第3話 父上と同じように
名前をもらってから、三日がたった。
朝ご飯を食べ終えると、マルタと一緒に館の訓練場へ向かった。戸口から父上の姿が見えたので、僕は先に駆けていった。
「父上!」
「おう、アルヴィン。来たな」
父上は上着の袖をまくり、訓練場の端で待っていた。剣は持っていない。僕も今日は手ぶらだ。父上と一緒に稽古ができると思うと、早く始めたくなった。
マルタが水差しとグラスを近くのテーブルへ置いた。
「お水はこちらにご用意しております」
「ああ、ありがとう。アルヴィン、まずは俺を見ていろ」
父上が数歩離れ、片足を前へ出した。膝を少し曲げたと思ったら、土を蹴る音がした。
次にはもう、ずっと先に立っていた。
「はやい!」
一歩で、あんな所まで進んでいる。父上は振り返ると、今度は普通に歩いて戻ってきた。
「僕も、やってみたい!」
「よしきた! 今度はゆっくりやるぞ。俺の足をよく見ておけ」
父上が僕の隣に立った。左足を前へ出し、右足を後ろに置く。前の足を運んでから、後ろの足を引き寄せた。最後は、最初と同じように左足が前にある。
「これなら見えたか?」
「うん。左、それから右」
「そうだ。やってみろ」
僕も左足を前へ出した。父上の靴を見て、右足を後ろへ置く。足と足の間がずいぶん広くなった。
「父上、これ?」
「俺と同じだけ開かなくていい。お前の足なら、もう少し近くでいいぞ」
右足を寄せた。父上が僕の足元を指してうなずく。
「そのくらいだ。膝も少し曲げてみろ」
「こう?」
「よし。その立ち方を覚えておけ」
父上と並んで、同じ方を向いた。父上はずっと大きいけれど、足の置き方は同じになった。僕も前を見た。
「剛躯も使う?」
「剛躯はまだだ。魔力は、何もしなくても体を強くしてくれる。魔力が多けりゃ、それだけ力も強いし、速く動けるんだ」
「じゃあ、剛躯を使ったら、もっと速い?」
「おう、もっと速いぞ! お前はもともと魔力が多い。剛躯なしでも力は強いからな。まずはその力を加減して、狙った所で止まるぞ」
「さっきみたいに?」
「おう。その立ち方から動いて、また同じ形で止まるんだ。剣を振ったあとも、足を直さずに次へ動けるようにするんだ。最初はゆっくりだぞ」
父上は僕の前へ回り、片手を差し出した。僕の胸くらいの高さで、掌がこちらを向いている。
「前へ出て、この手に触ってみろ。後ろの足も寄せて、さっきの形で止まるんだ」
腕を伸ばしてみたけれど、指が届かない。少し前に行けば触れる。
「いい?」
「いいぞ」
左足で大きく踏み込んだ。思ったよりも勢いよく前へ出て、伸ばした手が父上の掌に触れた。
触れた、と思ったのに、体はまだ前へ進んだ。慌てて右足を出す。左足より前に出てしまったところで、父上が僕の腕を支えた。
「おっと。そこで止まるんだ」
「……触ったよ」
「おう、届いたぞ。で、足はどうなってる?」
下を見た。右足が前で、左足が後ろにある。始めた時とは反対だった。
左足を前へ戻そうとすると、父上が言った。
「今はそのままでいい。動いたあとにどうなったか、覚えておけ」
「同じにしたつもりだった」
「手に触ろうとして、大きく踏み込みすぎたな」
父上が僕の腕から手を離した。僕が一人で立っているのを見てから、隣へ戻った。
「今度は並んでやるぞ。俺が声を掛ける」
左足を前に戻した。父上も隣で構え、僕の足元を見てから、自分の足を少し寄せた。
「左、右」
声に合わせて踏み出し、後ろの足を寄せた。父上も隣で同じように動き、僕の足元を指した。
「近いな。もう少し後ろだ」
右足を引くと、父上がうなずいた。
「よし、その形だ」
「父上、もう一回。今度は僕だけで!」
「おう、今度はお前に任せるぞ」
「左、右って言わないでね」
「よし、黙って見ててやる」
父上が僕の前へ回り、手を差し出した。さっきより近くて、少し踏み出せば届きそうだった。
左、右。父上の声を思い出した。最初は大きく踏み込みすぎたから、今度は左足を小さく出した。掌には触れたけれど、後ろの足を寄せるのを急ぎすぎた。止まろうとしたところで、小さくもう一歩出てしまった。
父上はまだ何も言わない。僕は足元を見た。今、直してもらった時より、靴と靴の間が狭い。
「右の足、寄せすぎた」
「おう。そこが分かったな」
「分かったけど……まだできない」
父上は僕の隣へ来て、足を開いた。すぐに、あの立ち方になる。
「父上は、最初からできたの?」
「ははっ、俺も最初は行きすぎたぞ」
「父上も!?」
「何度もやったさ。そうして覚えたんだ」
僕は父上の足元を見た。あんなに速く動ける父上も、最初は僕と同じだったんだ。
「じゃあ、僕ももう一回やる」
「よし」
父上が僕の前へ戻り、また手を差し出した。僕は左足を前にして構え直した。
何度か繰り返すうちに、ゆっくり踏み込めるようになってきた。それでも、止まったあとに右足を少し置き直したくなる。
「アルヴィン、そこまでだ」
「えー、もう? あと一回!」
「水飲んで休憩するぞ」
父上がテーブルの方へ歩いた。僕も後を追い、その横を走って、先に着いた。
「まだできるよ」
「おう、その元気は次に取っとけ。今日はここまでだ」
父上がグラスを取ると、マルタが水を注いだ。僕の分も注いで、差し出してくれた。
「どうぞ、坊ちゃん」
「ありがとう」
飲むと、喉が渇いていたことに気づいた。もう一口飲んでから、テーブルの向こうを見た。僕たちが動いた所には、靴跡がたくさん残っている。
「父上、僕、できるようになる?」
「当たり前だろ! 俺が教えてるんだぞ。今日だって、最初より足の置き方がよくなっただろう」
「次は、ぴたりと止まりたい」
「おう、次も一緒にやるぞ!」
僕はグラスを両手で持ったまま、うなずいた。
早く、父上みたいに動きたかった。父上なら、手に触るだけじゃなくて、そのあともすぐ動ける。
グラスをマルタに渡して、父上の方へ向いた。
「じゃあ、父上のをもう一回見たい」
「さっきの速いのか?」
「うん!」
「よし、見せてやる! ただし、今日は見るだけだぞ」
「うん! 今度は足もちゃんと見る!」
父上は少し離れて、左足を前に置いた。
さっきは、遠くへ進んだ父上の顔を見ていた。今度は、その足元を見た。
土を蹴る音がした。
足が前へ滑るように動き、父上はもう止まっていた。僕が慌てて出してしまう余分な一歩がない。
「もう一度、ゆっくり見せてやる」
父上が戻ってきたので、僕はテーブルのそばを離れた。
「こっちから見てもいい?」
「ああ。よく見える所へ来い」
父上の横へ回った。左の靴を見て、その後ろの右の靴を見た。
父上がゆっくり踏み込んだ。前の足が地面につき、後ろの足が寄って止まる。その間ずっと、両方の靴を見ていた。




