第12話 父上と町へ
出かける朝、僕は玄関の段を下りる前から、門の向こうを見ていた。
馬車はもう来ている。近づくと、先に乗っていた父上が、扉のところから手を伸ばした。
「さあ、乗れ。今日は東の方まで行くぞ」
父上の手を握り、マルタにも支えてもらって馬車へ乗った。上着の裾を直してもらってから父上の向かいに座ると、窓の外にラウルが見える。今日は稽古の服ではなく、剣を帯び、馬に乗っていた。
「ラウルも行くんだね」
「はい。お供いたします、若君」
マルタが僕の隣へ座ると、扉が閉まった。
馬車が動き出す。門のそばの騎士が背筋を伸ばし、父上へ頭を下げた。
城の門を出ても、まだ町の中だ。坂を下っていくと、窓の外に並ぶ屋根が少しずつ近くなる。
「あっ、あの店、前にも見た!」
入口に、丸いパンがいくつも積んであった。前に通った時は、あんなに多くなかった気がする。
店先の男が、こちらを見るなり手を止めた。隣の人の肩に触れると、その人も道の脇へ寄って頭を下げる。
僕は窓へ顔を寄せた。
「父上、あの人たち、こっち見てる」
「馬車の脇に紋章があるだろう。あれを見れば、うちの馬車だと分かるんだ」
乗る時に見た、馬車の横の家の印を思い出した。
人が多い所では、馬車がゆっくりになった。荷を担いだ人が脇へよけ、ラウルの馬が先を進む。
「みんな、父上のこと知ってるの?」
「俺の顔を知ってる者もいるが、みんなじゃない。侯爵家の馬車だと分かれば、道を空けるんだ」
僕が見ていると、道の端にいた男の子が顔を上げた。その隣の女の人に袖を引かれ、また頭を下げる。
手を振ろうとした時には、馬車はもう先へ進んでいた。
見覚えのある店並みを過ぎると、道の両側に屋根の大きな建物が増えてきた。扉は馬車が入れそうなくらい広い。その前を、人と荷車が何度も行き来している。
「父上、塩の岩はあそこにあるの?」
「あるぞ。だが、まずは俺の用事だ」
「父上のお仕事、僕も見てていい?」
「もちろんだ。そばを離れるなよ」
馬車が止まった。父上が先に下りたので、僕も座席から立ち上がった。
「若君、お足元にお気をつけくださいませ」
マルタの声に、段の下を見てから下りた。石の地面には、荷車の車輪が通った跡と、白っぽい粉が残っている。
エドガーが大きな屋根の下から歩いてきた。
「閣下、お待ちしておりました。若君も、おはようございます」
「おはよう」
「エドガー、昨日の荷は入っているか」
「はい。届いた分を分けているところです。明日の荷車について、一つお伺いしたいことがございます」
エドガーは、屋根の下に寄せてある荷車へ父上を案内した。僕たちもついていく。
片側の車輪が外され、その側の荷台は太い木の台で支えられていた。車輪と荷台をつないでいた棒が、途中で割れている。
「ここが折れたの?」
「はい、若君。昨日、町へ戻ったあとに見つかりました」
「直せないの?」
「直せます。ただ、明日の出発には間に合わないそうです」
エドガーは父上へ向き直った。
「ほかの車にも、積む荷が決まっております。城の予備の荷車を一台お借りできれば、明日の便を予定どおり出せます」
「護衛はそろってるな」
「はい。変更はございません」
父上は割れた木を見て、荷台の脇へ回った。ラウルも近づき、父上の示す所を見る。
「割れは、ここだけか」
「見つかっているのは、ここだけです。他の部分も、職人に見させております」
「分かった。明日の便には城の予備を一台使え。この車の点検はそのまま進めて、直ったら予備を城へ戻せ」
「承知いたしました」
エドガーが、脇で待っていた男へ何かを書いた板を渡した。
「城へ。予備車の手配を急いでください」
男が父上へ一礼して、出ていった。別の男は荷台をのぞき、「職人を呼んでまいります」とエドガーに告げて離れていく。
さっきまで父上のそばにいた人たちが、別々の方へ動き出した。
「父上の、あの馬車を貸すの?」
僕が乗ってきた馬車を指すと、父上が笑った。
「あれじゃ石は積めん。家にも荷物を運ぶ車がある。そいつを使わせるんだ」
「石が重いから?」
「それもある。人を乗せる車と、石を積む車じゃ、作りが違うからな」
僕は荷台を見上げた。乗ってきた馬車には窓も座る所もあったけれど、こちらには、石を置く広い場所しかない。
父上が歩き出すと、ラウルも少し離れて横に並んだ。僕とマルタは、二人の間を歩いた。
屋根の下では、男の人が二人で籠を運んでいた。父上に気づくと足を止めかけたが、父上は片手を上げた。
「続けろ。こっちでよける」
二人が頭を下げて、籠を台へ下ろした。
中の石は白いものばかりではなかった。灰色や、茶色の筋が入ったものも混じっている。隣では別の人が、手に取っては二つの箱へ分けていた。
石の角が、こつ、こつと木に当たる。
僕は父上の袖を引いた。
「父上。あれが塩の岩?」
「おう、あれだ。見てみたいんだろ」
「うん。白くないのもあるよ」
「近くで確かめてこい。ラウル、見てやってくれ」
「はい、閣下」
ラウルが台のそばへ進んだので、僕もついていった。
男の人の手の中には、食事の時に見る塩とは全然違う、大きな塊があった。




