第10話 自分の足で
名前をもらってから、数週間後のことだった。
ラウルとの稽古で、踏み込んだあとに足を置き直さず止まれるようになった。今では足元を見なくても、同じ動きを繰り返せる。
今日は、それを父上に見せる。
訓練場へ出ると、父上はラウルと話していた。声をかけると、こちらを振り向き、腕を大きく上げた。
「おう、アルヴィン! 待ってたぞ」
「父上、今日はちゃんと見ててね!」
「見てるぞ。ラウルに教わったところを見せてみろ」
父上が少し横へ離れた。ラウルが僕の前に立ち、いつもの高さへ手を上げる。
いつものように足を開いた。
「若君、よろしいですか?」
「うん」
父上の方を見たくなったけれど、ラウルの手に目を向けた。
一歩踏み込み、ラウルの掌に触れたところで止まった。手を離しても、足を置き直すことはない。
「おお、ぴたりと止まったな!」
父上の声に、今度こそ顔を向けた。
「足、見てなかったよ!」
「見てたぞ! よくやった、アルヴィン!」
父上が近づいてきて、頭を撫でた。父上にも、ちゃんと見てもらえた。
「ラウル、よく見てやってくれたな」
「若君は、前にお伝えしたことをよく覚えていらっしゃいます。今は足元を見ずに、踏込みと停止を繰り返せるようになりました」
「よし、今度は俺の番だ!」
父上はラウルと入れ替わり、さっきより少し離れた所でしゃがんだ。僕の胸の高さへ手を差し出す。
「今度は、動いてる途中で向きを変えるぞ。俺が手を動かすから、追いかけてこい。まずはゆっくりだ」
「途中で動くの?」
「おう。相手も、じっと待ってはくれんからな。俺の手をよく見てろよ」
父上の手を目がけて、左足を踏み出した。すると、父上がしゃがんだまま、右へ少し動いた。伸ばした指の先から、手が外れる。
手を追って体をひねりかけた。でも、足はまだ前を向いている。このまま前へ出たら、父上の横を通り過ぎてしまう。
ちらりと足元を見て、次の右足を父上の手の方へ出した。体もそちらへ向く。左足も運び、掌に触れたところで止まった。
「おっ、俺が言う前に足を変えたか!」
「前に行きそうになったから、横に出した」
「よし、それで俺の手まで来られただろう」
「途中で曲がれた!」
「次は、足を見ずにやってみろ」
「父上みたいに?」
「そうとも。見てろよ」
父上が立ち上がり、少し離れた。前へ進みながら横へ曲がり、その先で止まる。足元を見ることも、途中で足を置き直すこともなかった。
「進みたい方向に、次に出す足を向けるんだ」
父上は戻ってくると、足を横へ出すところをゆっくり見せてくれた。僕も隣で、前へ踏み出してから横へ曲がる。まだ下を見たくなるけれど、どちらへ足を出せばいいかは分かった。
「父上、もう一回、隣でやって」
「おう、付き合うぞ。まずはゆっくり、足の運び方を覚えろ」
ラウルにも見てもらいながら、何度か並んで動いた。向きを変える時に足を開きすぎると、次の一歩が出しにくくなる。横へ出す一歩を、少し小さくしてみた。
今度は、さっきより動きやすかった。
父上が足をそろえたので、僕も動くのをやめた。
「よし、水を飲んでひと休みするぞ」
テーブルには、マルタがグラスを用意していた。僕が近づくと、水を注いで渡してくれる。
父上も僕の隣でグラスを取り、ラウルの方へ顔を向けた。
「こいつは覚えるのが早いな」
僕は水を飲みながら、訓練場の奥を見た。母上と雷の練習をした的がある。
「父上、雷も出たんだよ」
「何っ、もう出せたのか!?」
「うん! 細いの。的に、黒い線がついたよ!」
右の人差し指を見せた。ここから出たと話すと、父上は僕の手を取った。
「この指からか。お母さんも喜んだだろう」
「うん。止めてって言われて、僕が止めたの」
「止めるところまでできたか。あとで、お母さんにも聞かせてもらおう」
父上は僕の手を離した。僕はもう一口水を飲んだ。今日は、父上に話したいことがまだある。
「母上と地図を見たよ。森まで、馬車で半日もかかるんだね」
「荷を運ぶ馬車なら、そのくらいだな」
「父上は、森のどんな所に行ったことがあるの?」
「塩を採る岩場へ行くこともあるし、もっと奥へ魔物を狩りに行くこともあるぞ」
「奥にも? 母上が、すごく強い魔物もいるって言ってた」
「いるとも。俺でも用心して行く所だ。見たことのないやつが出てくることもあるからな」
地図の端まで広がっていた森を思い出した。父上は、あの森の奥にも行ったことがあるんだ。
「僕も見てみたい。塩の岩も、魔物も」
「それなら、今やってる稽古が役に立つな。森には木の根も石もある。よそ見をしてたら、足を引っかけるぞ」
僕は訓練場を見た。ここなら、足を置く所はよく見える。森では、木の根の上で止まることもあるのだろうか。
「父上は、そういう所でも止まれる?」
「当たり前だろ! 今度は、庭でできることをもう少し増やしていくぞ。森へ連れていけるかは、それを見て俺が決める」
父上はグラスを置き、ラウルの方へ顔を向けた。
「次は、足元を見ずに曲がれるように教えてやってくれ。慣れるまでは今の速さでいい」
「かしこまりました。今日の動きから続けてまいります」
僕もマルタへグラスを返した。次は足元を見ずに、父上の手を追いかけたい。
「父上、次に一緒にやる時も、見ててね」
「もちろんだ。また、できるようになったところを見せろ」
父上が僕の頭へ手を置いた。
「お母さんにも、今日できたことを話してやるか」
「僕が話す!」
「おう、じゃあ任せた」
父上と並んで、建物へ向かった。戸口ではマルタが扉を開けて待っている。
僕は先に入ってから、父上を振り返った。
「母上に話したら、父上も言ってね。ちゃんとできたって」
「おう。俺が見てたんだ、任せとけ」
母上は二階の居間にいると、マルタが教えてくれた。父上が階段へ向かうので、僕もその隣へ追いついた。




