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101話 開店しました。

 そして翌日。待ちに待った屋台の初回である。朝から広場に来て屋台の設営をしている一行だが、基本的に飲食系の屋台は遅めの開店が常なので、他の屋台は骨組みだけされているか、何もない空きスペースになっている。

「1本ください!」

 この時間に飲食屋台のエリアにやってくる客はほとんどいないが、その分、テーブルと椅子が並ぶ飲食スペースは空き放題なので、他のエリアで買い物して休憩する人が物珍しそうに視線を寄越す中、栄えある最初のお客様は母と娘の親子連れだった。

 背伸びをしながら一生懸命銅貨を差し出す女の子に、店員達はほっこりする。

「いらっしゃいませ。ソースは3種類、もしくは、なしが選べますがどうなさいますか?」

「えっと、えっと……お母さんどうしよう?」

「よろしければ試食をご用意していますのでお母様もご一緒にいかがでしょうか?」

 ヒメカはそう言うとさっと試食用の一口サイズのアメリカンドッグとソース各種を取り出した。

「あらいいの?」

「折角買ったのに好みじゃなかったら悲しいですから。辛い物が苦手な方にはこちらのケチャップがおススメです。トマーテ(トマト)をメインにしたソースなので見た目は赤いですが辛さはありません。真ん中の黄色いソースはマスタード、そしてこちらは各種香辛料を調合して作った特製チリソースです。さらに辛さが欲しい方にはピリカラの粉末をお付けしております」

 ヒメカが丁寧に説明をすると、女の子はトマーテという言葉を聞いて分かり易く困り顔。母親も苦笑しているので普通に嫌いな食材なのだろう。

「少しだけつけて食べてみて、美味しくなかったら吐き出しちゃっていいですよ」

「いいの!?」

「いいですよ。でも一度だけ挑戦してみてもらえると嬉しいです」

 吐き出していい、という言葉に後押しされて女の子が試食用のものにケチャップを付け、意を決して一口。ギュッと目を瞑っていた女の子の表情はみるみる明るくなり、さらにはソースを指に絡めてそのまま舐めはじめた。

「え!? ちょ、ちょっとティナ!?」

「お母さん、これおいしい! ティナこれがいい!」

 突然の子どもの行動に母親が慌てるが、ヒメカはニコニコと接客スマイルでアメリカンドッグにケチャップをかけて渡した。

「お買い上げありがとうございます。落とさないように気を付けてくださいね」

「うん!」

 両手でしっかりとそれを受け取る女の子は、待ちきれずにその場で噛り付き、幸せそうに頬張った。

「お母さんも! はい!」

「あら、いいの?」

「うん!」

 女の子から「あ~ん」ち差し出された母親も、一口食べるなり目を見開いた。

「あら美味しい!」

「でしょ!」

 満足そうに胸を張る女の子。母親はお礼を言いながら頭を撫で、ヒメカにもう1本注文した。ソースは吟味した結果チリソース。お客様第一号のお礼に、ヒメカはケチャップを小瓶に詰めて渡すと、満面の笑みと感謝の言葉が返って来た。そして親子はアメリカンドッグを頬張りながら仲良く連れ立ってその場を後にした。



 その後も比較的のんびりとしたもので、たまに客が来ては試食をしてそのまま購入の流れになることが多い。そうして何人かのお客様を見送った店員達も緊張が解けてきた。

「おはようございます。朝からやるとおっしゃっていたので出勤前に寄らせていただきました」

 そんな時間にやってきたのはマルスラン。昨日、屋台を出す手続きをした時に会っているので、ヒメカ達が朝から出店することを知っていたのでやってきたのだそうだ。

「ありがとうございます! 何本になさいますか?」

「3本お願いします」

「ソースはどうしましょう?」

「ケチャップマスタード、チリソースのみ、あともう1本は何もつけずにお願いします」

「かしこまりました。銅貨3枚でございます」

「はい」

 ヒメカが注文を受けると、テオはすでにたっぷりの油に生地を付けたウインナーを3本投入しきつね色になったら油きり用の網付きバットに乗せてソース班へ渡す。それを受け取った孤児院の子達がしっかりした手付きでソースをかけ、会計を終えたマルスランに手渡した。

「お買い上げありがとうございました」

『ありがとうございました!』

 マルスランは頷くと、待ちきれないとばかりにそそくさとテーブルのある一角へ向かっていった。



 その後も、朝からやっている飲食系屋台として、忙しくはないが暇でもない状態で、来てくれた知り合いと軽く会話を楽しんでいると、だんだんと飲食エリアが賑やかになってきた。

「これからお客様が増える時間だから、落ち着いて頑張りましょうね」

『はい!』

 基本的な仕事の流れは朝の内にしっかり実践できた。特に、働いたことがない孤児院の子ども達は最初こそ緊張した様子だったが、1人2人と対応する内に落ち着くことが出来た。客のほとんどがヒメカやテオの顔見知りだったのも大きいだろう。そういった意味でも朝からの出店は正解だったようだ。

 そして予想通り、客が一気に増えて店の前には行列が出来ていた。

「どっちがケチャップでチリソースだったっけ!?」

「こっちがケチャップよ。マスタードもお願いね」

「えっと、次は……」

「チリソースのみでOKよ。その次は全種がけをお願い」

 テオが注文を受けながら油の満たされた鍋にアメリカンドッグを次々投入し、揚がった物から順に孤児院の子達や学院生組がソースをかけ、ジェードとユウトが会計を終えた客に商品を渡していく。

「ここの屋台がおいしいんだってー」

「凄い行列だなー。諦めて別の店行く?」

「俺は並ぶ! 見たことない屋台だし今日しか食べられない可能性もある!」

「あれ? お前さんさっきも並んでなかったか?」

「食べ終えた!」

 行列を見て並んでみる人、口コミを聞いてやってきた人、リピーター等々。回転率は悪くないのだがそれ以上に客が集まってしまっている。

 人が集まると、困ったことにガラの悪い人もやってくるわけで。

「あぁん? 俺が頼んだのはチリソースだぞ! これはケチャップとかいうやつだろーが!」

 こういう輩はやたらと声が大きい。奥でソースをかけた子ども達が驚いてビクリと肩を震わせるが、会計を担当していたユウトがさりげなく男の視界を塞ぎ、ヒメカが子ども達に声をかけて落ち着かせながら、すかさずチリソースのアメリカンドッグを用意した。

 ちなみに、男が注文したのは紛れもなくケチャップである。

「1本銅貨1枚」

「いいから早く寄越せ!」

「支払いが先です」

「あぁん?」

 支払いが済んでいない為、ヒメカはまだ商品を渡さない。それに対して、いかつい顔で男が凄むが、姉弟には全く効果がなかった。

(ところで「あぁん?」ってこの人の口癖なのかしら?)

(……やめて、笑いそうになる)

 笑いを我慢するために若干ユウトが顔を俯かせると、男はそれを怯んだと判断したのか、さらに攻勢に出てきた。

「注文間違えたんだからタダでよこせ! ああ、折角だからそっちのも貰ってやるよ。俺に感謝しろよ~?」

「注文は間違えていませんし、ソースの変更には応じました。代金を支払わないならどうぞお帰り下さい。これ以上は営業妨害です」

「うるせー! テメーは黙ってろ!!」

 笑顔できっぱりと男の要求を撥ね退けたヒメカだが、なにせ見た目に迫力がない。残念ながら男を止めることが出来なかった。

「それはつまり買うつもりはないと?」

「あ゛!? いいからさっさと――――ひぃっ!」

「よお。後ろがつかえてんだから買わねえならさっさとどいてくれよ」

 寄越せ、という言葉は発せられることなく、いきなり肩を掴まれた男が振り返ると、そこには男より背が高く、しっかりと鍛えられた肉体の冒険者の姿があった。

「ぅ……ぁ……」

 青ざめる男の肩はミシミシと音が聞こえそうなほど強く握られていて、強面冒険者に睨まれて滝のように汗が噴き出る。

「で、買うのか? 買わないのか? ――――はっきりしろ」

「っす、すみませんでしたあああ!!」

 男は脱兎の如く逃げ出した。そして拍手喝采が起きる。

「冒険者の兄ちゃんよくやった!」

「かっこよかったぞー!」

 何故だか女性より男性の歓声が大きいが、それはいいとして。冒険者の男は若干照れたように頭を掻いた。

「エルゲさん、ありがとうございました。お礼になるかはわかりませんがコレ持って行ってください」

 ヒメカはそういうと、逃げた男のせいで余ったアメリカンドッグ2本と、従業員用に冷やしておいた果実水を差し出した。

 エルゲ――少し前にダンジョンで姉弟に助けられた『シルバーアックス』の盾役――は、パーティメンバーの分もあるからと一度遠慮したが、並んでいた客が順番を譲るというので追加で6本購入していった。

 お礼代わりにそれもタダにしようとしたが、エルゲはきっぱりと断って支払いを済ませたため、他の客からの好感度は鰻登りであった。



 ひと騒動あったものの、その後は相変わらず大忙し。

 たまにガラの悪い人もいたが、少しでも騒ぎを起こそうとすれば背後で待っている客からの「買わないならさっさと退け」という無言の圧力がかかるので、何も言わずにすごすごと立ち去るか、普通に購入していく。

 その圧力を無視する猛者も、何故か現れる屈強な冒険者(毎回違う)に背後から声をかけられどこかへ連れて行かれてしまうので、忙しい以外は平和そのもの。

「あ! ニコライ先生!」

 昼の鐘が鳴る少し前、ニコライが予約分を受け取りにやってくると、列整理をしていたギルがいち早く気が付いて、同じく列整理をしていたナストに一声かけてニコライの方へやってきた。

「これはまた随分と繁盛しておるのぅ」

 ニコライは屋台の前の埋め尽くす客を眺めながら顎鬚を撫でつける。

「朝はそうでもなかったんですけど、どんどん増えてきて。でもカルロは想定の範囲内だって言ってました」

「そうかそうか。それは予約しておいて正解だったのぅ」

「あ、先生の分が出来てるかヒメカさんに確認してきますね! 予約分は列に並ばなくていいので少し待っててください!」

「おお。それは助かるわい。ではそこで待たせてもらうとしよう。慌てずともよいからの」

「ありがとうございます!」

 ギルはニコライに手を振り、屋台の方向へ駆けて行った。

「お待たせしました!」

 少ししてギルが戻ってくると、手には予約分である20本のアメリカンドッグとそのソース3種が入った籠を渡し、ニコライは代金を支払った。

「お買い上げありがとうございます! それと、これも良ければどうぞ。ポタの果実水です」

「む。貰ってもよいのか? 売り物じゃろうに」

「果実水は売り物じゃないです。従業員用なんですけど、多めに用意してくれてるので。冷えてて美味しいですよ」

 困ったさんを片付けてくれた冒険者達へのお礼にもなっている冷えた果実水。ニコライには予約特典ということで持っていくようにと渡された物だ。

「ふむ、ではありがたく貰っておこうかの。すまんが礼を言っておいてくれるか? 今は忙しそうだしの」

「わかりました。ちゃんと伝えます!」

「うむ。ギル坊も頑張るんじゃぞ」

「はい!」

 ニコライはギルの頭を撫でると、籠ごとマジックポーチへ収納して去っていった。



「すみません! 残り20本です!」

 午後1時を回る頃、早くも在庫が残り少なくなってしまったために、残り本数を申告するテオ。客にも聞こえる声で言ったので、列の後ろの方は諦めて解散していった。

 その残りの20本もあっという間に消え、最後の1本を手に入れた者は歓喜の舞を踊り、手に出来なかった者達は崩れ落ちた。

「はっはっはー! 最後の1本はいただくぜ!」

「ちくしょー!!」

「お前に人の心はないのか!」

 勝者(購入者)は敗者を見下ろしながら、目の前でかぶりつき、敗者はただただ地に伏しながら恨めしそうに眺めるばかり。このまま喧嘩が始まりそうな雰囲気はなかったので、ヒメカ達は店仕舞いを始めた。

「あの! また屋台を出す予定はありますか!?」

 どうにか立ち上がった者が涙目でそう言うと、代表してヒメカがその問いに答える。

「そうですねー、少なくともあと2回出店する予定ですがメニューは違います。それにいつ出店するかはまだ決まっていなくて……申し訳ありません」

「そんなぁ……」

「いや! 落ち込むのはまだ早い!」

「そうだ! 次回の食い物も美味いはずだ!」

 復活した敗者達も立ち上がり、次回に向けて奮起するように拳を握る。

「うーん……それなら試食してみますか? 次回は試食はなしにしようと思っていたので特別です」

 あまり深く考えずに言ったヒメカの言葉に、勝者も敗者達も大喜び。

「おい! お前は最後の1本を買えたんだから遠慮しろよ!」

「へへーん、嫌なこった!」

 敗者達による盛大なブーイング。

「騒ぐなら試食はなしにしますよ?」

 一瞬で静かになったことで、ヒメカは小さく笑いを漏らし、マジックポーチから照り焼きバーガーを取り出して一口大に切る。崩れないように爪楊枝で刺し、店先で大人しく待っている男達に差し出した。

 男達は素早い動きでそれを口へ放り込み、咀嚼する。

「…………ぅうめえええ!!」

「なんだこれ!? なんだこれ!?」

「噛むたびに口の中に肉汁が溢れ出す柔らかい肉の塊に絡む濃厚なソース! 何だかそのまま食べたくなるこの白いソースは何だ!? しゃきしゃきした新鮮な野菜が食感を与えてなおかつソースの受け皿に! この野菜の雑味の無さはロザリア産? しかしそれにしては新鮮過ぎるが、とにかく美味い! そして上下をパンで挟んでいるが柔らかい食感にしてあるのは歯を入れた時に具と一緒に噛みきれるようにという配慮なのか? 腹持ちという面ではやや残念ではあるが全体のバランスを考えたらこの方がいいかもしれん!! なによりこんな食べ物生まれて初めてだ! まさに至高!! ぜひ丸々1個……いや3個は食べたい!」

 急にペラペラと話し出した男に、他の人達は一歩退いたため、饒舌になった男の回りに謎の空間が出来た。

「……いや、お前誰だよ? いきなりどうした? 頭打ったか?」

 1人が勇気を振り絞って声をかけると、かけられた方はケロリと返事をする。

「衝撃を受けたという意味では正解だが頭は打ってない! 正常だ! そして俺は最低一日一食はここの屋台で飯を食ってる屋台マイスター! 常連の屋台は当然の如く制覇済み! 不定期、ないし初見の店は確実にチェックしている! ここのも2回ほど並び直してソース全種制覇したぞ!」

「はあ!? そんだけ買えば充分だろ! 何、敗者面してんだよ!」

「3回目で買えなかったら充分敗者だろ!! 勝者は黙ってろ!!」

 勝者と屋台マイスター(自称)のくだらない舌戦が始まりそうだったが、パンッと手を叩く音で終息した。言い争っていた男2人がそろりと音のした方に顔を向けると、良い笑顔のヒメカが立っている。

「気に入っていただけのは大変ありがたいですが、片付けがありますので解散をお願いします。見物人やまだ販売していると思って人が集まってしまっているので」

 男達が後ろを振り向くと、ちょっとした人だかりが出来ていた。

「「す、すみません……」」

 我に返った男達は一言謝罪してその場を立ち去った。別の場所で喧嘩の続きをしないかと、店員達は少し心配そうに見送ったが、どうやら意気投合した様子で数m先では笑いながら肩を組んで仲良く屋台めぐりをしていたので、片付け作業に戻った。

「すみません! 本日完売しました!」

 店先ではギルとナストが『完売』と書かれた即席プレートを掲げながら、集まって来ていた人達を解散させる。屋台の解体作業が終わるまではそのまま店先に立ってもらうことにして、さっさと片付けをしてしまうことにした。

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