第二環 イチバ環
かろうじて道と呼べるであろう、山道を降りて街に向かう。
山から下りて少し歩くと街に着いた。
俺はそのままイチバ環に向けて歩みを進める。
イチバ環・・・まあ要するに市場だ。
この国では、魔力の発見から研究が進められ、公共施設等の建物の名前が『うつ環』の環をとって環と呼ばれるようになった。
「着いた・・・オロシ姉さんは・・・」
キョロキョロと視線を動かす。
するとイチバ環で最も目を引くであろう、燃えるような赤い長髪の人物を見つける。
その人こそオロシ姉さんだ。
俺はオロシ姉さんに近付こうとする・・・がその前に向こうが気付いたようだ。
「おや!ジンじゃないか!」
「なんでも事故を起こして、あの山で牧場始めるそうじゃないか!」
・・・耳が早いというか、なんでもう知ってるんだ。
「アッハッハ!ここでは色々聞こえてくるんだよ!」
「ということは・・・今は種でも買いに来たのかい?」
「・・・あたりだよ、オロシ姉さん」
俺は少しニヤリとしているオロシ姉さんから目をそらしつつ答えた。
俺たちが山に行ったものの、種を買ってなかったことは、もう見抜かれているんだろう。
「そうだろうと思った!」
「ほら!今ならこの中のヤツがいいんだってさ!」
「街の農家が言ってたよ!初心者にはおすすめだってさ!」
「それは・・・ありがたいな」
早速いくつかの種を選んでお金・・・kanを渡す。
kanはこの国の魔力の発見から、制度も何もかも変わったことでできた、新しい通貨だ。
発表されたときは、ちょっと海外チックだなと思ったものだ。
「はいよ!まいど!」
「牧場も研究も大変だろうけど、まあ頑張りなよ!」
「ジンが作ったもの、うちでも取り扱わせてほしいからね!」
「・・・ありがとう、頑張るよ」
俺は今しっかり笑えているだろうか。
誰かに『頑張れ』と言われても、悔しい気持ちが出てこなかったのは、いつぶりだろう。
俺は足取りが少し軽くなったように感じながら、オロシ姉さんに別れを告げ、ハカリのところに戻った。
…
ハカリのところに戻ると、ハカリが待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。
「ジン!おかえり!」
「やっぱりここすごいよ!」
「空気中の魔力色は季節のもので間違いないんだけど」
「地中から出てくるものが、どうやらたくさんあるみたいで何種類あるかまだ観測できないしそれで・・・!」
ハカリの口が止まらない。
よほど興奮しているのだろうと、俺は待ったをかけるつもりでオロシ姉さんのところで買った種を見せる。
「これを、今からあそこの菜園に植えたいんだが・・・」
「ああ!ごめん、つい夢中になっちゃった」
「そうそう計測中に菜園をちょっと整えておいたよ」
「僕も・・・最初くらい手伝いたいからね」
ハカリが目元を緩めながら言った。
俺は胸に温かいものを感じながら
「ありがとう、助かる」と言った。
「じゃあ、ここに植えちゃおうか」
ハカリと菜園に種を植える。
最初の・・・本当に小さな最初の一歩だ・・・。
しっかりと水をやり、地中の魔力濃度に変化がないか調べる。
「ん?・・・若干緑魔力の量と濃度が・・・高くなった?」
すごく微妙な変化だが、確かに濃度は、水をやる前と比べて0.002%ほど違う。
「これは・・・面白いね。普通はこうはならない」
「ここはやっぱり特殊な土地みたいだね」
「今から君が研究成果を、ミレル環に持ってきてくれるのが楽しみだよ」
ややハニカミながらハカリが言う。
俺も・・・今から何ができるのかワクワクしている。
「無事に育ってくれると、いいんだけどな・・・」
俺は期待に口角を上げながら言った。
「さてと、それじゃあ僕は計測もできたことだし、ミレル環に帰るよ」
「ああ、ありがとな、ハカリ」
ハカリが荷物を持ちながら、そうだった!と言いつつ何かを探している。
「忘れるところだった!」
「はい、これは僕からの餞別・・・みたいなものだよ」
ハカリが靴を手渡してくる。
「これは・・・?」
「僕が研究中にちょっと遊びで作った魔力靴だよ」
「これならちょっと疲れるけど、すごく速く走れて結構便利だよ」
魔力靴といえば、今都会の方で流行っていると聞いたことがある。
たしか、人の血液のように体内を循環している魔力エネルギーを、靴にも流すことにより軽やかに動くことができる・・・というものだった気がする。
「ちょっと使ってみてよ」
「俺、魔力靴は初めてなんだが・・・」
魔力靴を履いてみる。
なんだか足がムズムズする。
まあ試しにと、いつものように走ってみる。
足に力をこめて・・・
グッ・・・ビューーーーーン!!!!
「!!!!」
なんて早いんだ!
走ってるのかこれは!?
ハカリのヤツもう少し説明しといてくれよ!!!
俺は心の中で叫びながら自分の速さに驚く。
もう街が見える・・・あまりにも速い。
いつもは片道1時間以上かかるところが、魔力靴では3分ほどで街に着いた。
確かに疲労感はある、だがそれ以上に、これはフィールドワークで大いに役に立つだろう。
嬉しさに胸を躍らせながら、俺はハカリのところまで駆けていった。
…
「ハカリ!すごいぞこれ!」
「フフッ喜んでもらえてよかったよ」
俺は年甲斐もなく喜び、ハカリはそれを見て微笑んでいた。
「あとこれも、ナビ付きの地図と・・・」
「それから、最近販売された魔力膜装置も、この土地に付けておいたからね」
やけに大きい地図を渡されながら、俺は耳を疑った
「魔力膜装置って・・・あれ結構高いだろ!?」
魔力膜装置とは、指定した場所に魔力の膜を張り、雨や雪を避けてくれるものだ。
たしかに、俺の研究では欠かせないものになりそうだが・・・。
「君の研究には、必要だろうと思ってね」
「これ買っちゃったから、僕の研究費はすっからかんだよ」
「だから・・・僕は君が作るものを、一緒に研究させてもらうことにした!」
ハカリがニヤリと笑う。
俺は・・・なんていい同僚に恵まれたのだろうか。
「ありがとう、ハカリ」
「おや?お礼を言うのは、研究して作物ができてからにしてよね」
「ああ・・・それでも、ありがとう」
俺の背中を、ハカリが優しく押してくれる。
・・・なんだか視界が滲んできたが、どうにかこらえる。
「この、最初の種・・・必ず育てて収穫するからな」
決意を新たにし、俺は街に帰るハカリを見送った。




