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109話 調査任務のその後です。

 ポーション等で応急処置をしたのち、自力歩行可能な者は自分の足で、補助が必要な者は他の者に手を借りながら全員が地上へ戻ると、ダンジョン入り口でテントを張っていたギルド職員や、たまたまそこにいた素材採取組の冒険者は、今までにない怪我人の数に目を見開く。さらにいえば、怪我の程度が酷いのは討伐班よりも護衛班であったことに驚愕した。

「すみません、俺はヒメカをテントで休ませてきます」

「ああ、分かってる。報告はこちらでしておくから安心してくれ。…………本当にヒメカはポーションを使わなくていいのか?」

 結論から言うと、怪我人は出たが死者は出なかった。

 一番怪我が酷いのはミノタウロス亜種が投擲した斧を防いだ盾職の冒険者。壁に叩きつけられた衝撃で全身を骨折、その後の魔法攻撃で火傷を負い、現在は担架で運ばれギルドのテントで治療中である。

 そして次点がヒメカだが、両手と肋骨が数本折れており、さらには右足の骨にもヒビが入っている。手はまったく力が入らず物すら握れない状態で、肋骨骨折の影響で呼吸するだけでも痛みがあるようだ。火傷もしているがかなり軽度。しかしながら、ポーションでの応急処置はせずにそのままの状態でいた。

「……もう、少し、で、魔法、つかえるので」

 折れた肋骨のせいでかなり小さな声でたどたどしいながら、わずかに微笑みを浮かべる余裕まであるような。それどころか、下手に触られると痛むからと、自分の足で歩いているほど。ナストがついていくのはそんなヒメカの付き添いと、ヒメカが乱れた魔力を整えることに集中できるよう、テントの前で用心棒のように待機するためである。

 宣言通り、30分後には後遺症もなくすっかり完治したヒメカが、街で出歩くような恰好で炊き出しの手伝いをする姿があった。

 それというのも、ヒメカがテントから出てきた後、完治したことをギルドに報告すると、ギルド側から散々謝罪を受けた後、色々と話を聞く内に人手が足りないことを察したヒメカから手伝いを申し出た。

「ヒメカ、怪我はもういいのか?」

「はい。この通り問題ありません。デリックさんこそ背中は大丈夫ですか?」

「ああ。良いポーションを回してもらったから綺麗に治ったよ。残念ながら失った髪は無理だったけど」

 そう言いながら、演技交じりで分かりやすく肩をすくめてため息をつくデリックに、クスリと笑いをこぼすヒメカ。ヒメカはというと、魔力防御力は髪まで適用らしく、焼け切ることもなくそのままの長さで残り、回復魔法で艶まで戻っている。

(たしか悠の練習作の中に髪の成長を促進させる薬があったはず……人数分はないから後でこっそり渡そうかな)

「まあ、ヒメカのマントがなければ、今頃、こんな軽口叩けなかったけどね。お礼には軽いけど、良ければヒメカの壊れた装備の費用をいくらか補填してもらえるようギルドと交渉しようか? 俺の装備もボロボロになっちゃったし、実は交渉中なんだ」

「え……装備費用を補填って、そんなこと出来るんですか? 自費負担だとばかり思っていました」

「普通は出来ないかな。けど、こういってはなんだけど、今回はギルドが非戦闘員(調合師)を参加させた上に、その護衛対象のせいであんな状況に陥ったからね。それにライナー……斧を防いだ盾職の奴な、そいつもナストに上級ポーションを譲ってもらえなきゃ冒険者を引退することになってた。あんな良いポーションを親しい知り合いってわけでもない他人に渡せる君達っていったい何者? って聞きたくなるけど冒険者の流儀に反するから聞かないけど。まあ話を戻すけど、交渉の余地はあると思うよ。特に君は今回一番の功労者だし」

「いざという時に魔法が使えませんでしたけどね」

 ―――――あの時、ヒメカは自分の後方にいた負傷者達と護衛対象を守るためにミノタウロス亜種の腕を真正面から受け止め、両手と片足を犠牲にして無理やり軌道を変えたことで、実際には大きく逸れる結果となった。それがあったから護衛組は扉から脱出できた。

 その後は、ヒメカは無事な片足で攻撃を避けることに徹して敵を翻弄し、実際の討伐は追いついた戦闘班がしたのだった。

 戦闘終了後には「怪我した上で魔法も使えないのにあれだけ動ければ十分」だと言われるも、本人は煙を吸ってしまったことを失態だと考えているようだ。

「でも、補填してもらえるならばありがたいです。素材はまだあるので作り直すことは出来ますが、特殊な素材なので加工費が結構……」

「良い装備は素材も加工費も高額だからなぁ。でも作り直せるだけの素材を持っているのは羨ましい限りだね。俺は運悪く出会って運良く倒せた魔物の素材だったから、もう一度倒すか市場に出るのを待つか、他の素材で作るかしかないかな。……っと、ここで長話しても迷惑だしもう行くよ。交渉は任せてくれ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 夕食を受け取ったデリックは颯爽と去っていき、ヒメカもある程度のところで切り上げ、自分の分を持って、ナストとおそらく一緒にいるだろう『光の風』の方へと向かうのだった。



「ヒメカちゃーん! ほんっとぉーに無事でよかったわ!!」

「あれだけの怪我を後遺症もなく治せるんだから凄いよな。骨折は治癒師の技量に左右されると聞いたことがある」

「上級ポーションを持ってるのに使わないのはどうかと思ったけどなー」

「まあ無事だったんだからいいじゃねーか!」

 予想通り、ナストは『光の風』とともに夕食を取っており、ヒメカが合流すると、マリベルからは熱い抱擁を受け、男性陣には頭を撫でられた。

 ナストも一歩引いて生暖かい目をしているが、治療後すぐにさんざん怪我の治り具合を何度も確認していたので同類である。

「調合師の腕は信頼しているのでどちらにせよ完治したとは思いますけど、肋骨が折れていたので飲みたくなかったんです。それに、(材料が)希少なので、少しの時間我慢して魔法で治せるならそちらの方がいいじゃないですか」

「あーたしかに(上級ポーションって)希少だよなぁ」

 やや齟齬が生まれていたが、おおむねヒメカの説明に納得したようだ。

「そういえばナスト達って明日はどうすんの? ヒメカの装備はボロボロだろ?」

「あー……それなんですけど、明日の朝、街に戻ることになりました。装備は予備があるみたいなんで問題ないんスけど、少量とはいえ魔法阻害薬を吸ったんで念のために」

「なるほどな」

「それだと屋台は日をずらすのか?」

「いえ、そちらは予定通り執り行いたいと思いますので当日はよろしくお願いします」

「そうか! 屋台の日には絶対戻るから例の報酬頼むぞ!」

「勿論ご用意しておきますね」

 和気あいあいと食事を終えたヒメカは、少し抜けてデリックへ例の薬を届けるとともに、その薬と回復魔法の併用でデリックの髪復活に成功したのだった。少し効果がありすぎて伸びすぎた髪をその場でカットしたのはご愛敬である。

 その後も、デリックと同じく髪を失った女性冒険者を優先にこっそりと接触を図り、説明と黙秘の約束を取り付けては薬がなくなるまで治療に当たり、素知らぬ顔でテントに戻り就寝したのであった。



 翌朝、その日最初の便で怪我人や他の離脱組とともにマルズへと戻ってきたヒメカとナストは、冒険者ギルドで報酬を受け取ろうとカウンターで手続きをしていると、ナストが気になっていた美人受付嬢ことイザベラが声をかけてきた。

「あ、あの! ……あの人を、ティリオを生きて連れ帰ってくださって本当にありがとうございましたっ……!」

 深々と頭を下げるイザベラに、手続きをしていた受付嬢の視線がヒメカ達とイザベラの間を数度往復したのち、ヒメカが微笑みを浮かべたのを見て「では報酬を取ってきますので少々お待ちください」と言って奥へと消えていった。

「……イザベラさんの感謝は受け取っておきますね。でもティリオさんは、その、火傷の痕が……」

「あれは自分の治療を後回しにしたからだと聞いております。それに、たとえ痕が残ろうと私の気持ちは変わりません。もしティリオがそのことでうだうだ言うつもりなら、引きずってでも教会へ連れて行って無理やり結婚してやります!」

 イザベラの宣言にきょとんとしてしまうヒメカ。一拍おいて、周囲からはやし立てるようにその場にいた冒険者達からの祝福の声が上がった。

「ヒュー♪ さっすがイザベラちゃん! よっ! 良い女!」

「あいつにはもったいないぜ!」

 イザベラとヒメカの話が聞こえていなかった者も、その声に反応してどんどん大騒ぎになる中、ヒメカとイザベラは和やかに話を続けた。

「ずいぶん盛大な惚気をありがとうございます。まだ少し早いかもしれませんが、お幸せにと言わせてください」

「ふふふっありがとうございます。それにご心配なく。絶対結婚しますので!」

 和やかに笑い合う女性2人のすぐそばでは、ナストが静かに淡い恋を終了させていたがもはや空気と化していた。


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