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解決編


 六限の授業が終わり、(トオル)は一つ息を吐く。

 正直なところ、午後の授業の内容など一切頭に残っていなかった。


 机の中に視線をやれば、白い便箋の角がちらりと見えた。


 やれやれと頭を掻いて教室を見渡して幼馴染の姿を探してみたが、彼女(・・)の姿はすでにない。


「まったく、一姫(カズキ)のヤツめ……」


 これまで、幾度となく面倒事に巻き込まれてきた記憶が脳裏をかすめる。常に不遜な態度を崩さず、居丈高で横柄。そのくせ容姿は良いものだから、何かにつけて難を逃れる。

 ふと、幼少の頃に冷蔵庫に入れておいたプリンを勝手に食べられたことを思い出した。その時も透が寝ぼけて食べたことにされたのだ。この件に関して、彼は未だ恨みを忘れていない。


 気が付けば隣にいる間柄であり、家族と呼んでも差し支えない関係だった。

 事実、透の妹は一姫のことを姉と呼んで慕っているし、透自身もまた、彼女に対して家族に向ける情と同質のものを持っていた。


 それほどまでに距離の近い間柄だったのだ。

 お互いに、そうだとばかり思っていた。だが、便箋を机に忍ばせていた時の一姫は、今までに透が見たことのない表情をしていた。


 その一瞬、幼馴染ではない彼女の姿を垣間見たその一瞬。彼女を女性として意識しなかったかといえば、嘘になる。


 透が昼に宣言した通りに体育館裏へ行こうとすると、クラスメイトの一人、彩佳(アヤカ)が声をかけてきた。


「ねー。透君、今日ヒマしてる?」

「悪いな、本城。ちょっと行くところがあるんだ」

「そかー。 宇美(ウミ)とエアリーと三人で寄り道してくんだけど、なんか透君を誘って欲しいって。めっちゃエアリーに気に入られてんじゃん。なんかしたの?」

「ああ、昨日の帰り道でちょっとな」


 彩佳の目が光る。色恋沙汰には興味津々なお年頃である。浮いた噂の端が見えればつっつきたくなるのが人情というものなのだろう。

 くるくると巻いた髪の毛をいじりながら好奇の視線を透に向けた。


「ほぉん。詳しく」

「別に変な事をしたわけじゃないから、二人に聞いてくれ。誘ってくれてありがとう」

「うーい。また今度遊びにいこーよ」

「ああ、それじゃ」


 荷物と便箋を持って、透は教室を後にする。

 体育館裏へ歩みを進める。心なしか、いつもよりも廊下が長く、放課後の体育館裏というシチュエーションだけで、どこか面映ゆい。

 透は頭を掻いて静かに息を吸って、ふっ、と短く吐いた。


 意を決してたどり着いた体育館裏には一人の女子生徒。

 そこには、カメラを持って仁王立ちをする小柄な少女。


「……来鹿野(らいかの)?」

「はいっす。新聞部の切り込み隊長こと、来鹿野一花(イチカ)ちゃんっす」


 困惑する透に、一花はカメラを向けてシャッターを押した。

 透は、十中八九、一姫があのにやけ顔をしながら待っているものだとばかり思っていた。


「さて、あの便箋、実はわた――」

「一姫はどこかに隠れて見てるのか?」

「……あれ? もしかして、差出人がズカっちゃんだって気づいてるっすか?」


 もったいつけて演技たっぷりに口上を述べようとした一花は肩透かしをくらった。

 ここでひとしきり告白ムーヴでからかってからネタばらしだと、そう一姫と申し送りをしていたというのに。


「ああ」

「いつから?」

「まあ、その、なんだ……最初から」

「うぇ?」

「あの、な。能力使って、見たんだ。昨日の放課後。あいつが便箋入れてるの。や、本当に偶然で」


 一花の動きが止まる。

 完全に想定外、といった様子で。


 数秒の後、静かに天を仰いで放課後の空を一枚撮る。


「よっし、メンタルリセット。計画が崩れても新たなネタを探せばいいだけ。とりあえず何はともあれ事情聴取。詳しく話してくださいっす」

「あ、ああ」


 透としても、いると思った相手がおらず、そのせいもあってか先ほどまでの緊張がどこかへ消え去っていた。

 昨日の行動を順を追って思い出し、それを一花に伝えていく。




   ○   ○   ○




 さかのぼること一日前。

 透は下校中にエアリ―に会った。彼女が慌てた様子で学校に向かっていたので、ちょうど真正面から鉢合わせた。


 何かを伝えようとカタコト交じりの単語を並べるエアリ―。

 意思の疎通が困難だと透が頭を掻いていると、彼女の後ろから青野が走って追いかけてきた。


 彼女、青野宇美が持つテレパス能力の助けを借りることで、エアリーは語学能力の低さを補って留学生活を送っている。

 追いついてきた青野の額にすぐさまベアクローをするエアリ―。これが彼女のテレパス能力発動に必要な動作であり、相手の五指が頭に触れている時のみ、その相手とのテレパスが可能になる。


 宇美が言うには、エアリ―は課題のプリントを無くし、学校に探しに戻ろうとしていたらしい。

 事情を理解した透は、学校まで戻る必要はないと、ポーズを取り遠見の能力を使って教室を見た。


 傍目から見れば、ベアクローされている女子高生の隣で長崎の平和記念増の物真似をしている男子高校生の絵図になるが、これが妙能力者達の日常なので、別段誰も気にしてはいなかった。


 そして一姫による犯行の現場を目撃したのだ。

 ちなみにエアリ―の課題プリントは教室には無く、透はまだ手をつけていなかった自分の課題プリントを手渡した。一姫にコピーさせてもらえばそれで事は足りると考えての行動だった。




   ○   ○   ○




 透の話を聞き、推理も何もあったものではないと一花はぽかんと口を開けた。

 透は最初から便箋の主を知っていたのだ。


「最初から答えを知ってる探偵とかズルいにも程があるっすよ」

「わざとじゃない。それで、あいつはどこにいる?」

「たぶん、そろそろ来るっす。シナリオでは、私に告白されて透っちがどぎまぎしてる所にズカっちゃんが駆け付けて自分も告白するって事になってるので」

「……あいつは、もしかしてアホなのか?」

「白馬の王子サマ役がやってみたい、と」

「なるほど、アホだな」


 つまり、どこまでも劇的にしたかったのだ。

 冗談でも悪戯でもなく、真剣に行動を起こしていることは、今朝、丸山の能力で悪戯ではないと彼女が宣言した時に分かっていた。


 幼馴染として、隣人として家族同然に育ってきた二人が新しい関係へと変わるには、一言二言の言葉や、ありきたりのシチュエーションでは足りない。

 おそらく、一姫はそう考えて他者を巻き込み、事件めいた方法で意識を向けさせようとしたのだろう。


「俺が断るかもしれないとは考えなかったのか、あいつ」

「やー、それはナイっすね。だって透っちも好きでしょ? こないだの校内新聞の記事に文句言いに来た時に確信したっす」

「あれはお前、その、あいつも一応、あれで女子だから、イケメン特集に女子を入れるってのはどうも、こう……な?」

「あー、ズカっちゃんにも聞かせてあげたいっすね。実はあの時の透っちの恥ずかしいセリフ、録音してあるんすよ」


 透の肩がぴくりと動く。

 そして一つの仮説が浮かんできた。今回の騒動、確かに実行したのは一姫だが、体育館裏の写真を撮ったのは間違いなく一花だった。

 共犯に近い関係性だとばかり思っていたが、もしや彼女の方こそ首謀者に近いのではないだろうか。


「もしかして、あいつを焚き付けたのって……」

「あいあい、ご明察。火のない所に煙を立てるのは得意っすよー。女子生徒の人気を一身に集めるタカラヅカ系女子の恋愛事情なんて、話題になる予感しかしないっす」


 一花の口の端が意地悪く持ちあがり、カメラを構えてみせた。


「ま、いいじゃないっすか。両想いのお二人は結ばれる。こっちはスクープが取れる。読者は喜ぶ。一石三鳥、三方損なし、うん、素晴らしいっす」

「来鹿野……。お前が一姫と気が合う理由、少しわかった気がする」

「そりゃどーもっす。あ、来た」


 大きく溜息をついた透の耳に、力強い足音が聞こえた。


「やあやあ、お取込み中失礼するよ」


 髪をざっとかきあげ、いかにも遅れてきた主役、といった様相で一姫が体育館裏に姿を現した。風が一筋吹き抜けて、彼女のスカートを揺らす。

 その傍らには、従者よろしく連れてこられた丸山の姿があった。状況がまったく飲み込めないがもう分からなくてもいいかな、別に、といった諦観の相がありありと見て取れる。


「恋愛朴念仁たる君のことだ。イチカ嬢の告白にさぞ驚いたことだろう。けれど、君の真の相手は別にいるのさ。そう、何を隠そうボクが――」

「一姫」


 透はまっすぐ彼女を見た。

 その後ろでは一花がカメラを構えている。


「なんだよう。登場シーンは邪魔しないってのがお約束だろう?」

「一姫、あのな……」


 透は目を逸らして頭を掻いた。

 少し、喉が渇く。


 ごくり、と唾を飲み込んで静かに息を溜めた。


「好きだ。一姫」

「えぁ?」

「ズカっちゃーん。全部バレてるっすー」

「へぁっ?」


 登場の凛々しさから一転、間の抜けた返答だけをする一姫。カメラのシャッター音は止まず、丸山は首がちぎれんばかりの勢いで透と一姫を繰り返し見る。


 誰からも二の句が継がれず、夕暮れに染まりかける体育館裏では変わらずシャッター音が響く。


 透が不意に歩みを進め、一姫と真正面に向き合う。

 そして丸山の薬指をしっかりと掴む。丸山は「ぎゃん!」と鳴いた。


「やっと気づいた。俺は、お前が、好きだ。幼馴染でも、隣人でも、家族のようなものでもなく、一姫。お前が好きだ」


 気圧されてのけぞりながらも、一姫は透から視線を逃がすことはない。

 負けじと手を伸ばし、彼女も丸山の指を挟んだ。またも苦悶の鳴き声が響く。


「気づくのが遅いったらない! ボクは、小学校の時からずっと待ってたんだぞ!」

「お前も悪い。ずっと、女子が好きだとばかり言ってたじゃないか」


 反論に対して、涙目の丸山がこくこくと頷く。


「それもトオルのせいだぞ。君に近づく女子と先回りして仲良くなってたら、なんか、こう、楽しくなってきちゃったんだからな」

「自分のせいだろう、それは」

「君にいつ部屋を覗かれてもいいように、身だしなみもオールタイムで整えてるのに全然そんな素振りもないし」

「の、覗きなんかするかよ!」


 丸山の髪がぴこん、と立つ。

 それを見た透は慌てて掴んでいた指を離したが時すでに遅し。


「……おやぁ?」

「スクープっすか?」

「透君……」


 顔を背けた透と目を合わせようと、ひょいひょいと一姫が彼の顔を覗き込むがその度に違う方向へ顔を逃がす透。


「ふふん。推理ゲームには負けたけど、どうやら試合には勝ったみたいだねボクは。では帰ろうか彼氏君。道すがら、推理の顛末を聞かせておくれよ」

「し、知ってたからな、一姫。お前が便箋の差出人だって」

「その言葉が嘘か真実かボクには分からないし確かめるつもりもないが、何、ささいな事さ。嘘も真実も、今この場にある事実には勝てっこないのだから。君はボクが好きで、ボクも君が好きなのさ。それだけでいい」


 耳まで赤い透の手を引き、一姫は場を去ろうとする。


 少し進んだところでくるりと振り返り、一花に声をかけた。


「イチカ嬢。明日の一面はよろしく頼むよ」

「あいあい。タイトルは、そうっすね。『薬指に誓った告白』みたいな感じでどうっすか」

「いいね、ハッタリが効いてて実にボク好みだ」


 機嫌よく手を振りながら、一姫は透を引き連れて体育館裏から姿を消した。


 後に残された一花と丸山はしばらく二人が曲がった体育館の角を眺める。

 丸山がぽつりと言った。


「……僕は一体何を見せられたんだろう」

「んー、茶番、のようなもの、っすかね。なんで連れてこられたっすか?」


 当初の計画に、丸山の存在は無かった。どうして一姫が彼を連れてきたのか疑問だったのだ。


「さあ、何か、抗議内容を吐かせるから着いてきたまえよ、って言われて……」

「ふうん。よく分かんないっすね」

「ぼ、僕もさっぱり分からない。とりあえず指は痛い」


 それぞれの思惑とは違った経過を辿ったが、残った事実が真実としてあたかも事前に計画されていたかのように後に伝えられるものだ。

 空は、夕暮れ、黄昏時。


 一組のカップルが体育館裏で誕生した。

 つまり、そういう話なのである。

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