第6話 足が先に動く
父上に稽古のことを聞いてから、数日がたった。
朝、マルタと訓練場へ行くと、ラウルが待っていた。僕が近づくと、こちらへ向き直って頭を下げた。
「おはようございます、若君」
「おはよう。今日はラウルとやるんだよね?」
「はい。まず、閣下に教わった動きを見せてください」
「父上、僕の足のこと、言ってた?」
「ええ。オスカー様から伺いました。剛躯と霆嵐をお継ぎになったことも。剛躯はまだ使わず、足の置き方と止まり方を教えるように、と」
父上の話が、ちゃんとラウルに伝わっていた。僕はラウルの前へ出た。
「右の足が、近くなっちゃうんだ」
「動く前は、どう置いていますか?」
「こう」
左足を前にして、右足を後ろへ置いた。膝を少し曲げ、下を見る。
もう少し、広かったはずだ。
右足を少し後ろへ引いた。父上に直してもらった時は、これくらいだった。
「これでやる」
「はい。では、私の手に触って、そこで止まってください」
ラウルが掌を差し出した。父上とやった時と同じくらいの高さだ。
左、それから右。
手に触るのを急ぐと、足を寄せすぎる。父上にも、まずはゆっくりだと言われた。
少しだけ前へ踏み出した。
指がラウルの掌に触れる。後ろの右足を寄せて、近くなりすぎない所で止めた。
顔を上げたまま、少し待った。
もう一歩、出さなくても立っていられる。
「……止まった」
「はい。今は、足を直さずに止まれました!」
下を見た。左足が前で、右足が後ろ。始めた時と同じくらい、間が空いている。
「ラウル、見てた!? 今、もう一歩出なかった!」
「ええ。最初にご自分で立ち方を直したのも、よかったです」
足を動かさないまま、もう一度ラウルを見た。
できた。父上に見せたかった止まり方が、一回できた。
「もう一回やる!」
「では、元の場所へ――」
ラウルが言い終わる前に、僕は後ろへ戻った。今の広さを忘れないように足を開き、すぐに顔を上げる。
さっきと同じにすればいい。
ラウルが手を上げかけたところで、僕は踏み込んだ。
今度も届いた。けれど、右足が左足のすぐそばまで来てしまう。体が前へ傾いて、慌てて足をもう一つ出した。
「あっ……」
「若君、そのままで。今は直さずに、足を見てください」
右足が、前へ出ていた。
「さっきは、できたのに」
「はい。さっきは止まれました。今のは、右足を前へ運びすぎています」
「同じにしたんだけど」
「同じくらいゆっくり動きましたか?」
ラウルの手を見た。手が出たら、すぐ触ろうと思っていた。さっきは、足を寄せる時も急がなかった。
「……今の方が、速かった」
「ええ。もう一度できそうだと思っても、始める前に立ち方を確かめましょう」
「確かめたよ。戻って、こうやって開いた」
「失礼しました。そうでしたね。そのあと、私の手が止まるのを待っていましたか?」
首を振った。ラウルの手が上がりきる前に、左足を出していた。
「手が止まる前に、足が動いちゃう」
「では、今度は手が止まるまで待ってください。動くのは、それからです」
ラウルが元の場所を指した。僕は戻り、足を置き直した。
すぐにやりたかったけれど、今度は待つ。
ラウルの掌が上がる。
まだ。手が止まるまで、左足を動かさなかった。
手が止まったところで、ゆっくり踏み込んだ。指が届いてから、右足をゆっくり寄せた。足と足の間を残して、止まる。
指を離した。今度も、足を直さず立っていられた。
「止まった! もう一回できた!」
「はい、できましたね! 今度は急がずに、足も止められました」
「もう一回やりたい!」
「もちろんです。先に水を飲んで、少し休みましょう。次も今の速さですよ」
「うん!」
ラウルが手を下ろした。僕も足をそろえ、テーブルへ戻った。マルタがグラスを持って待っている。
「水、ちょうだい」
「はい、坊ちゃん」
水を飲みながら、訓練場を見た。さっきみたいに動けば、また止まれそうだった。
ラウルもテーブルのそばへ来た。
「父上にも見せたい! 足、直さずに止まるところ」
「ええ。次にご一緒に稽古をなさる時には、ぜひ」
「ラウル、次も見ててね。何回やっても、ちゃんと止まれるようにしたい」
「では、そのための稽古を続けましょう。私もお手伝いいたします」
もう一口飲んでから、マルタへグラスを返した。
「今日、二回できたんだよ」
「はい。ラウル様のお声も聞こえました。よろしかったですね、坊ちゃん」
「うん。もう一回、やってくる!」
ラウルがうなずくのを見て、僕は訓練場へ向き直った。次は、手が止まるまで待つ。足が先に出そうになっても、次も待てる気がした。




