第二十一翼 破壊の翼
佑助が意識を取り戻した時、そこは総隊長の宇宙船の中だった。隣には右頬にガーゼの貼られた軌跡。前の席にはちょっとにやけ顔の守。コックピットには珍しく大和が座っている…やがて佑助は身体中の痛みが無くなっている事に気付いた。声は…まだ出ないか…。
「直に出るようになるさ…声。」
軌跡が話始めた。
「丁度俺たちが治療ポットから出た時、お前からの緊急コールが鳴ってな…駆け付けてみたらお前が倒れてたって訳よ。」
軌跡は自分の長剣を眺めている…。
「俺の村雨も無くなってたし。どうせお前が単独で父上の所へ行ったんだろうとは踏んでいたがな…。」
大和は黙ったままだ。まだ声がでないのだろうか?守がゆっくり溜め息をついた。
「んで俺らがユウを連れてこうとしたらあっちの将軍様の死体を回収しようと来てた機械兵の大群と鉢合わせになって…この有り様よ。」
よく見ると守の血まみれの制服に新しい破けた跡がある。戦闘を行った後のようだ。
「…いや、ゴードンは死んでいたかは決定事項ではないな。」
それまで黙っていた大和が急に喋りだした。なんだ喋れるんじゃねーか…。
「んだよ…大和まで…あの様子じゃあ死んだも同然だぜ?」
確かにゴードンは目の前で大量の血を噴き出して倒れた…普通の人間ならあの出血量…即死レベルだ。
「しかし相手は正体不明の生物だからな…。」
軌跡の言う通りだ。ゴードンは人間ではない。少なくとも奴は宇宙空間で呼吸していたのだ…俺と同じように。しかし空気を必要としない生物の可能性も…。
「でも相手も元人間だろ!?…流石にあの怪我じゃあ…。」
守が熱くなっているところを軌跡が制した。
「まぁ、ここで討論していても仕方ない。ここはGCに帰ってから報告しよう。」
守も黙って頷いた。こいつ…軌跡に対してだけは従順だ。
「しかし、ボスはどこに…。」
大和が小さく質問してきた。
「俺と佑助が大和達をここに運んできた時には確かにあそこに居たんだがな…。心当たりあるか佑…ってまだ話せない…か。」
佑助は喉の調子を確認した。よし…これなら…。
「い、いや。大丈夫だ…。話そう。」
佑助は軌跡達が治療ポットで眠っている間に起こった事を全て話した。みんな真剣な眼差しで佑助の話すこと一つ一つに相槌を打ってきた。やはり、ボスの安否は第一か…。
「…なるほどな。佑助が握っていた剣の意味がやっと分かった…。なんとなく持ってきたが…。」
佑助は船の端に掛けられた聖剣を見つめた。あの時感じた神々しさはなくどこにでもある剣にしか見えない。…あの声…どこかで…。
「ボス…大丈夫か…?」
大和は心配そうだ。大和も身寄りのない子供の時、ボスに引き取ってもらった身…。本当の父の様に想ってきたのだろう。
「…分からん…その父上に吸い込まれていった黒い龍ってのが気になるところ…。」
「今んとこ打開策なし…か。まぁ悩んでてもしゃーないし、GC到着待つしかないか。」
守もなんとなく落ち込んでる感じだ。
「しかも、GCも連絡つかないしなぁ…。」
大和がぼそっと言った。
「そうなのか?」
まだ喉の調子は完璧とは言えない。しかしあの傷をこの短時間で…治療ポットは予想以上の働きをしてくれた。
「ん?あぁ…佑助にはまだ言ってなかったか。何故かGCと通信が繋がらないんだ…。原因は…。」
「ただの接触不良かなんかによるシステムの不具合だよ。」
守が割って入ってきた。どうもそう言う事にしておきたいらしい。しかし、GCの通信インフラの管理は6番隊の管轄だ。完璧主義の6番隊がミスなどあるのだろうか…。
佑助にはいやな予感がしていた。GCの様子がおかしい…。
「とにかく、GCに着くことが先決だな。」
軌跡がその場を落ち着かせる。この人の発言力には凄いものがある…。
「しかしこのエンジン、調子が…。」
大和はあんまり運転が得意でない。なんで医学得意な大和が苦手なのかいまいち分からんが…。守がバカにした顔で話す。
「だから、この船は救命用の船なの!治療ポット四つも積んでいたら遅くもなる…。」
さすが守…乗り物系にはとことん詳しい。
確かにこの機体…暗殺部隊専用機より大分速度が遅い。治療ポットが積まれていてはあまり速度も出せないってわけか…。
「だが運転魔性のお前に任せるわけにもいかないだろう。全員、要安静なのに。」
軌跡は呆れ顔だ。しかしやはり父親の事が気になるのか明らかに不安そうな面持ち。
「分かってるよ…。はぁ…。」
佑助はこっそり軌跡に話し掛けた。コックピットでは守と大和が言い合いをしている。
「やはり、気になりますか?隊長。」
「まぁな…。あいつらだって内心は不安だろうし…。佑助…お前だってそうだろ?」
軌跡の視線は宇宙の遠くの方を捉えて動かない。
「そうですね。今までにない状況です…。GCにも少なからず影響がでるでしょう…。」
すると軌跡は少し顔を歪めて言った。
「GCにはこの事は報告しない…。あくまで父上は生きている事にしなくては。混乱は免れない…。」
軌跡に取っても苦渋の決断だろう。酷ではあるが確かにそれがもっともな選択である。
「それに…佑助に聞こえた女性の声とあの剣の力…。それも気になるしな!」
軌跡は佑助と目を合わせてゆっくり口角を上げた。この笑顔に何度助けられたか…。
「そうですね…。」
しかし不確定要素が多すぎる。この状況…なにか大きな力が働きかけているようにしか思えない。
「もう少しでGCが見えてくるはずだぜ。」
守が言った。こいつの運転する乗り物には暫く乗りたくない…。
佑助はそっと窓の外を見た。木星と土星…それに火星が遠くにちょっと見える。それ以外は何もない…空気すら存在しないのだ。宇宙の闇を見ていると人間と言う生き物の小ささを改めて感じる…。こんな大きな宇宙の中で小さな人間が争い殺し合っていると考えると何だか惨めな思いすらしてくる。俺らが戦ってるモノってなんだろう?