第4話 母上の指先
父上と稽古をした次の日の午後、今度は母上と訓練場へ向かった。
「母上、今日は雷?」
「ええ。楽しみにしていたでしょう?」
「うん! 僕も出してみたい」
母上とつないでいた手を離して、先へ走った。
昨日、父上と練習した場所を通り過ぎる。訓練場の奥には、砂を敷いた石の台が置かれていた。その上に、厚い木で作った的が立ててある。
僕は的を指して、母上の方へ振り返った。
「これに当てるの?」
「そうよ。アルヴィン、こっちへ来て。私の横で見ていてね」
母上のそばへ戻った。後から来たマルタは、母上に言われて僕たちの後ろへ下がり、通路の脇に立った。僕たちと的の間には、誰もいない。
母上が右手を上げた。
人差し指が、的の真ん中を指している。僕もそっちを見た。
ぱちん、と音がした。
白い光が指先から的へ走り、すぐに消えた。僕が口を開けたまま見ていると、母上は手を下ろした。
「えっ、今の!?」
「見えた?」
「見えたけど、もうない!」
指と的を交互に見た。母上の指は、さっきと同じだ。
的には、黒い跡ができていた。真ん中の、小さな丸い所だけが焦げている。
「あそこ、黒くなってる」
「雷が当たった所ね」
「指から、あそこまで?」
「ええ。ちゃんと見ていたわね」
母上が僕の隣にしゃがんだ。
「今のは弱くして出したの。それでも、あの的を焦がすくらいの力はあるわ」
「もっと大きいのも出せる?」
「出せるけれど、ここでは使わないわ。台だけで済まなくなるもの」
僕は台の後ろまで見た。母上はあの小さな所だけに当てたけれど、大きくしたら、その後ろにも届くらしい。
「僕のも、あれくらいにする」
「そうね。雷を小さく出すには、使う魔力を少なくするの。今日はまず、自分の魔力を感じて、手の方に集めてみましょう」
僕は右手を上げ、母上と同じように指を伸ばした。
母上の手が、僕の肘を下から支えた。
的の黒い所を狙う。母上の雷は、ここから出た。僕にも同じ力があるんだから、出るはずだ。
指先にぐっと力を入れた。
何も出ない。
今度は腕にも力を入れた。それでも、指は光らなかった。
「アルヴィン。そんなに力を入れなくていいのよ」
「でも、出ない」
「今は出さなくていいの。まず、手を楽にして。このまま、指を少し曲げてみて」
言われたとおりにすると、ずっと伸ばしていた人差し指が少し痛かった。
「力を入れすぎていたでしょう?」
「……ちょっと」
「ふふ。早く出したかったのね」
うなずいた。あんなふうに光が飛ぶところを、僕の手でも見たかった。
「手に力を入れるのと、魔力を手に集めるのは違うの。今度は的を見なくていいわ。自分の手を見て」
僕は掌を上にした。
「魔力って、どこにあるの?」
「体の中よ。普段は気にしていなくても、そこにあるの」
「父上が言ってた、体を強くするの?」
「ええ。それと同じ魔力を、今度は自分で動かしてみるのよ」
母上の人差し指が、僕の手首に触れた。そのまま、ゆっくり掌の真ん中へ動く。
「この辺りにある魔力を感じてごらん。指は動かさなくていいのよ」
母上の指が離れた。
僕は掌を見つめた。筋が何本かあって、指の下には丸く膨らんだ所がある。でも、雷になりそうなものは見えない。
「見えないよ」
「目で探すんじゃないの。手を見ていなくても、指を曲げたら、曲がったのが分かるでしょう?」
人差し指を曲げた。
「分かる」
「今度は動かさずに、手の中へ意識を向けてみて。すぐに分からなくても大丈夫」
指を戻した。母上は僕の肘を支えたまま、待っている。
手の中。指よりも、もう少し下。
そこを意識していると、掌の奥に、かすかに何かがあるような気がした。母上に触られた時とは違う。表側じゃなくて、もっと中の方が、むずむずする。
「母上、ここ……」
「何か感じた?」
「中が、変。むずむずする」
「痛い?」
「痛くない。なんか、動いてるみたい」
母上は僕の掌を見てから、顔を見た。
「今感じているものを、人差し指の方へ動かしてみましょう。手には力を入れないでね」
掌の中から、指の方へ。
母上がなぞった所を思い出した。さっきの感じが、少しだけ指の付け根へ寄った気がする。
僕は的を見た。
今なら出るかもしれない。
指をまっすぐ伸ばしかけると、母上が声を掛けた。
「まだよ。今、どうなっている?」
もう一度、自分の手へ意識を向けた。
さっきの感じが、よく分からなくなっていた。
「……なくなった」
「どこにあるか、分からなくなったのね」
「的を見たら、分からなくなった」
「それなら、今は手の方を確かめましょう。雷を当てるのは、まだ後でいいの」
母上が、僕の伸ばした指を軽く曲げた。
「母上は、的を見てたのに」
「私は、手を見ていなくても魔力を動かせるの。あなたは今、自分で探しているところでしょう?」
さっきは、母上の指からすぐに雷が出た。僕はまだ、どこにあるかも分からなくなる。
的を見るのをやめた。
今度は、母上に支えてもらわずに手を上げた。肩を下げて、指を少し曲げる。掌の中へ意識を向けると、さっきのむずむずする感じが、また少し分かった。
そのまま、人差し指の方へ。
急に出そうとせず、少しずつ。
「……ここまで」
左手で、右の人差し指の付け根を示した。
「そこまで動いた感じがしたのね?」
「うん。でも、ここから先は分かんない」
「ええ。どこまで分かったか、覚えておきましょう」
母上は立ち上がった。僕も手を下ろす。
「今日はそこまでにしましょうか」
「雷、出なかった」
自分の指先を見た。母上と同じようにしたのに、光も音も出ていない。
「でも、初めは何も分からなかったでしょう?」
「今は、ちょっと分かる」
「それなら、次はそこから始められるわ。私にも、どんな感じがしたか教えてね」
母上が僕の右手を取った。
「今日は腕にも力を入れていたから、少し休ませましょう」
指を曲げたり伸ばしたりしても、もう痛くなかった。さっき感じたものも、手を下ろしているとよく分からない。
「あの的、近くで見てもいい?」
「見るだけならね。まだ触らないで」
母上と一緒に台へ近づいた。
焦げ跡は、僕の親指の爪くらいの大きさだった。周りは元の木の色のままだ。あんなに離れた所から、ここだけに当てたんだ。
「母上、真ん中だ」
「真ん中を狙ったもの」
「僕も、ここに当てたい!」
的に触れないよう、少し離して指した。
「そうね。出せるようになったら、ここへ当てる練習もしていきましょう」
僕は右手を見た。掌の中から、指の付け根。その先まで動かせたら、母上みたいに雷を出せるかな。
「マルタ、母上の雷、見えた?」
通路へ戻ると、マルタがうなずいた。
「はい。的に当たったところも、よく見えましたよ」
「これくらい、黒くなってた!」
爪を見せると、マルタは的の方を見た。
「まあ、そんなに小さな跡だったのですね」
「僕も、あそこに当てるんだ」
母上が隣で笑った。
「その前に、魔力を動かす練習よ」
「うん。指の先まで」
僕は人差し指を立てた。母上がその先へ、自分の指をそっと合わせた。
「ええ。ここまでね」




