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鏡の檻のアスタリテ  作者: 汐の音


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14/22

14.アスタリテの告解


「せんせ、い?」


 アスタリテは呆然と呟いた。漏れた声は自分のもので、自分の意思。まだ、乗っ取られていないことが確認できる。

 彼が『内なる魔女』の一言を汲んでくれた。『助けたい』とまで言ってくれた。

 そのことに心が震える。肩の荷が軽くなったようで、泣きそうになる。

 もっと話していたい――そう思ったのも束の間、|シュラトとカルマが息を切らせて救護室に駆け込んだ。


(!)

 アスタリテは、ぱっと両手で口を押さえて姿勢を直した。

 客観的には問題行動のある教師が強引に講義を切り上げ、女生徒アスタリテを連れ出したように見えたのだろう。入り口に佇む双子の明るい翡翠色の瞳は剣呑に細められている。


「アロー先生! あんまりではありませんか。説明不十分です」

「ズルすぎるでしょ……教師権限・移動魔法とか」

「いや。お前たちの魔力制御に問題はない。さしあたって、彼女の怪我の有無を確認するほうが先だと判断したまでだが?」

「っ、シュラト様、カルマ様。すみません。私がいたらないばかりに」

「そんなこと……アスタリテ嬢。火傷は?」

「大丈夫です。ありま――、せん」


 告げたあとでハッと気づき、額や腕、手のひらや指を調べる。髪や制服のケープは焦げ臭さもなく、痛みもない。無傷だと主張した。

 はっきりとした声音に、今度こそ双子が安堵する。「よかった」


「あの、でも」

「無事ならもう行こう。講義はおしまいですよね? アロー先生」

「まぁ、そうだな」


(!!)

 せっかくコレル・アローと込み入った話ができるチャンスだったのに、断ち切られてしまった。

 カルマにエスコートされ、シュラトの先導で粛々と退室させられる。


 何か――何か、良い方法はないのか。

 

 振り向いた先で魔法教師は口を引き結び、唇に人差し指を当てたあと、自身の手の甲をトントンと指で叩いた。

 正確には中指の付け根を。


「あ」

「? どうかした?」

「いいえ、何でも」


 カルマに問われ、慌てて前を向く。

 アスタリテは、無意識に胸元に手を当てた。


 ――ケープの下。

 制服の上では、鎖に通した指輪がペンダントのように揺れている。



***



 その日も生徒会で雑務をこなし、アスタリテは図書館へ。どきどきしながら生徒会資料のブースへ向かうと。


「早かったな」

「……それは、こちらに来るのが、という意味でしょうか?」


 場所柄、ひそひそと声を抑える。

 長い暗緑髪を束ねて魔法衣の背に垂らしたコレル・アローは、閲覧机で本を広げていた。それをパタリと閉じての第一声だ。


「指輪を使うのが、という意味だ。てっきり帰ってからだと」

「それでは遅い気がしましたので」


 アスタリテは苦笑した。ケープからするすると鎖を引き出す。

 救護室でのコレルの所作が、“指輪を使え”なのだとは、すぐに気がついた。しかも、魔力の流し方なら習ったばかり。

 講義では失敗したぶん、力加減を気をつけた。

 自分では気づいていないだけで、相当量の魔力を保有しているのなら、指に嵌めなくとも伝わるのでは。

 そんな、半ば実験のようなやり方である。

 出てきた指輪を握りしめ、アスタリテはコレル・アローを見つめた。


「こんな風に。爆発しなくてよかったです」

「無茶苦茶なレディだな……君は。たまたま、私が身に着けたから気づいたものの。――まぁいい。来なさい」


 時は有限だ、と、立ち上がったコレルが手にした本を丁重に抱え、ふいと顎先で奥の扉を示す。

 アスタリテは目をみはった。

 二年の先輩であるライドールに教えてもらった、例の古書室だ。鍵は開いている。


「失礼します……」


 おそるおそる足を踏み入れた小部屋は古い本の匂いが充満し、薄暗く、みっちりと書架だらけ。低い天井が隠し部屋じみている。


「“(ライト)”」


 指先に魔法の光を宿したコレル・アローは、ひとつしかない机の備え付けランプに指をつけて灯りを(とも)した。

 アスタリテは、貴族学園らしからぬ簡素な丸椅子を勧められた。それすら二脚しかない。

 素直に腰を下ろしつつ、同じく向かいの席に座る長身の教師を見上げる。

 コレル・アローは、そこでようやく片頬を緩めた。


「取って食いやしない。楽にしなさい」

「! では……先生。お聞きしたいことが」

「なんだ」

「もちろん、()()のことです。夜のことを、私は知りません。眠っているからです。いったい、何をさせられているのですか」

「むろん、彼女の利になるすべてを、だ。ディアブロ。小間使いと大差ない」

「小間使い」

「そう」


 こくりと首肯するさまは疲れや諦めが滲んでおり、どうやら、かなりこき使われているらしい様子が窺えた。

 でなくとも、かなり寝不足のはずだ。

 眼鏡で誤魔化されたが、注視すればうっすらと(くま)がある。

 俄然気の毒さが勝った魔法教師に、アスタリテは自身を棚に上げてすっかり同情した。


(そう言えばベーゼリッテ(あのひと)、先生を気に入って、使い魔にしたいなんて話していたわ。お可哀想に)

 

「先生にはご迷惑をおかけしています」

「まったくだ。だが、それは君も同じだろう。なぜ伝説の魔女が君のなかに? こうして空き時間に調べているものの、さっぱりわからん。どうやって蘇ったのやら」

「う」

「ディアブロ? どうした。……まさか意識が!?」

「ええと、すみません。そうではなく、私から謝らないといけないことが」

「なんだ」


 切れ長の瞳に、ぱち、と瞬いた睫毛が存外に長い。

 素で訊き返したコレル・アローに、アスタリテは罪悪感でいっぱいになりながら過去の記憶を打ち明けた。




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