本を二度見するエアリエル。

 アスタリテも途方に暮れたようにため息をついた。


「話すと長くなるのだけど、私、魔法学教諭の助手になったの。でも、先生が研究に使う古語文献はタイトルも読めなくて。個別の講義に加えて、補習を兼ねて課題をくださるのよ。『まずは自分で解読できるようになりなさい』って」

「なかなか手厳しいですね」


 エアリエルが正直な感想をこぼすと、アスタリテはふたたび困ったように笑った。「……元はね、私のせいだし」


「え?」

「何でもないわ」


 ほろりと笑むアスタリテに、エアリエルはつられて眉を下げる。

 請われるままソファーの右側に座り、冒頭部分を現代語に訳して読み上げた。


「“王国の始まりに偉大なる英雄あり。初代国王にして大ルフサイアの支配者、その名をダイラル”……このあたりはわかりますか?」

「ええ。辞書と合わせてなんとなく」


 こく、とアスタリテは頷く。

 それはよかった、とエアリエルは目元を和らげた。


 ――“ルフサイア”とは、大陸を縦走する山脈東部をほぼ占める地方の名。

 “ルフ”は山。“サイア”は東。このように昔の地名は古語に由来することが多い。現代でも通用するものが大半だろう。

 しかし、文法となるとひたすらややこしい。

 昔のひとは、よくこんな言葉で会話が成立したものだ……と、アスタリテが嘆く。

 

 エアリエルは、くすくすと笑った。


「会話は今とあまり変わらないそうです。当時は、知識や文書のやりとりを、ごく限られた層で占有する風潮があったらしく」

「そうなの? 王侯貴族が?」

「はい。あとは魔法の――ほら、出てきました。“ダイラル、悪しき魔女を(たお)してルフサイアを解放せん。これを(よみ)して国号を『祝福(レーゼ)』とす”」

「すごいわ、エアリエル」

「いやあ……その、そんなことは。ファーロ子爵家にいたころ、大叔母様が教えてくださったので」

「大叔母様」


 はた、と顔を上げるアスタリテ。


「そういえば、古い歌を教授してくれたかたね。ずいぶんと博識でいらっしゃったのね」

「はい」


 育ての親を褒められ、エアリエルは、くすぐったい気持ちになった。

 照れ隠しにめくった古書の、次の頁は絵地図。レーゼ王国図である。


 そこで、エアリエルはハッと手を止めた。


「? どうかして?」

「草稿……だからでしょうか。僕が知っている『レーゼ創国譚』に、こんな記述はありません」

「えっ」


 遠い親類関係ではある、義理の姉弟はそろって褪せた頁を見つめる。


 端々を茶色く変色させた紙面、その見出しは直訳すると、『黒き魔女ベーゼリッテと五つの鍵、ひとつの鏡』とあった。



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― 新着の感想 ―
タイトル通り、少し近づいたのかなーと思わせる終わりですね! アローが良い人そうで良かったのと、魔女どの呼びに好感が持てました。 アスタリテの本来の目的も気になるところですが、このベーゼリッテの謎を解く…
こ、これは!?
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