108話 調査任務4日目です。
同日の調査任務組。
昨日、昼休憩に差し掛かる頃にユウトがやってきたこと以外はさして取り上げることもなく調査任務は進み、調査任務4日目の本日もすでに午前が終わり、まもなく午後の任務が始まろうとしていた。
「では最終確認だが、今日の午後はこの『魔法阻害薬』を使っての討伐実験を行う! 薬の説明は昨日のミーティングで聞いていると思うが、今一度ギルドより説明していただく!」
魔法阻害薬とは、収束した魔力を拡散させる効果がある調合薬で、ミノタウロス亜種の消えない炎対策として今回使用することとなった。ただ本来は、魔力を溜め込んで発散できない魔障病の1つである蓄魔症の治療薬として使う薬であって、知識のある者が治療のために使う分には問題ないが、健常な魔法士がその薬を体内に取り込んだ状態で魔法を発動しようとすると、普段の何倍も魔力を消費する上に、使用する魔力が多くなる分、コントロールが非常に難しくなるため、魔力暴走を引き起こしやすくなるという危険があるので使用を規制されている薬である。
それゆえに、ギルドもヒメカの了承が得られなければ、後日、魔法士がいない状態で検証しようとしたが、ヒメカがあっさりと了承したことによって本日決行されることとなった。
というのも、脚力自慢グループのリーダーでAランク冒険者であるデリックが、色々な魔道具や調合薬を使えば、魔法士の補助なしでも、時間内に最下層へ到達出来る可能性が出てきたためである。
前回の調査任務からずっと、毎日検証終了後に単独走破のタイムアタックをしていたらしい。本人曰く「どんどんタイムが縮んでいくから楽しくなってきて、どこまで出来るのか知りたくなった」とのこと。
いくらデリックが脚力自慢の高ランク冒険者とはいえ、その可能性が出てきてしまった以上、魔法士がいない場合の対処法が必要、というのがギルドの意向であり、ギルドから相談を受けた冒険者ギルドお抱えの調合師達の研究者心がくすぐられたところでの、ヒメカのGOサイン。相談した側であるギルドは、調合師達の暴走を止める側になっていて、説明役のギルド職員の顔にうっすら疲れが見てとれる。
それはともかく、取扱注意の薬を使うということもあり、厳重な体制と確認をもって午後の任務に取り掛かるよう再三に渡る確認をした上で、冒険者ギルドお抱えの調合師の指導の下、実験が行われることとなった。
「(なあなあ、本当に良かったのか?)」
まもなく先行部隊(戦闘組+ギルド職員と調合師)が出発するということで、参加者達が入り口付近でたむろしていると、ナストがヒメカの方へ歩み寄り、小声で話しかける。
「(大丈夫ですよ。魔法が使えなくなってもちゃんと戦えますし、護衛も付くそうですから)」
「(いや、その護衛が……)」
ちらりとナストが視線を向けたのは、初日にヒメカを敵視していたパーティ。その内、2名がヒメカの護衛をすることになっている。
「(ここ数日で態度は軟化していますし、護衛といってもメインは調合師の方の護衛で、私はそのおまけ程度ですから下手な事はなさらないと思いますよ? そもそも私は自衛出来ますし)」
「(……まあヒメカがそう言うならいいけどさぁ、一応気をつけろよ。正直俺が護衛に回れたら良かったんだけどな)」
「(ナストさんは戦闘力を見込まれて討伐部隊に組み込まれているんですから仕方がないですよ)」
そこで時間となり、ナストとヒメカはそこで別れた。
「次が今日のラストだな……全員最後まで気を引き締めてけよ!」
『おう!』
それまでの検証で分かったのは、魔法阻害薬は地面を燃やし続ける火を消すことは出来るが、直接の魔法は威力を弱める程度の効果で、さらにボスが強くなるにつれて効果も弱まってしまうということ。ミノタウロス亜種の口に上手く薬を放り込んだ場合、魔法を使う回数は減るが、威力が不規則になる上に、全体攻撃はほぼ自爆といっても差し支えない状態ながら、威力は通常よりも強くなる可能性があるというのは博打であった。幸いにもその時の検証で負傷者は出なかったが、あれが直撃したと考えるとやはり中級ダンジョンを利用する冒険者には厳しいだろう。
そのような結果を踏まえ、調合師を護衛しながら最高難度でのボス討伐で魔法阻害薬を使うのは危険ではないか、と討伐部隊やギルド職員達で話し合いがもたれた。
話し合いののち、魔法阻害薬は火消しのみの使用にとどめる、ということとなり、討伐組に周知徹底を図り、検証に至った結果――――――――――
――――――――――負傷者多数。その中にはヒメカもいた。
ヒメカとデリックが最下層へ到着し、扉に手をかけると、すでにもう何度か経験しているとはいえ、それでも緊張をはらむ淀んだ空気が部屋の奥から漂ってくる。
戦闘班達は真剣な面持ちで自身の得物を手に奥へと進んでゆく。その表情に油断はない。いかに高ランク冒険者達といえども、最高難度でのダンジョンボスは油断すれば簡単に命を落とす。ましてや、今回は護衛にも人数を取られる。そのため、人員補充として今回はデリックも護衛として参加することになっていた。
「完走したばかりなのに休憩させてやれなくて悪いな」
「はは、そこはヒメカも同じ条件……というか、むしろ今までずっとやってきたあの子の方がずっと凄いだろうさ。それに俺は戦闘には直接参加はしないし、後ろからお前らの戦闘を眺めさせてもらうさ」
ヤンとデリックの口調は平時と変わらない。2人ともAランク冒険者。力の入れ方も抜き方もそれなりに上手いし、リーダーである自身達が緊張を外に出せば、他の参加者にそれが移ってしまうことも承知している。
「さ、護衛組は扉付近で待機だ」
デリックの声にヒメカ含めた数人と護衛対象がうなずいて戦闘班の背を見送った。
中盤までは問題なく戦闘班達がミノタウロス亜種を上手くさばいて確実に削っていったが、突如として、急にミノタウロス亜種は戦闘パターンを変え、自身に纏わりつく前衛には見向きもせず、扉のすぐそばにいた護衛組へ向けて強力な魔法攻撃を仕掛けてきたと同時に、武器である斧を投擲、ボス自身も多少の負傷もお構いなしで強引に距離を詰めてきた。
「ヒメカ、障へk「わああああああ!?!!」
「くそっ! ぐぅぉおおおあああああああ!!」
その波状攻撃の最初の魔法攻撃に対し、混乱した調合師は煙玉タイプの魔法阻害薬を迫りくる火球に向かって投げようとして足元に叩きつけてしまう。
それによって視界不良に陥るが、投擲される瞬間を見ていた盾職の冒険者が一歩前に出て斧を受け止める。しかし、ただでさえ重量もある巨大な斧である。勢いのついたソレの軌道をずらすことには成功するものの、盾は音を立てて破壊され、本人の足は地面から離れ、壁に叩きつけてしまう。
「ゴホッゴホッ護衛班は即時撤退! 調合師を連れて扉から脱出しろ! ヒメカ、魔法は使えるか?!」
「けほっ……すみません、少し煙を吸い込みました。魔法での支援はできません」
何せ魔物用に用意している物である。即効性は勿論、すぐさま口を塞いだヒメカだったが、ごくわずか煙を吸い込んだだけで体内の魔力が不規則に波打っているかのような感覚があった。ただでさえ内在魔力量が多いヒメカである。無理を通して『障壁』を張ろうにも、強度不足ならまだいい方で、下手すれば全員見えない壁で圧死の未来さえある。
投擲された斧は身を挺して守ってくれた冒険者のおかげで防いだが、いまだ視界不良。魔法による援護もないが、幸い、煙で姿を隠すことは出来ているし扉はすぐ傍にある。護衛の任に当たっていた者はパニックに陥っている護衛対象を半ば引きずって、観測者としてついてきていたギルド職員とともに扉を押し開く。
しかし敵もバカではない。見えないのならば焼き尽くせばいいとでもいわんばかりに口から広範囲に火を噴いた。
「危ない!」
敵に置き去りにされた戦闘班の冒険者が声を上げるが、護衛班は煙のせいでミノタウロス亜種が何を仕掛けてくるのかわからない。そんな中で動くことができたのは、Aランク冒険者であるデリックと、魔力を感じることができるヒメカだけだった。
デリックが護衛対象の肉盾となるかのように立ちふさがり、魔法攻撃であることがわかっていたヒメカは魔力防御力の高いマントを投げつけるようにデリックごと調合師にかぶせ、自分の身は脱いだマント以外の防具と、ステータスにあった高い魔法防御力、魔法阻害薬での威力減退を願って防御姿勢を取った。
「っ……!」
調合師はデリックとヒメカのマントのおかげで無傷。ギルド職員はカバーしきれなかった部分に火傷を負うがポーションで十分治療可能な程度で済んだ。デリックはヒメカのマント+防具・インナーまでも焼かれて背中が露出している。ほかの冒険者達はというと、魔力防御力の差なのか道具の差なのか、大なり小なり火傷を負っているが致命傷にまでは至っていない。
そしてヒメカはというと、庇えなかった露出部の肌がチリチリと痛むが、炎を全身に浴びたにしては軽傷で済んだことに安堵しつつ、戦闘態勢を取るが、すでにその眼前にはわずかに残った煙を巻き込みながら迫る太い腕があった。そしてそれを避ければ、今度こそ護衛対象と護衛班から死者が出る。ヒメカの冷静な部分がそう告げていた。
「―――――ヒメカっ!!!!!」




