102話 ユウトの休日です。
すべての片付けを終えると、商業ギルドへ報告組と昼食の買い出し組とに分かれて飲食スペースで合流した。
買った物をテーブルに並べ、好き好きに食べたい物に手を伸ばしながら賑やかに食事をしていると、ユウトの背後、ナストの正面から、冒険者ギルドの制服を着た女の人が息を切らしながら声をかけてきた。
「あの、お食事中申し訳ありません。至急皆様にお伝えしたいことがありまして、今日屋台をしていると聞いて押しかけてしまいました」
とりあえず空いた席を勧め、飲み物を差し出しながら息を整えるように言うと、冒険者ギルド職員の女性は数回深呼吸をして息を整えた後、上記のことを伝えてきた。
詳しく話を聞くところによると、先日ナストとユウトが行ってきたダンジョンの調査任務なのだが、もう少し検証してからの封鎖解除としたいらしく、再び調査依頼を受けてもらえないだろうか、ということらしい。扱いは冒険者ギルドからの指名依頼になるそうだ。
「…………」
「あの、それって私が受けても大丈夫ですか?」
ユウトが即答しないのを横目でみると、小さく手を挙げて立候補するヒメカ。
「受けてくださるのであれば是非に!」
「……姉さん?」
前のめりの職員と、訝しげにヒメカを見るユウト。疲労して帰ってきた自分とナストを見ているし愚痴も聞いているので、まさか自分から立候補するとは思わなかった。魔法士必須の依頼だが1人しかいないので強行軍になること間違いなしである。そのことを推察できないヒメカではない。
「前回は悠が受けたから交代。魔法士が必要ならば悠より私の方が適任でしょう? それに今ギル君達にメインで教えていることは悠の方が適任だもの。それに、ここで私達が断れば他の街から魔法士を呼び寄せることになるから時間がかかるわよ? その間にどんどんお肉の値段が高騰するのはちょっとね」
やけに饒舌なヒメカは、この依頼に利を見出しているのだろうと察したユウトは、ヒメカがいいならそれでいいか、と頷いた。
「ナスト、姉さんを頼んだぞ」
「え!? 俺も参加すんの!?」
「あの、出来れば足に自信のある冒険者の方が1人でも多く参加していただけるととても嬉しいです!」
「喜んでお引き受けします!!」
可愛らしいギルド職員に上目遣いでお願いされ、あっさり手のひらを反して即答したナストに、その場にいた男性陣は苦笑しているし、女性陣は白い目で見たのだった。
「ところで日数はどのくらいかかりそうですか?」
「あ、はい! 出発は出来れば明日の日の出前、無理ならば明後日には合流していただきたくて、日数は3日……から5日を予定しています」
不自然に空いた間に、3日というのはユウト基準で設けられた予定日なのだろうと推察したヒメカは、それならば3日で終わらせましょう、と笑顔で言い切った。職員も驚きはしたが本人がいいのならばと引き下がる。それに付き合わされるナストの顔が引きつったのは言うまでもない。
その代わりに、と、ヒメカは日当ではなく固定報酬を貰えるよう交渉し、職員も上に掛け合ってみるがおそらく大丈夫だろうと答えた。
「あの、それと大変申し上げにくいのですがもう1点ありまして……」
とても恐縮しながらも、さらに言い募るギルド職員に、まだあるのか? と冒険者組が首を傾げる。
「実は調査依頼中に《ヴェルメリオ》のお二方が使用したポーション類を納品していただけないかと現場から声が上がっておりまして……。なんでも、大層効能が高いとのことで、出来れば今回の調査依頼で使いたいとのことです。あ、で、でも無茶なお願いなのは分かっているのでこちらは断っていただいても全く構いませんので!」
これに関しては関係があるのはユウトだけなので、ヒメカとナストはさりげなくユウトに視線を送るが、ユウトは小さく首を横に振った。
材料も時間も人手も足りない。手持ちの素材は心もとなく、ケントの素材屋から素材を大量購入しても、せいぜいがヒメカとナストの分を確保出来ればいい位だろう。
「申し訳ないのですが、自分達の分を確保するので精一杯で余剰分があまりありません……」
ヒメカがユウトの言いたいことを察して代弁すると、職員の女性は少し肩を落としながらも「いえ、こちらこそ無理を言ってしまい、申し訳ありません」と頭を下げた。
用事は今度こそ最後だったようで、ヒメカとナストに明日からの参加で問題ないか確認してから冒険者ギルドへ帰っていった。
その後、食事を終えてから孤児院へ行き、今回の給料を従業員全員に渡して、反省会と次回の屋台について話して解散した。次回は仮決定だが1週間後ということになり、変更がある場合は前日までに連絡するということになった。ヒメカが3日で調査を終わらせると言い切ったので心配ないだろうが、万が一を考えるとヒメカ無しで屋台を開くのはまだ難しいだろうとの判断である。
そして話し合いを終えて一同帰宅すると、それぞれ仕事の準備や剣の稽古、勉強、食事の下準備等々、思い思いに行動する。ユウトだけはポーションの素材を購入するために途中で別れたが、さほどせずに帰宅して調合室にこもってしまった。
そして夕食の時間。
帰宅してから初めてリビングに顔を出したユウトは、すでに最低限必要な量のポーションを作り終えたとヒメカとナストに報告した。
「ありがとう。大変だったでしょう?」
「普通のポーションは魔法陣で自動生成、その間にマナポーションの上級を作ったから問題ない。後でまとめて渡す」
「了解したわ」
最低限伝えるべきことを伝えたユウトは席に着く。他にも伝達事項はあるが、まずは食事だということで、食前の挨拶。食後のデザートにはプリンが振る舞われた。
翌朝、まだ日が昇らない内にヒメカとナストは家を出ていった。
ユウトは一晩かけて作った追加のポーション類をヒメカに渡し、2人を見送ると、一眠りすることにした。
ユウトが目を覚ましたのは正午を知らせる鐘が鳴った頃。家の外ならばはっきり分かるほどの音量だが、家の中だと、気付きはするがさほど気にならない音量になるようにヒメカが細工している。調合室は完全防音になっているが、今日は自室で睡眠を取ったので、ユウトはその音に気付いた。
「…………寝過ぎた」
2、3時間ほど眠るつもりが、気付けば正午。とりあえず気持ちよすぎるベッドが悪い、と誰ともなしに言い訳をしたユウトは、ベッドから降りて簡単に身支度を整えてリビングへと向かうと、階段を降りたところでジェードに会った。
「おはようございます、ユウト様。昼食のご用意が出来ましたので、声をおかけしようかと思っていたところです」
「ああ、ありがとう」
ジェードと連なってユウトがリビングに着くと、食卓を囲うギル達が元気に迎えてくれる。
「あ、ユウトさん! おはようございます!」
「このスープ、僕も手伝わせてもらったんですよ」
「食後に、パフェもあるそうです」
「ヒメカ様が色々と作っておいてくれたので、今日は少し豪華にするつもりです」
「!」
パフェがあると聞いて明らかに目を輝かせるユウト。テオの言う、豪華に、とは、ケーキやプリンもトッピング可能ということらしい。フルーツは朝市で購入した旬の物だとテオは言う。
説明を聞いてますます待ちきれなくなったユウトのためにも、早速昼食に。ユウトが寝ていた午前中に何をしていたかというのが話題の中心で、学院生達はもっぱら勉強をしていたらしい。
「長期休暇の自由課題なんですけど、この街の経済については今は不安定だからってことで諦めたんですけど」
「せっかくの屋台体験を無駄にするのも勿体ないなぁ、とも思ってまして……」
「他にもニコライさんに教わっている調合とか、ヒメカさんに教わっている結界の魔法陣とか、魔法陣が分かれば魔道具も作れると言われたので作って提出するのはどうかとか、孤児院についても考えさせられることがあったり、魔力循環の重要性を論文にしてまとめるのはどうかとか、いくらでも題材が転がっていて悩んでいます」
ほとんどがヒメカの仕業であり、当の本人は軽い気持ちで提示しているだけ。題材が見つからないよりはいいが、あり過ぎても絞り込めなくて困っているらしい。
「一人一つの課題にというのは時間が足りないので、共同研究しようということは確定してるんですけど、テーマを何にするかで見事に意見が分かれてしまっていて」
「しかも、ギルはそれとは別にダンジョンについても調べたいって聞かなくて」
「えーいいじゃん! 将来冒険者になるんだし、情報収集は大事だって!」
ちなみに、ギルはダンジョンについて調べたいが自由課題としては魔力循環の論文。カルロは魔道具で、次点で屋台体験のまとめ。サントは調合を自由課題にしようとそれぞれ思っているらしい。
「全部勉強したいんですけど、優先順位は決めないとなので」
「たぶんどの題材でも研究発表はしないといけないと思うので、質問をされても答えられるようにしておかないといけなくて……」
「発表があるのか?」
「基本的には課題提出だけなんですけど、優秀な研究は全校生徒の前で発表するんです。去年見ましたけど、教師も生徒も容赦なく質問攻めするんで大変そうでした」
ユウトの疑問にギルが答えると、カルロとサントは、おそらくどのテーマで課題提出しても発表者に選ばれる可能性が高いのだと付け加えた。
「明らかに学生が発表するような水準ではないので」
「目立つだろうけど3人なら意識が分散されるだろうし、一発当てただけってことですぐに鎮静すると思います。実際、僕達だけじゃ来年再来年の発表者にはなれないと思うので」
「…………そうか」
そこまで自分を過小評価しなくてもいいのでは? と思うが、もしかしたら他の発表者のレベルが高いのかもしれない。
「午後からも話し合い?」
「いえ、一度頭を冷やそうかと。……参考までにお聞きしたいのですが、ユウトさんってヒメカさんと意見が分かれた時はどうやって決めてますか?」
「……あみだくじがいいんじゃないか?」
「あみだくじ、ですか?」
「1人目が紙に3本線を書いてその下に3択を配置する。3択が見えないように折りたたんでから2人目に渡す。2人目が線の間に横や斜めに線を引く。最後に3人目が線を一本選んで辿った先に書かれた題材にする、とかどうだ?」
冒険者業で意見が割れたことがない、と言うわけにもいかず、全員が参加出来て、どの結果になっても仕方ないと思えるような案を出した。すると、思いのほか3人に好評で、1人目がサント、2人目がギル、3人目がカルロで、あみだくじの結果、調合に決定した。
「ユウトさん、ありがとうございます!」
「共同研究の初っ端から不和が起きなくて良かったです。ありがとうございました」
「ありがとうございます」
「それは良かった」
姉さんが帰ってきたら報告しよう、とユウトが言うと、3人は元気に頷いた。
「そうだ。午後から買い物に出る予定だがついて来たい人いる? 姉さんから頼まれてる物もあるから少し歩くことになるけど」
「はい! 俺行きたいです!」
「ぼ、僕も!」
「俺もご一緒させてください!」
まだマルズへ来て7日目。その割に色々なことを体験しているが、まだまだギル達の興味は尽きないようで、お出かけと聞いて一も二もなく手を挙げた。
「テオとジェードは?」
「私は孤児院へ行ってきてもよろしいでしょうか? 昨日預かった帳簿の添削をしましたので持って行こうと思います。同時に指導もしたいと思いますので、夕方まで別行動させていただけたらと思います」
「分かった。テオはどうする?」
「えっと、それならいくつか食材を買いたいので出かけてもいいですか?」
「ん。姉さんのリストに食材もあるから一緒に行くか?」
「はい!」
「じゃあ用意が出来たら出発。ジェードは鍵を忘れないように」
「はい」
かくして外出が決定し、準備を終えると出発した。
「そういえばヒメカさんに頼まれている物って何ですか?」
ジェードと別れ、5人で市場を歩いていると、ふと、サントが質問した。先程からユウトは特定の物を探すわけでもなく、興味の向くままにブラブラと歩いては足を止めている。
「『面白そうな物』」
「え」
「本当にそう書いてある」
そう言うと、ユウトはサントにメモを見せた。
メモには、食材やその他品目が並ぶ普通のお遣いメモのような内容だが、最後に『何か変わった物や面白そうな物があったらよろしく』と記されてあった。
「抽象的な上に範囲が広いですね……」
「ここは常に同じ物があるとは限らないからな。ちなみに食材でも魔道具でも不思議素材でもその他何でもアリ」
お金がいくらあっても足りないのでは、と、サントは思わなくもないが、そこはきっちり上限を決めているようだ。ただし、ユウトはその上限額を言わなかった。
市場を出ると、商業ギルド、魔石商、魔道具店、食材屋、手芸店、武器屋、素材屋など、色んな店を巡る。
商業ギルドは紙を買いに、手芸店はヒメカのお遣い、素材屋はユウトの目的地だが、その他は「もしかしたら、ギル君達が興味あるかも」とヒメカが言っていたお店が中心で、各お店の細かい情報付きでちょっとしたガイドブックである。しかも、値切り交渉は奥さんがいない時の方が成功率高い、とか、お孫さんの話題を振ると話が止まらなくなるので注意(ただし時間があって安く購入したい時はおススメ)、とか、店主はイケメン好き、笑顔で対応するとおまけしてくれるかも、などという小ワザまで書いてある。
その中に、『年頃の娘さんが店頭に立っている時は、悠は回避した方が良いかも』と書かれた店があり、どういうことかとテオとギル達だけで中に入って確認してもらうと、その女性店員は未婚と思われる男性すべてに交際を迫っていたとか。
テオ達は範囲外だったのか普通の対応をされたが、その後に入店した割と顔の良い同年代の男性には、交際をすっ飛ばして結婚の約束を取り付けようと色仕掛けまでしていたそうだ。「ユウトさんは入らなくて正解です……」とやや疲れた顔で報告するのだった。
そんなことがありつつも、最後に寄るのはお馴染みケントの素材屋。
ユウトは昨日来たばかりだが、明後日にはニコライの調合教室があるので補充が必要である。ヒメカのお遣いメモにも書いてあるし、その他にも、何種類か購入したい薬草があったユウトは店に入るなり、カウンターで暇そうにしていたケントに欲しい品目を伝える。
「昨日の今日でまた大量だな。まあウチは助かるけどよ」
「昨日購入した分は、姉さんがラトローの調査依頼を受けることになったので使い切りました」
「あー、あれか。たしかお前さんもついこないだまで行ってなかったか?」
「一昨日帰ってきたばかりです。魔法士が必要とのことで、俺より姉さんの方が適任だからと今朝方出て行きましたよ」
そのせいでナストは再度調査依頼を受ける羽目になったが、最終的には受付嬢に釣られて自分から行くと言ったので問題ないだろう。
(姉さんに付き合わされるのは可哀想な気もするが……)
体力的にキツイのもあるが、何かトラブルが起きる可能性もある。そう考えたユウトは心の中で合掌しておいた。




