41.エルフの魔術師を助ける
ラスタンたちを退却させたルクレティアが、喜び勇んでハルトのところに飛んでくる。
まるで犬が飼い主に尻尾を振るようだ。
恐ろしい狂犬でもあるが、今回は役に立ってくれた。
「ハルト、これでよかったのよね!」
「ええ、予想以上の活躍ありがとうございます」
もはや苦笑するしかない。
ともかくも、ハルトはエルフたちの縄目を解いてやることにした。
「ハルト様とおっしゃいましたか。みんなを助けていただいて、本当にありがとうございます!」
「いや、君たちも災難でしたね」
あの激戦で、四百人近くいたエルフの魔術師たちはその数を半数に減らしていた。
部隊であれば、全滅といっていい被害だ。
それだけの犠牲を払って王国のために死力を尽くしたエルフたちをこんな酷い目にあわせるとは、あいつらこそ人ではない。
ハルトに手ずから助けられて、感謝のあまり瑠璃色の瞳をうるませるのは、エルフの魔術師たちの取りまとめ役であるシルフィーだった。
その瞳から溢れる涙は、まるで宝石のようだ。
その姿に、ハルトはちょっと感動してしまう。
薄汚れた粗末な布の服を身にまとっていても、その生来の美しさは曇ることがない。
この世界に転生してきて今更なのだが、身近にエルフっていなかったから、ファンタジー特有の妖精族の美しさに目を奪われてしまう。
ハルトの周りには、気高い気品を持つルクレティアや、野に咲く花のように可憐なエリーゼなど美少女が揃ってるのだが、エルフは人間の女性とはまるで質が違う美貌を持っている。
たおやかで儚げであり、どこか妖しくもある。
「エルフって、ほんとに耳長いんだな」
「す、すみません。高貴な方に、お見苦しいものを見せてしまって」
シルフィーは、金糸のようにキラキラと輝く髪を整えて必死に長い耳を隠そうとする。
「いや、隠さなくていいよ。見苦しいなんてとんでもない、実に綺麗じゃないか」
「あ、えっと……」
「なんでこれほど美しいものを忌避するのか、王国貴族の気がしれない」
「綺麗、美しい……耳長の私がですか」
醜く、汚らわしいので、貴族の前にその姿を見せるなと、王国魔術師として仕えるシルフィーたちエルフは、幼少よりずっと罵倒されてきた。
「うん。君の美しさは、同じ重さの宝石や黄金よりも価値がある」
「ふええ……」
ハルトは、生まれて初めてエルフを間近にみた感動を口にしているだけなのだが、シルフィーはその率直な言葉に腰砕けになった。
シルフィーもまた、生まれて初めて自分を肯定されたのだ。
綺麗で、美しいと言ってもらえた。自分には価値があると。
そのハルトの心からの称賛は、ずっと蔑まれ続けて縮こまっていたシルフィーの心の殻を打ち砕いた。
「ハルト様! エルフの救援は我々ハルト大隊がやります。一刻も早く故郷に帰してあげましょう!」
いい雰囲気になりそうなところに、慌てて割って入ったのは、ハルトの副官エリーゼだった。
さっきから、しゃべるたびにあのエルフの柔らかそうな巨乳が揺れすぎている。
たわわにこぼれそうな魅惑の果実に、ハルトが手を伸ばしてしまうのではないかと、エリーゼは気が気でない。
ハルトの副官として、あくまで忠実な副官として!
これ以上の一次的接触は、危険すぎると判断した。
「そうだった。エリーゼ、たしかエルフの故郷の森は、ここから北の亜人属領にあるんだったね」
「はい!」
「では、馬車を用意してください。私も同行します。ハルト大隊で護衛して、エルフの魔術師たちを森の近くまで送り返すことにしましょう」
護衛を付けた馬車でエルフの魔術師たちを故郷へと送り返す。
ハルトは、あのオズワールの軍師ラスタンを決して甘く見てはいなかった。
ルクレティア姫様の無茶苦茶な介入に引いてみせたものの、あの男の目には異様な執念がある。
醜態を晒したワルカスのような間抜けではない。
そう感じたので、できるかぎりの用心はするべきだ。
森の入口まで来ても、シルフィーは潤んだ瞳で名残惜しげにハルトを見つめてくる。
「ハルト様、このご恩は一生忘れません。私の名前はシルフィーです。この身が塵に砕け、風になっても私は……」
「そんなことはいいから、森に入ったらとにかく逃げなさい。追手がかかる可能性もあります。私は王国北方軍の軍師だから、どうしても困ることがあったら、助けを求めにきてもいいですよ」
「はい、必ず!」
まあ何事もなければ、それが一番いいんだけど。
森に帰るエルフたちを見送って、踵を返してまたノルト大要塞に戻ろうとすると、そこに王国軍兵士の一団が立ちはだかった。
「軍師ハルト!」
まだいたのか。
もしかしたら、逃したエルフを追い打ちしようと隠れて追ってきていたいたのかもしれない。
ハルトは、ラスタンを執念深いやつだと思ってたから驚きもしない。
その可能性も考えて、ちゃんと森に帰るまで見送ってよかったというものだが、ハルトができるのはここまでだ。
まさかハルト大隊が森の中までついていって、エルフの民を守って一緒に暮らすわけにもいかない。
できる限りはやったので、あとは森の民としてのエルフの力を信じるしかない。
「こんな場所で奇遇ですね。ラスタン殿」
「お前に話があってきたのだ。あの猪突姫がいるところでは、ゆっくり話もできなかったからな」
こんな男と話などしたくもないが、エルフたちが逃げる時間稼ぎにはなるかもしれないと思って、ハルトは少し相手をすることにした。





