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問題編


 教室に入ってくる生徒を、それとなくトオルが確認しているのはとてもオモシロい。

 何人かとはうっかり目が合ってしまい不意に挨拶をする様子など痛快でたまらない。


 そもそも、トオルのヤツは自分を表に出すことをしなさすぎなのだと思うね。

 今年からボクらも高校二年生だ。高校二年生、というのはとても特殊な時間なのではないかとボクは思うね。


 先輩方のように受験の恐怖におびえることもない。

 そして入学してきたばかりの下級生からは偉大なる先駆者として憧れの眼差しを向けられる。

 なんと素晴らしい時期であることか。青春を謳歌しない手があろうはずがない。


 彼が真面目で良い男なのは幼少の頃より知っているし、親の顔より見たトオル、と標語を当ててもなんら違和感がないほどには共に過ごしてきた仲だ。


 ただなあ。アレなんだよ。

 少しばかり真面目が過ぎるというか、面白みが無いというか。


 これを機に清い男女交際に興味を示してくれると、子の成長を喜ぶ親のような心境になれるのではないかと思うね。親になったことなどないのだけれど。


 おや、候補の一人、アヤカ嬢の登校だ。

 トオルが彼女を見る。お、視線が合った。ああ、すぐ逸らした。アヤカ嬢に悪いと思わないのかい、我が幼馴染君。

 彼女は見た目こそ少し派手だが、とても気立ての良い子だというのに。仲良くしておいて一切損はないキャラだ。割と面倒見もいい。


 ふむ。

 アヤカ嬢の反応の薄さに、トオルの中で彼女は手紙候補から外れたかも知れないね。


 一年の時にはあの二人は同じクラスだったから、挨拶くらいはしても良さそうなものだけれど。それにここだけの話、お似合いだと個人的には思うね。

 恋愛の基本は、役割分担だから。引っ張っていく方と支える方が分かりやすい方が長続きするものだよ、うん。そう考えると、行動派のアヤカ嬢と、真面目なトオルは似合いだと結論が出るのさ。

 まあ、アヤカ嬢は手紙の主ではないんだけれどね。


 さて、しばらくはボクも真面目に勉学に勤しむとしようか。担任殿も来たことだからね。




   ○   ○   ○




 一限目が終わり、次は体育だ。着替えを終えて更衣室から出てきたトオルと共に体育館へと向かう。


「それで、何か絞り込みはできたかい?」

「何も分からん。あのあとに教室に来た女子は4人。これだけだ」


 アヤカ嬢の後に、もう三人。

 新聞部のイチカ嬢。

 帰宅部のウミ嬢。

 そして留学生のエアリ―嬢。


 うん。なんというか、50音順で覚えやすくていいね。


「それよりも、授業の前に写真の場所に行ってくる」

「ああ、確かにそれは大事だね。ボクも行こう」


 推理の基本は証拠集めだからね。何か見つかれば、そこからパズルを繋げるように思考がかちりと嵌まることもある。

 なんだいなんだい。何だかんだ言って手紙の主に興味津々じゃあないか。


「……カズキ。そのニヤケ顔、殴っていいか」

「やめたまえよ。この顔に傷がついてみろ。全校の女子が泣くだろう」

「それを本気で言ってるのがお前らしいよ」


 体育館裏には、当然のように誰もいない。まあ、そりゃあそうだろうね。

 トオルが頭を掻く。


「……写真、少し離れた場所から撮ったみたいだな」

「へえ、そうなの?」

「写真の角度が少し上からだった。たぶん、あそこからズームで撮ったんだろう」


 トオルが指さしたのは校舎の二階、端の教室。ちょうどうまい具合に体育館裏が見える所がある。


「新聞部が使ってる部屋だな。確か」

「へえ。君、よく覚えてるねえ。部活動の部屋まで覚えてないよボクは」

「前に、変な記事を書かれた時に文句を言いに、な」


 ああ、あれか。そういえば乗り込んでいったね。ちょっと前に。

 思い出したとも、うん。記事が確か……『春の校内イケメン祭り』だったっけな。ボクも当然のように特集されたけど、トオルは載ってなかったはずなのに。


「君、もしかして自分がランキングに入ってなかった事に文句言いに行ったのかい?」

「そんなワケあるか」

「じゃあどうして?」

「……別に、今は関係ないだろ。ともかく、新聞部の部室から撮ったらしい」

「じゃあ、君のアンサーは新聞部のイチカ嬢ってことかな」


 トオルがこちらを見て沈黙する。何かまだ考えてるなあ。あの顔は。いや、それよりもどうして新聞部の記事に文句を言いに行ったか気になってきた。

 後でちょっと丸山君をつねらせながら尋問するとしよう。


「写真だけなら、頼めば誰でも撮れるからな。まだ分からん」

「慎重派だねえ。ボクにさっさと聞けばいいのに」

「それはそれで負けた気がするんだよ」

「ボクが勝てるから、何も問題ないと思うなあ」

「うるせ。言ってろ」




   ○   ○   ○




 体育館に戻ると、候補の一人であるウミ嬢が声をかけてきた。

 つり目でキッと睨んでくるあたり、どうやら怒っているらしい。おお、怖い怖い。ただでさえ端正な顔をしていて美人ながらも冷たい印象だと言うのに、より一層冷たく見えるじゃないか。


「あなたたち、揃ってどこへ行っていたの?」

「あ、いや、別に……」


 たじろぐなたじろぐな、我が幼馴染君。こういう時は飄々としているが吉だとも。


「なに、ちょっとした秘密の会合さ。どうしたの? 妬いた?」

「な、何を言ってるの! サボりはよくないから! た、ただそれだけ!」


 ほほう。ずいぶんと分かりやすい反応じゃあないか。

 もうちょっとからかってみるかな。楽しそうだ。


「おうい、丸山氏。丸山氏」

「え、ど、どうしたの?」

「ちょっと頼みごとさ」


 ちょこちょこ歩いてくる丸山君の右手を掴んで、ウミ嬢に差し出す。


「おい、何やってんだカズキ」

「ん、君の推理の手助け。さ、ウミ嬢。丸山氏の薬指をつねって。こう、ぎゅいっと。思いっきり」

「強くなくてもいいんだけど!?」

「いやよ! 彼の能力って、確か……」

「そう。嘘発見器のような何か。ささ、宣言してみてよ。“私は妬いてません”って」


 ウミ嬢の顔が見る間に赤くなっていく。

 はっはー。進むもヤキモチ、退くもヤキモチ。丸山君の能力がなくたって、その反応を見れば誰でも分かりそうなものだね。うん。


「もう! バカっ!」

「あいたぁっ!!」


 ウミ嬢が照れ隠しに丸山君の手を叩き落として去っていった。

 どうだい、この見事な心理の暴き方。


「カズキ、お前……、性格悪いな」

「うん、そ、そう思う」

「なんだいなんだい、二人とも。そんな当然のことをわざわざ口にして」


 自分のことは自分が一番良く分かっているものさ。

 ボクは聖人君子じゃないぜ。ただただ、楽しく日々を過ごすことを追求する、いわば青春の求道者さ。


 いや、伝道師でもいいな。トオルの青春を見事咲かせる愛の伝道師。いいね、良い響きだ。




   ○   ○   ○




 ふむう。

 昼食時まで何も進展がなかった。もう午後の授業を残すのみだというのに。


「トオル。推理、終わったかい?」

「まだだ。体育館裏を“見て”みたが、誰もいなかった」

「え、君、能力使ったの? まさかみんながいる場所で?」

「そんなわけあるか恥ずかしいだろうが」

「だよねえ。長崎の平和記念像の真似をして5秒静止しないと発動しないもんねえ」

「言うな。にしても、写真だった理由がやはり分からん」


 頭を掻きながら、購買のパンをかじるトオル。

 今日のパンはエビフライコッペか。いいなあ、それ。人気商品でなかなか買えないヤツじゃあないか。


「一口くれないかい、それ」

「自分で買ってくればいいだろう」

「もう無いに決まってるじゃないか」


 背後に、静かな気配を感じる。ふと振り向くと、手紙候補の一人、留学生のエアリー嬢が視線を彷徨わせながら立っていた。


「Uh……」


 確か、日本にきたばかりで、まだうまく話せないと自己紹介で言ってたな。何やらもじもじしている様子だけれど。


「Bitte!」


 ずい、と何かがトオルに向けて差し出される。

 おや、これは……お弁当、的なアレかい? どうした幼馴染。いつのまにこんな美女可愛い留学生とフラグを立てたんだい?


「え、あ、俺に?」


 自分を指さすトオルと、それを確認してコクコクと愛らしく頷くエアリー嬢。

 おずおずと彼が包みを受け取ると、脱兎のごとく教室から飛び出していってしまった。


 これは、本格的に、かつ大々的に、そして公共的に事情を聞かねばなるまい。ボクが知らないトオルのことがあってはならないと、そうボクの辞書には書いてあるからね。


 こういうのは雰囲気が大事だ。まずは優雅に指を鳴らして、と。


「イチカ嬢! 丸山氏! こちらへ」

「はいはーい、スクープの予感がするっすねー。校内新聞のネタはこちらっすかー。ズカっちゃん」

「あ、あの、どうして呼ばれたのかな、僕」

「イチカ嬢。その呼び方はよしてくれたまえ」

「うぇー? ぴったりだと思うんすけどー。業界用語っぽくてー」

「ノン。断固拒否する。それよりも、だ」


 ばしっと足を組み替えて。尋問の体勢を取らせていただこう。


「な、何だよカズキ」

「端的に問おう。トオル、どうやってフラグ立てた? ボクですら、まだロクに挨拶もできていないのに」

「聞きたいっすねー。とりあえず、その弁当っぽいの開けてもらっていいっすかー。参考資料として、是非」

「え、僕、これまた嘘発見器になる流れ?」


 頭を掻きながらトオルが息を吐く。


「別に……困ってたから助けただけだぞ。彼女が探し物をしてるって言ってたから」

「へい。待ちたまえよ。発言は全て丸山氏の薬指を通してもらおうか」

「疑い深いヤツだな」

「ねえ、僕に拒否権はないのかな!?」


 困っているクラスメイトを助ける。いやあ、実に素晴らしいことだ。

 青春をその身に背負う用意はしっかりある、とそう考えてもよいのかな?


 しかし、だ。

 知らぬところで事が進むというのはどうにも、こう、その……うん。アレだな。疎外感というものを感じてしまうよボクは。


「そもそも君、ドイツ語なんて分からないだろう」

「ああ、たまたま近くに青野がいたから、能力使ってもらった」

「ウミ嬢の? なるほど確かに彼女の能力はテレパスだ。言葉は通じずとも、思考は伝わるね。問題はその真偽だよ。どうだい、丸山氏」

「あ、うん、嘘じゃない。でも痛い」


 ふうん、なるほど、昨日の放課後にそんなことがあったのか。

 はて。そんならつまり、トオルの中では二人にはアリバイがあった、ってことにならないかい? いわば直接手紙を渡せる機会があったわけだし。

 ウミ嬢とエアリー嬢は候補から外しても良さそうなものだけど、どうしてトオルは候補を絞らないんだろう。


 イチカ嬢がこちらに目配せしてくる。ああ、分かっているとも。火のないところに煙を立てろ。煙がないならのろしを上げろ、が新聞部のモットーだものね。大変共感できるとも。

 華麗なフォローを約束しようじゃないか。


「それで、だ。トオル。ボクらはその弁当らしきものの中身を拝みたいんだが、早く開けてくれないかな」

「え、僕は別に……なんだかエアリーさんに悪いし」

「何言ってるっすか。写真が無いと記事が映えないっすよ」

「そうだそうだー。断固、情報の開示を要求するぞ我々は」


 ボクの様々な情報の出処の三割はイチカ嬢からだ。彼女から情報を提供してもらい、代わりにボクは彼女にネタを提供する。ビジネスパートナーってヤツだね。金銭なんか絡まないけれど。

 高校生活が面白くなるなら、それが一番なのさ。そしてそのためならボクは身を張るぜ。


 トオルがイチカ嬢をじっと見る。


「ど、どうしたっすか」

「見せるのは構わんが、二つ、条件がある。まず、留学生を茶化すような記事は書くな」

「ういっす。でっち上げはしても悪口雑言は書かないのがマイルールっす」

「それもどうかと思うが……もう一つ。ここをつねって、そして復唱してくれ」


 丸山君が諦めの表情を浮かべている。いいね。その表情もなかなかいいよ。グループに一人は欲しい、いじられ小動物系のポジションだ。


 トオルが体育館裏の写真を取り出してイチカ嬢に見せた。おや、何か分かったのかな?


「“私は、この写真を撮ってません”」

「わ、私はこの写真を、撮ってないっす」


 そう答えた瞬間、丸山君の頭頂部の髪の毛が一束、ぴんと天を衝いた。ああ、嘘だとああなるのか。まさに嘘発見器。


「丸山。嘘、ってことだな?」

「う、うん」


 頭を掻いて、トオルが一つ息を吐いた。


「なるほど。やっと動機(・・)が分かった」

「何の話っすか?」

「ど、どうかしたの?」


 ほほう。謎は解けた、とそう言うんだね。ん? あれ? 動機? 手紙の主ではなく?

 お、おかしいな。ボクの知らない情報をトオルが握っている気がする。


「カズキ。俺は放課後、体育館裏に行く」

「そ、そうかい」

「覚悟を決める時間が欲しいが、まあ5時間目と6時間目の間になんとかする」


 そう言いながら、彼はエアリー嬢にもらった包みを開ける。

 そこには、手作りであろうクッキーと共に、『Danke!』と書かれたメッセージカードが入っていた。

解決編は、主催者である玄武せんせーの総評の後に投稿。

謎解きの締め切りは解決編の投稿まで。


謎解きの推理はDM、コメントにどうぞ!

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