↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武門侯爵家の嫡男 ~二つの血を継ぐ貴族の一代記~  作者: HATENA 
第一章 名を得た若君

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/13

第3話 父上と同じように

 名前をもらってから、三日がたった。


 朝ご飯を食べ終えると、マルタと一緒に館の訓練場へ向かった。戸口から父上の姿が見えたので、僕は先に駆けていった。


「父上!」

「おう、アルヴィン。来たな」


 父上は上着の袖をまくり、訓練場の端で待っていた。剣は持っていない。僕も今日は手ぶらだ。父上と一緒に稽古ができると思うと、早く始めたくなった。


 マルタが水差しとグラスを近くのテーブルへ置いた。


「お水はこちらにご用意しております」

「ああ、ありがとう。アルヴィン、まずは俺を見ていろ」


 父上が数歩離れ、片足を前へ出した。膝を少し曲げたと思ったら、土を蹴る音がした。


 次にはもう、ずっと先に立っていた。


「はやい!」


 一歩で、あんな所まで進んでいる。父上は振り返ると、今度は普通に歩いて戻ってきた。


「僕も、やってみたい!」

「よしきた! 今度はゆっくりやるぞ。俺の足をよく見ておけ」


 父上が僕の隣に立った。左足を前へ出し、右足を後ろに置く。前の足を運んでから、後ろの足を引き寄せた。最後は、最初と同じように左足が前にある。


「これなら見えたか?」

「うん。左、それから右」

「そうだ。やってみろ」


 僕も左足を前へ出した。父上の靴を見て、右足を後ろへ置く。足と足の間がずいぶん広くなった。


「父上、これ?」

「俺と同じだけ開かなくていい。お前の足なら、もう少し近くでいいぞ」


 右足を寄せた。父上が僕の足元を指してうなずく。


「そのくらいだ。膝も少し曲げてみろ」

「こう?」

「よし。その立ち方を覚えておけ」


 父上と並んで、同じ方を向いた。父上はずっと大きいけれど、足の置き方は同じになった。僕も前を見た。


「剛躯も使う?」

「剛躯はまだだ。魔力は、何もしなくても体を強くしてくれる。魔力が多けりゃ、それだけ力も強いし、速く動けるんだ」

「じゃあ、剛躯を使ったら、もっと速い?」

「おう、もっと速いぞ! お前はもともと魔力が多い。剛躯なしでも力は強いからな。まずはその力を加減して、狙った所で止まるぞ」

「さっきみたいに?」

「おう。その立ち方から動いて、また同じ形で止まるんだ。剣を振ったあとも、足を直さずに次へ動けるようにするんだ。最初はゆっくりだぞ」


 父上は僕の前へ回り、片手を差し出した。僕の胸くらいの高さで、掌がこちらを向いている。


「前へ出て、この手に触ってみろ。後ろの足も寄せて、さっきの形で止まるんだ」


 腕を伸ばしてみたけれど、指が届かない。少し前に行けば触れる。


「いい?」

「いいぞ」


 左足で大きく踏み込んだ。思ったよりも勢いよく前へ出て、伸ばした手が父上の掌に触れた。


 触れた、と思ったのに、体はまだ前へ進んだ。慌てて右足を出す。左足より前に出てしまったところで、父上が僕の腕を支えた。


「おっと。そこで止まるんだ」

「……触ったよ」

「おう、届いたぞ。で、足はどうなってる?」


 下を見た。右足が前で、左足が後ろにある。始めた時とは反対だった。


 左足を前へ戻そうとすると、父上が言った。


「今はそのままでいい。動いたあとにどうなったか、覚えておけ」

「同じにしたつもりだった」

「手に触ろうとして、大きく踏み込みすぎたな」


 父上が僕の腕から手を離した。僕が一人で立っているのを見てから、隣へ戻った。


「今度は並んでやるぞ。俺が声を掛ける」


 左足を前に戻した。父上も隣で構え、僕の足元を見てから、自分の足を少し寄せた。


「左、右」


 声に合わせて踏み出し、後ろの足を寄せた。父上も隣で同じように動き、僕の足元を指した。


「近いな。もう少し後ろだ」


 右足を引くと、父上がうなずいた。


「よし、その形だ」

「父上、もう一回。今度は僕だけで!」

「おう、今度はお前に任せるぞ」

「左、右って言わないでね」

「よし、黙って見ててやる」


 父上が僕の前へ回り、手を差し出した。さっきより近くて、少し踏み出せば届きそうだった。


 左、右。父上の声を思い出した。最初は大きく踏み込みすぎたから、今度は左足を小さく出した。掌には触れたけれど、後ろの足を寄せるのを急ぎすぎた。止まろうとしたところで、小さくもう一歩出てしまった。


 父上はまだ何も言わない。僕は足元を見た。今、直してもらった時より、靴と靴の間が狭い。


「右の足、寄せすぎた」

「おう。そこが分かったな」

「分かったけど……まだできない」


 父上は僕の隣へ来て、足を開いた。すぐに、あの立ち方になる。


「父上は、最初からできたの?」

「ははっ、俺も最初は行きすぎたぞ」

「父上も!?」

「何度もやったさ。そうして覚えたんだ」


 僕は父上の足元を見た。あんなに速く動ける父上も、最初は僕と同じだったんだ。


「じゃあ、僕ももう一回やる」

「よし」


 父上が僕の前へ戻り、また手を差し出した。僕は左足を前にして構え直した。


 何度か繰り返すうちに、ゆっくり踏み込めるようになってきた。それでも、止まったあとに右足を少し置き直したくなる。


「アルヴィン、そこまでだ」

「えー、もう? あと一回!」

「水飲んで休憩するぞ」


 父上がテーブルの方へ歩いた。僕も後を追い、その横を走って、先に着いた。


「まだできるよ」

「おう、その元気は次に取っとけ。今日はここまでだ」


 父上がグラスを取ると、マルタが水を注いだ。僕の分も注いで、差し出してくれた。


「どうぞ、坊ちゃん」

「ありがとう」


 飲むと、喉が渇いていたことに気づいた。もう一口飲んでから、テーブルの向こうを見た。僕たちが動いた所には、靴跡がたくさん残っている。


「父上、僕、できるようになる?」

「当たり前だろ! 俺が教えてるんだぞ。今日だって、最初より足の置き方がよくなっただろう」

「次は、ぴたりと止まりたい」

「おう、次も一緒にやるぞ!」


 僕はグラスを両手で持ったまま、うなずいた。


 早く、父上みたいに動きたかった。父上なら、手に触るだけじゃなくて、そのあともすぐ動ける。


 グラスをマルタに渡して、父上の方へ向いた。


「じゃあ、父上のをもう一回見たい」

「さっきの速いのか?」

「うん!」

「よし、見せてやる! ただし、今日は見るだけだぞ」

「うん! 今度は足もちゃんと見る!」


 父上は少し離れて、左足を前に置いた。


 さっきは、遠くへ進んだ父上の顔を見ていた。今度は、その足元を見た。


 土を蹴る音がした。


 足が前へ滑るように動き、父上はもう止まっていた。僕が慌てて出してしまう余分な一歩がない。


「もう一度、ゆっくり見せてやる」


 父上が戻ってきたので、僕はテーブルのそばを離れた。


「こっちから見てもいい?」

「ああ。よく見える所へ来い」


 父上の横へ回った。左の靴を見て、その後ろの右の靴を見た。


 父上がゆっくり踏み込んだ。前の足が地面につき、後ろの足が寄って止まる。その間ずっと、両方の靴を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。