第11話 木剣を持って
階段を上がっている間に、父上より一段先へ出た。居間の扉が開くと、母上は膝の上の弟を抱き直して、こちらを見た。
「母上、止まれたよ! 父上にも見てもらった!」
「あら、よかったわね。ラウルと練習していたところ?」
「うん。それと、途中で父上が横に動いたけど、追いかけられた。右の足を横に出したんだよ」
母上の前で足を開きかけて、やめた。今は話す方が先だ。
「父上も言って。ちゃんとできたって」
「俺が見てたぞ。途中で手を横へ動かしたら、自分で足を出す向きを変えてついてきたんだ」
「まあ。自分で気づいて動けたのね」
母上が空いている手を伸ばしたので、そのそばまで行った。髪を撫でられると、弟も僕へ手を伸ばしてきた。
「お前にも、そのうち見せるからね」
小さな手に指を握らせた。弟は引っ張るだけで、まだ何も言わない。
父上が母上の隣へ腰を下ろした。
「雷も出したそうだな。俺には、この指から出たと見せてくれたぞ」
「ええ。的に届いたの。声をかけたら、自分で止められたわ」
「そうか。止める方も、ちゃんとできたんだな」
「まだ弱い雷を一度だけよ。次は、同じように出せるか確かめるところね」
「僕、あの的でまたやりたい」
「ええ。ちゃんと残してあるわ」
弟が僕の指を口へ持っていこうとしたので、そっと抜いた。今度は母上の袖をつかんでいる。
「できることが増えてきたな」
「お父さんに見てもらえて、嬉しかったでしょう?」
「うん! 次は、下を見ないで曲がれるようにする」
父上が、弟の小さな手を自分の指でつついた。
「その調子だ。俺も楽しみにしてるぞ」
それから三日後、ラウルが訓練場へ木剣を持ってきた。
受け取った木剣は、いつもラウルが使っているものより短い。柄も、僕の手でしっかり握れる太さだった。右手で持ち上げ、先まで見た。
「これ、僕が使っていいの?」
「はい。若君の手に合うものを用意しました。まずは、そのまま前へ向けてみてください」
僕は左足を前に置き、右足を少し引いた。木剣を胸の前へ上げる。
木剣を前へ向けると、腕がずっと長くなったみたいだ。
「足は、もうご自分で決められますね」
「父上とやったの、覚えてるよ」
「では今日は、剣の先まで見ていきましょう」
ラウルも木剣を手に取り、僕の胸くらいの高さで横に構えた。
「私の剣へ、先を当ててください。強く叩く必要はありません」
「手に触る時と同じ?」
「止まることは同じです。ただ、剣の分だけ遠くまで届きます。近づきすぎないように」
僕は木剣を伸ばしてみた。まだ足を動かしていないのに、ラウルの剣まで、もう少ししかない。
「こんなに届くんだ」
「ええ。それを見てから、足を出してください」
手だけの時と同じように大きく踏み込んだら、近すぎる。
少しだけ前へ出た。こつん、と先がラウルの木剣へ触れた。足を止めたのに、右手はそのまま前へ動いて、僕の剣が横へ滑った。
「あっ」
「今は、足が先に止まりましたね。手も一緒に止めてみましょう」
「足は止まったのに」
「はい。足のところはできていました。今度は剣を当てたあと、押し続けないように」
僕が元の場所へ戻ると、ラウルも木剣を構え直した。
僕は自分の剣を見た。いつもの稽古なら、触るのは自分の指だった。今日は、この先を当てる。
もう一度、同じくらいだけ踏み込んだ。木が触れたところで、右手を止める。
先は、ラウルの剣の上に残った。
「滑らなかった!」
「ええ、今の調子です。そのまま、少し離れてみてください」
後ろへ下がると、木剣の先がラウルから離れた。右手だけを引くより、構えたまま動く方が、剣の向きが変わらない。
ラウルに前へ戻るよう言われ、今度は足を置く場所を見ずに木剣へ近づいた。
触れた。止まれた。
「もう一回、こっちにもできる?」
僕が横を指すと、ラウルは少し場所を変えてくれた。そちらへ体を回す時に、腕まで大きく振ってしまった。剣の先はラウルの方を通り過ぎ、横へ行ってしまう。
「若君、剣の先は私へ向けてください」
「あ、行きすぎた」
「手は体の前に置いて、体と一緒にこちらへ向けましょう。今は、向き直るところだけやってみてください」
足がよくても、木剣の先は違う所を向くことがある。
ラウルを見ながら、ゆっくり向きを変えた。さっきより剣の先を大きく振らずに済んだ。でも、続けて当てようとすると、足より先に右手を伸ばしてしまった。まだ届かないのに、腕はもう伸びきっている。そこは、もう少しやってみたかった。
「剣を持ち始めたか」
父上の声に顔を上げた。建物から出てきた父上の後ろには、オスカーがいる。
「父上、当てて止まれたよ。横を向くと、剣の先が行きすぎちゃうけど」
「手ぶらの時とは違うからな。慌てず覚えろ。ラウル、続きは任せるぞ」
「かしこまりました」
「アルヴィン。明後日は俺と町へ出るか」
木剣の先を下ろして、父上を見た。
「町に?」
「町の東の荷受け場に用があってな。森から運ばれてきた岩塩も、そこで見られるぞ」
「塩の岩!? 見に行っていいの?」
「俺について来い。持ってきた連中の仕事も見られる」
「行く!」
父上はオスカーへ顔を向けた。
「アルヴィンも連れていく。マルタと、乗る馬車の支度を頼む」
「承知いたしました、旦那様」
父上たちが建物へ戻ると、僕は木剣を上げた。さっきより先が高くなったので、ラウルの剣へ向け直す。
「では、もう少しだけ続けましょうか」
「うん。横を向くとこから!」
ラウルが立つ場所を見た。足と、それから、この剣の先も一緒に向ける。
町へ行くまでに、そこもできるようにしたかった。




