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105話 トラブルがやってきました。

 ヒメカ達がダンジョンのタイムアタックをすることになった2日目、ユウト達はカールの経営する服飾店に来ていた。

「今日はよろしくお願いします」

「うふふ。ヒメカちゃんからおおまかな要望は聞いているから任せて頂戴!」

 主目的は乗馬服。本格的に訓練をするならば一式必要だろうとのことで、姉弟で話し合ってプレゼントすることにしたのだ。サイズは一人一人に合った物が良いので完全オーダーメイド。

「じゃあちゃちゃっと全員の採寸を済ませちゃうわよ~」

『はい!』

 カールの合図で店員によってサクサクと採寸が行われるが、学院生達には「服飾店へ行く」としかユウトが言わなかったために、現状を把握できていない3人である。しかし、そこはさすがプロ。手慣れた様子で全員の採寸を済ませるのだった。

「デザイン案はいくつか用意したけれど、どれがいいかしら? 私のおススメは―――」

 採寸中もデザイン画を描いていたカールは、いくつも案を提示してくれたので、全員でそれとにらめっこしながら決定していく。

 無事全員のデザインを決定し終えて、あとは後日最終調整をして完成を待つのみ、ということで店を後にした一行は、市場を覗いてから帰った。



 昼食を食べ終え、ユウトが学院生達の勉強を見ていると、この日は珍しく来客があった。

 ユウトがジェードとともに玄関へ向かうと、そこには奴隷商人であるルーベンがいつもと雰囲気の異なる服装と髪型で立っていて、その横には全身を覆うローブを着てフードで顔を隠した人物がいた。

「急な訪問をお許しください。重ね重ね申し訳ありませんが、私のお話を聞いていただけないでしょうか?」

 周囲を警戒しながらやや早口でルーベンがそう言うと、面倒事の臭いはするが、話も聞かずに追い返すのも憚られるから、と、ユウトはとりあえず家に招き入れることにした。

「とりあえずあがって下さい」

「ありがとうございます」

 扉が閉まるなり、安堵の息を漏らすルーベンを疑問に思うが、とりあえず腰を落ち着けて話を聞こうとリビングのテーブルへと案内すると、先ほどまで本と紙を広げていた学院生達は、空気を読んで、机に広げていた筆記具を片付け2階へと引き上げた。

 そしてリビングにはユウト、テオ、ジェードと客人2人だけが残る。テオとジェードも飲み物を出したら別室へ下がろうとしたが、「テオもジェードもこの家の人間だから問題ない」という一言で同席することになった。

「それで本日はどのような御用向きでしょうか?」

「実は――――」

 ルーベンは隣に座る人物にフードを取るように言うと、ルーベンの店舗で見たことのあるエルフの少女だった。そして話をまとめると、このエルフの少女を巡って少し面倒臭い状況に陥っているらしい。

 それというのも、この街を取りまとめる評議会議員の1人がこのエルフの少女を購入したいと言ってきたことに起因する。

 問題なのはその客というのがあまり評判の良くない男で、平気で奴隷を使い潰すというのはこの街の奴隷商ならば当然知っていることらしい。ルーベンはエルフの奴隷がいることを最小限の客にしか伝えていなかったはずだが、その男は確信したようにエルフの少女を売るように強要する。

「それで『すでに予約済みで前金も戴いている』と言ってしまった、と」

「相手は商会の方ですし、そう言えば諦めてもらえると思いまして……。一度はそれで諦めていただけたのですが、最近またエルフを寄越せと言ってきまして」

「諦めが悪いですね」

「はは……言ってはなんですがその通りですね。ですが、やはりお断りさせていただきますと、今度は購入予定の者を教えろと迫ってきて……勿論、存在しないお客様ですし、何より顧客情報は絶対に秘匿しなければならないことですのでお断りしたのです。ですが、何故か今回はやけに強引でして」

 ルーベンの様子からして、相手はこの街でもよほどの有力者のようで、あまり波風を立てたくない相手のようだ。

(だからといってウチに問題を持って来られてもなぁ……今は姉さんもいないし明言は避けた方が無難かな)

「申し訳ありませんが、今回のような件だと家族全員で話し合って決めることになっているので、現状では判断が出来かねます。現在は姉がいないため話し合うことも出来ません」

「そうですか……ではせめて一週間……いえ、数日だけでもいいのでこちらに置いていただけないでしょうか! 勿論、お預けしている日数分の生活費もお支払しますし、命令権も譲渡いたします! その間にこちらもなんとか努力してみますが、それでも不可能でしたら諦めてこの娘を売ろうと思います」

 あまりにも必死なので、ユウトは「そういうことなら……」と頷いてしまった。



 その後、略式ではあるがルーベンからユウトへ所有権の譲渡が行われた。ルーベンからのお願いはエルフの少女を人の目から隠すことなので、家から出さなければ問題ない。庭は外から見えるのでダメ、という位だろう。生活費に関してはユウトの方で断った。

 しかしこのエルフの少女、ルーベンがいなくなると、それまでずっと静かだったのが嘘のように態度が豹変した。

「その部屋はヒメカ様の私室だ。勝手に入ろうとするな」

「は? 別にちょっとくらい良いじゃない。ケチ臭い奴隷ね」

「あの、料理の手伝いを……」

「無理。私、料理なんて出来ないもの。そういうのはあんた達がやりなさいよね」

 一時的とはいえ主人であるユウトが相手ではそれなりに大人しいのだが、ジェードやテオに対しては格下扱い。むしろ自分の奴隷とでも思っているのではないかとさえ思える態度で接するのだった。

 さらに言えば、エルフの少女は随分正直者のようで、ユウトの客人である学院生3人に対しても、3人をジロジロと眺めたかと思うと、馬鹿にするように鼻で笑い、貧弱な魔力だとのたまった。

 3人の魔力量はおおよそ400前後なので、人族としてはけして少なくはない。まだまだ伸びしろもあり、この年代としてはむしろ優秀な方ではないだろうか。

 ただし、エルフという種族は総体的に魔力量が多い種族。隠し切れない態度から察するに、魔力量が約2500のユウトでやっと「まあ、いいんじゃない?」と思える程度だろうか。

「テオ、この人の食事はパンと干し肉にするから用意しなくていい」

「!?」

「ええと……いいのですか?」

 文句を言いたそうなエルフの少女だが、隷属の首輪が反応したのか声にならず、苦しげに顔を顰めた。テオは視界の端にそれを見たが、ユウトの指示の方が大事である。

「どうせすぐルーベンさんに返すから店基準の食事でいい」

「分かりました」

「あとは……服はさすがにそのままだとちょっと不衛生だし、姉さんの物を拝借させてもらうか」

 奴隷用の衣服は正直薄汚れているしサイズが合っていない。ヒメカの服だと丈が少し足りないかもしれないが、服を選べばどうにかなるだろう。勝手に拝借してもヒメカは気にする性質ではないので事後報告でも許されるだろうし、最悪新しい服を買えばいい。むしろ新しい服を自分で選ばなくていいので、その方が喜ばれそうだ。

 そうと決まれば行動は早く、ユウトはジェードにエルフの少女を見張っていてもらい、ヒメカの私室へ入ってクローゼットから良さそうなものを3着ほど選んでリビングに戻る。

「とりあえず服はそれを貸す」

 平民服の中でも上等な部類に入る服を見て、少女は少し気分が向上した様子。しかし、無言でそれを受け取った少女をジェードが見咎める。

「感謝の言葉はないのですか?」

「……ありがとうございます」

 不承不承と言った感じで感謝を述べる少女に対して、ジェードが「躾けますか?」という視線をユウトに向けるが、ユウトは放っておくようにという意味で首を横に振った。



 夕食の席でユウトは改めてエルフの少女に関して迷惑をかけることを謝罪している間、当の本人は別室で一人食事をしていた。

(何なのよあの態度! 私はエルフなのよ! その辺の奴隷とは違うんだから!)

 エルフの奴隷は容姿が良い上にとても希少なので他の奴隷よりも商品価値が高く、大事に扱われることが多い。

(この首輪さえなければさっさと逃げ出してやるのに……!)

 隷属の首輪のせいで行動も魔法も封じられているため、少女にはどうすることも出来ない。そもそも、この少女が奴隷になったのは、ここよりずっと北にある『エルフの森』と呼ばれる大森林地帯からうっかり出てしまい、魔力をほとんど使い果たしたところで人攫いに捕まって売られてしまったためである。

 いくつかの奴隷商を経由して行き着いた先であるルーベンの奴隷商は、ある程度奴隷の希望も聞いてくれるので、出来る限り従業員の前ではしおらしくしておいて、奴隷になった経緯も説明すればそれなりの配慮をしてもらえた。

(ここの主人は奴隷に優しいんじゃなかったの?! 金払いも良いって言うからこのままここの奴隷になって自分を買い戻そうと思ったのに!!)

 心の中で悪態を吐きながら枕を殴る少女。自分を買い戻そうと思っている奴隷の場合、主人はあまり替えない方が良い。何度も買われて売られてを繰り返すと、元主人も奴隷商も損はしたくないので少しずつ金額が嵩んで行く。特に、少女のようなエルフ族は寿命が長い分、老けるのも遅く、高額で取引される。エルフは1000年以上生きる者もいる種族なので、まだ128歳の少女には気の遠い話である。それに、本雇用後は衣食住の保証をする代わりに賃金が無い可能性もある。つまり、奴隷にもきちんと賃金を支払ってくれる主人を見つけることは、非常に重要なのである。

(…………森に帰りたい……)

 少しだけ森の外の世界を見てみたかっただけだった。その結果が奴隷生活である。

 少女は先程まで殴っていた枕に顔を埋め、故郷や家族、集落の仲間達を思い出して涙を流した。


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