42.新たなタレント
第二王子オズワールの軍師ラスタンは、凶暴そうな目でハルトを睨みつけてニヤッと笑う。
「あらかじめ言っておくが、俺はお前と話をしにここまできたのだ。あのエルフどもを後から追って殺そうなんて姑息なことは考えてないから安心しろ」
「どうですかね」
士爵に任じられてから付けた家名であろうが、ラスタンの名字スネークとはよく付けたものだ。
蛇は、この男の執拗な雰囲気によく似合っている。
殺しはしないと言っておいて、すでに追手を差し向けているくらいのことは平気でやりそうだ。
「フッ、疑っているのか。そうじゃない、俺が本気で殺る気になれば、あんな雑兵などいつでも殺れると言ってるんだ。あんな下等なゴミクズどもを気にして、わざわざこんな僻地までやってきたわけじゃない」
それも言われれば道理だった。
ラスタンがエルフを殺したいだけなら、こっそり始末してしまうことはいくらでもできたはずだ。
「だったら、なんできたんですか」
「俺が気にしているのはお前の存在だ。今回のことは、お前の器をはかり、あのじゃじゃ馬姫に格の違いを教えてやろうと思ったからやったんだ。どうでてくるかと楽しみにしていたのだが、まさかあんな返し方をされるとは思わなかった」
あの時のことを思い出したのか、首をさすりながら顔をしかめるラスタン。
「私だって、姫様があんな真似をするとは思ってなかったですよ」
その点だけは、ラスタンに同情する。
姫様だけは、ハルトですら予想のつかない動きをするのだ。
ルクレティアの要素を入れると、必ずと言っていいほど作戦が壊れるので、ハルトも取り扱いに困ってるぐらいだ。
姫様の天与の才能は、言われているような『抜きん出た人望』なんかじゃなくて、軍師ブレイカーなんじゃないかと思ってるくらいだ。
そう思った瞬間、ハルトの視界がぶれた。
なんだ……。
ラスタンに感じていた不穏な空気、黒い霧のようなオーラが一瞬形となって見える。
それは、『権謀術数の主』という文字だった。
天与の才能という言葉が脳裏を巡る。
そうか、どんな条件で見えるようになったのかまではわからないが、他者のタレントが見えることがあるのか。
そういえば、帝国の皇太子ヴィクトルと対面したときに、ハルトの天与の才能を言い当てたことがあった。
ヴィクトルには、ハルトだけではなくルクレティアの天与の才能も見えていたような気がしていた。
そうか、あれは本当に見えていたのかと今更ながらに思う。
なるほど、これは人材登用の上で大きなアドバンテージにもなりうる。
帝国軍にはすでに一人や二人、皇太子ヴィクトルの他に天与の才能持ちがいてもおかしくない。
「どうした。俺の顔に、なにかついているか」
「いえ、恐ろしい方だなと思いまして」
しかし、なんでこんなにハルトの敵対する側に、新たな天与の才能の持ち主が現れるんだ。
無作為に力をばらまいているようにすら見える、この世界の女神ミリスは一体何を考えている。
「俺にとっては、お前こそが脅威だ。お前だけは、俺と同じプレイヤーだと思っているからな」
「プレイヤー?」
「そうだ。他の有象無象など、戦略の駒に過ぎない。だが、お前は違う。俺と同じ、大局が見えている駒の指し手だ」
「まあ、そうなんでしょうね」
ハルトやヴィクトルのように直接見えなかったとしても、同じ天与の才能の持ち主は、なんとなくわかってしまうのだろう。
かつてのハルトが、ルクレティアとその周辺に異常性を感じていたのと同じように。
「それに俺は、お前をよく知っている。これを書いたのはお前だろう」
ラスタンの懐から差し出したボロボロに擦り切れている本を見て、ハルトは思わず声を上げた。
その本のタイトルは「謀略試論」。
ハルトが知っている、戦国時代の謀略についての逸話をまとめたものだ。
またこのパターンか。
面白い読み物のつもりで気軽に書いて売ったんだけど、頭のいいやつはそこからいろいろ学んじゃうんだな。
本なんか売っても識字率が低いからほとんど儲からなかったし、いくら元手が安いからって出版事業なんてやるんじゃなかったか。
女神ミリスのことを言ってられない。
なんだかんだで、自分だって敵を育ててしまってるじゃないかと、ハルトは自分に呆れる。
「つまらん話もあるが、この一節は俺の座右の銘にしている。『謀多きは勝ち、少きは負ける』。まさに俺のためにあるような言葉だ」
「そりゃ、よかったですね」
「貴族の端くれにしてもらったとはいえ、お前も所詮は俺と同じ平民からの成り上がり者だろう。あんな粗暴な姫のもとでは苦労も多いだろうよ」
「ハハ、それは言えてるかもですね」
「この王国は根底から腐っている。無能な王族や大貴族どもが権勢を振るい、実力のあるものが正しく評価されない」
「それは皮肉ですね。私も貴方も、その手助けをしてるじゃないですか」
ラスタンは第二王子オズワールに軍師として仕え、ハルトは第一王女ルクレティアに軍師として仕えている。
ハルトがそう指摘すると、ラスタンは暗い笑みを浮かべた。
「それも、いずれは変えようというのだ。この国は今、そういう変革期を迎えつつある」
「変革期ですか」
言ってることはわかるが、そうやって無理やりに時計の針を進めると、ろくなことにならないとハルトは知っているのだ。
変革といえば耳心地はいいが、戦争がさらに悲惨になるだけだ。
「なあ、ハルトよ。優れた知性を持つお前ならば、俺の理想が理解できよう。だから、俺の下にこないかと誘いに来たのだ」
「ラスタン殿の下にですか」
蛇の手下など、ぞっとしないなとハルトは笑う。
「なにせ、お前はこの度の戦いでも大戦果を上げたのだから。こちらの陣営にくれば、正当な恩賞も与えられよう。それどころか、俺ならお前をその能力にふさわしい地位につける。出世も、栄耀栄華も、想いのままだぞ」
やれやれ、またこのパターンか。
ハルトは金なら欲しいが、出世などしたくないのだ。
ブラック企業気質の参謀本部の高官になるなんてゾッとするし、大貴族なんかになったら責任が重くなって面倒な付き合いも増える。
それでは、ハルトの理想とする安穏とした窓際生活が乱されるではないか。
ラスタンの理想などどうでもいい。
ハルトは、別に誰の下でもいいが、とにかくサボりたいだけなのだ。
「残念ですが、出世なんて望んでないし、姫様が一番私を楽させてくれるんでね」
そのハルトの答えをどう受け取ったのか、ラスタンは暗い笑みを浮かべたままで猛禽のような目を光らせた。
「それは残念だ。実に残念だよ。俺は敵には容赦しない、せいぜい後悔しないことだな」
そう言って、ラスタンは立ち去った。
その背中にハルトはつぶやく。
「まったく、こんな田舎まで来てのご忠告、感謝いたみいりますよ」
ラスタンは、わざわざハルトに直接情報を与えにきてくれたようなものだ。
ありがたいお言葉どおり、せいぜい備えるとしようとハルトも笑うのだった。





