第8話 稽古のない時間
次の日の午後は、稽古がなかった。
二階の居間へ行くと、妹が敷物の上に座っていた。木箱から出した積み木を、膝の前に広げている。母上もその隣に座っていた。
「にいさま! こっち!」
妹が床を叩いたので、僕は向かいへ座った。四角いものや、長いもの、赤く塗った三角のものがある。
「何を作ってるの?」
「おうち」
妹が指した所には、積み木が三つ並んでいた。まだ屋根はない。母上はその横に、もう一つ家を作っている。
「母上も?」
「ええ。私は、こっち。アルヴィンは何を作る?」
「僕は、高いのにする」
四角い積み木を二つ並べ、その上に長いものを載せた。もう一段、同じように積む。座ったままでも、まだ上に手が届く。
母上の家より、ずっと高くしたかった。
「にいさま、これ」
妹が赤い三角を差し出した。
「まだ。もっと高くしてから載せる」
「これ、上だよ」
「うん。最後にね」
妹は三角を膝へ置き、今度は長い積み木に手を伸ばした。僕が下の段に置いたものだ。
「あっ、それは取らないで!」
端が少しずれて、上の積み木が揺れた。両手で押さえると、妹の手が止まった。
「道にするの」
「それ、今使ってるから。取ったら倒れちゃうよ」
「長いのがいい」
箱のそばから、四角いものを拾って差し出した。妹は受け取らず、僕の手と積み木を見比べた。
「それじゃない」
「これも並べられるよ」
「長いの!」
僕だって、長いのを使いたい。妹の前にも一つあるのに。
「そこにあるだろ」
「もっと、いるの」
妹は自分の前の積み木から、床を指でなぞった。僕の膝の手前まで来て、そこから母上の方へ曲がる。
ずいぶん長い道を作るつもりらしい。
「僕の前にも置くから、道はこっちにして」
自分の膝の横を指すと、妹はその場所へ一つ置いた。すぐに次をつなげようとして、空いている手で積み木の山から長いものを探す。
「母上、長いの、ない」
「私の足のそばにもあるわ。これかしら?」
「それ!」
母上が渡すと、妹は並べかけていた所へ戻った。僕はずれた積み木を真ん中へ直してから、次の段を載せた。
今度は自分の目より高くなった。少し背筋を伸ばせば、一番上が見える。
「母上、見て。こんなになった!」
「あら、高いわね。もう屋根を載せる?」
「もう一つだけ」
上から手を離した。揺れていない。箱のそばには、まだ四角いものが残っていた。
取ろうと伸ばした手が、妹の並べた積み木に当たった。
「ここ、道!」
「さっきはなかったじゃん」
「道なの」
さっきまで何もなかった所に、積み木が二列に並んでいる。間を、木の小さな馬車が通っていた。
僕は手を上げて、その向こうの積み木を取った。
「ほら、触ってないよ」
「うん。こっち、行ってくる」
妹は馬車を押して、母上の家へ向かった。車輪が長い積み木の角へぶつかると、持ち上げて越えさせている。
「着いた!」
「いらっしゃい。……あら、まだ屋根がなかったわ」
母上が赤い三角を探した。僕の横にもあったので渡そうとしたら、妹が先に両手で抱えた。
「それ、にいさまの」
「そうだったわね。じゃあ、私のはどこかしら」
僕も床を見た。箱の陰に、赤いものが少し見えている。
「母上、そっち。箱の後ろ」
母上は手を伸ばし、三角を拾った。
「あった。これで私の家もできるわ」
屋根が載ると、妹が馬車から何かを下ろす真似をした。空の手を母上へ差し出している。
「お菓子、持ってきたの」
「まあ、嬉しい。何のお菓子?」
「赤いの」
「果物が載っているのかしら」
「うん。いっぱい」
「では、一ついただこうかしら」
母上が妹の手からつまんで、口へ運んだ。僕も馬車の方へ手を伸ばした。
「僕のもある?」
「にいさまのは、あと」
「なんで?」
「そっちまで、行くから」
妹が僕の作ったものを指した。道はまだ、そこまでつながっていなかった。
僕は取っていた四角いものを、一番上に載せた。もう、一番上の面は見えない。横へ顔を寄せ、落ちない所まで少しずつ押した。
「屋根、ちょうだい」
「わたしが載せる!」
妹は赤い三角を持ち上げた。けれど、その手は上まで届かない。
「にいさま、ここに。ここ!」
「分かってるよ。貸して」
「わたしも持つの」
妹が立ち上がった。僕も膝をついて、赤い三角の端を持つ。二人で上げると、妹の手が途中で離れた。僕はそのまま、一番上へそっと載せた。
赤い屋根が、僕の頭より高い所にある。
「載った!」
「わたしの赤いの!」
「うん。ちゃんと上にあるよ」
少し離れて座ると、全部が見えた。下からずっと積んで、最後は赤い三角だ。
妹はもう馬車へ戻っていた。母上の家から馬車を押して引き返し、僕の前で止まる。
「お菓子、着いたよー」
「僕の分?」
「うん。食べて」
差し出された手から、一つ取る真似をした。妹は僕の口元をじっと見ている。
「……甘い」
「もっと、あるよ!」
妹が馬車を指した。僕はもう一つ取ってから、母上の方へ手を伸ばした。
「母上にも。こっち、いっぱい載ってるから」
「ありがとう。大きい方をもらってもいい?」
「いいよ。こっちのが大きい」
何も載っていない掌を、母上の手に近づけた。




