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第9話 パーティ実習

 全班の編成が終わると、先生が手を叩いた。


「移動するぞ。屋外演習場だ」


 ぞろぞろと列になり、校舎を出る。演習場には、ずらりと機械人形が並んでいた。


 人型。

 鈍い金属色。

 目の部分が赤く光っている。


「AI制御だ。ゴブリン相当の動きに設定してある。本番前の慣らしだと思え」

 

 金属が、ぎしりと動く音。

 起動音が、重なって響く。


(……ゴブリン、か)


 太野川が腕を回す。


「よっしゃ。楽勝、楽勝」


 脛比が構える。


「オレちゃんのスピードについてこれるかな」


 骨田が杖を回す。


「ボクの魔法は必ず当たるからね」


 俺は、白くなった前髪をかき上げる。


 (何ができるかだな)



 一組目の模擬戦。最初は、いわゆるカースト上位組の出番だった。


 三体の機械人形が動き出すのと同時に、魔法使いの沙羅が詠唱する。


「ファイヤーボール!」


 火球が一直線に飛び、一体の機械人形を包み込む。炎に焼かれて動きが止まったその隙に、戦士の悠斗と武闘家の蓮が一気に距離を詰めた。残りの二体を、ほぼ同時に撃破。最後は僧侶のひなたが炎に包まれた一体へ止めを刺し、模擬戦はわずか十数秒で終わった。


「おお、十分だ。よく動けている!」


 田中先生が満足そうにうなずく。


 四人は笑顔でハイタッチを交わしていた。

 容姿もステータスも優秀――持てるやつは、やっぱり持っている。


 続くパーティーも似たような形で挑んだが、一撃では倒しきれず、何度か攻撃を重ねてようやく勝利していた。単純に、ステータスの差があるんだろう。


 そして――六華のチーム。


 魔法戦士の六華が、静かに詠唱する。


「アイスランス」


 次の瞬間。放たれた冷気の槍が、三体の機械人形に当たる。機械人形は一斉に動きを止めた。

 

 氷の結晶が陽光を弾き、演習場の空気が一瞬で張りつめた。

 

 六華の銀髪が光を受けて揺れる。

 

 その一撃だけで、他の班との違いが嫌でも分かった。誰も、すぐには声を出せなかった。


(……やっぱり別格だな)

 


 そして、俺たちの番だ。


「じゃあ、次――前へ」


 ついに出番が来た。正直、嫌な予感しかしない。


 前には太野川と脛比。少しずつ近づいてくる機械人形の動きを、二人が慎重にうかがっている。


 後方では、骨田が詠唱を始めていた。


「ファイヤーボール!」


 ――が、何も飛ばない。


(え?)


 普通なら、前に火球が飛んでいくはずだ。

 振り向こうとした、その瞬間。

 急に、尻に熱が走った。


「熱っっつ!!!」


 思わず叫んで飛び上がる。その勢いのまま前につんのめり、咄嗟に両手を伸ばした。


 ――ガッ。


 手が、脛比のズボンに引っかかる。そのまま、ずるっと足首まで引き下ろしてしまった。


「うわぁっ!?」


 脛比は体勢を崩し、腕を振り回しながらよろめく。


 その次の瞬間。


 回転した脛比の腕が、機械人形をぶん殴っていた。


 ドンッ!

 ドンッ!

 ドンッ!


 三体まとめて吹き飛ぶ。その反動で、今度は構えていた太野川の剣に次々ぶつかっていった。


「えっ……?」


 気づけば、全部の機械人形が止まっていた。


 演習場に、重たい静寂が落ちる。


 それを破ったのは――誰かの、こらえきれない笑い声だった。


「ぷっ……あはははは!」

「ちょ、はははは! だめ、笑うなって!」


 その一声が引き金になって、演習場じゅうに爆発みたいな笑いが広がった。瞬く間に、みんな腹を抱えて笑い出す。


 脛比はパンツをさらしたまま倒れ込み、その足元には、俺もバランスを崩して転がっていた。


 笑うなと言われても――これは、さすがに誰でも笑う。田中先生でさえ、口元を押さえながら苦笑していた。


「くっ……お前たちっ、なかなか見事な連携だったぞ?!」


 褒めてるのか、皮肉なのか分からない。


 笑い声と拍手が入り混じる中、

 俺たちの班だけが呆然としていた。


 倒れていた脛比がはっと我に返り、顔を真っ赤にしてズボンを引き上げる。


 そして――その瞬間だった。


「ポーン」

「ポーン」

「ポーン」


 短く澄んだ電子音みたいな音が、立て続けに鳴った。

 しかも、すぐ近くで。


(……また、耳鳴り?)


 笑い声の余韻が遠のいていく。

 その代わり、耳の奥では「ポーン」だけが何度も反響していた。

 


 放課後の帰り道。

 養成所に来てから、あの「ポーン」を何度も聞いている。

 やっぱり、気のせいじゃない。

 そんなことを考えていた、そのとき――


「夏」


 低く、静かな声。

 振り向くと、そこに立っていたのは――六華によく似た顔立ちの男だった。


 黒髪。

 端正な顔。

 少しよれたスーツ。


「……時雨しぐれさん」


 東雲家の長男。


 昔は遊んでもらった記憶がある。けれど、いつからか俺への当たりはきつくなった。覚醒者ではなく、仕事もしていないと聞いている。


 彼は俺を上から下まで一度見た。


 その視線は、値踏みじゃない。

 確認だ。


「成人式に六華と話していましたね」

「……はい」


「六華は優しい。誰にでも優しい」


 間が落ちる。

 空気が、一段冷えた気がした。


「……」

「もうこれ以上、馴れ馴れしくしないでいただきたい」


 言い方は丁寧だった。

 けれど、意味ははっきりしている。

 距離を取れ、ということだ。


「……俺から近づいたつもりはありません」


 できるだけ、淡々と返す。


 時雨さんは一瞬だけ目を細めた。


「六華は、これから多くの功績を上げるでしょう。高ステータスの覚醒者ですからね」


 分かってる。そんなこと、俺だって知ってる。


「あなたは――」


 そこで言葉が止まる。


 兄の視線が、俺の白い髪へ落ちた。


「……お笑い師、でしたね」


 静かな確認だった。


「はい」

「妹に迷惑をかけることだけは、しないでください」


 それだけ言い残して、彼は踵を返した。

 去っていく背中を見送りながら、俺は息を吐く。


(迷惑、か)


 正直、言い返せなかった。


 俺は低ステータスで、お笑い師で、戦える保証もない。

 昼間、協力してくれると言われた時は嬉しかった。


 でも――。

 時雨さんを見る限り、あまり頼れそうにはないなと思った。



 時雨さんと別れたあと、俺は一人で帰り道を歩いた。


 妹に近づくな。

 迷惑かけるな。

 

 言葉はまだ、耳の奥に残っていた。


 そんなことを考えていた時に、端末が小さく震えた。

 表示されていた名前に、一瞬だけ足が止まった。


 六華からのメッセージ。


『ちゃんと帰れてる?』


 短い一文だった。


『帰ってる』


 送ると、すぐに既読がつく。


『ならよかった。今日、大変そうだったから』


 あの実習だったから、俺の様子が気になって連絡してきたのか。


『まあ、いろいろあったな』


 少し迷って、そう返す。


『あと、あの三人と同じパーティになった顔してた』


 図星だった。思わず、少しだけ笑ってしまう。


『顔に出てたか?』

『出てた。かなり』


 かなり、か。自分では普通にしていたつもりだったんだけどな。


『それより、六華はすごかったよな』

『ゴブリンぐらいならね。でも、ステータスがいくら高くても、攻撃が当たれ衝撃もあるし痛みもね』


『高くてもそうなのか?』

『女の子なら尚更ね。普通に痛いのは嫌でしょ』

『そっか』


 そう言われてみるとそうか。いくらステータスが高くて、強くても、嫌なものは嫌だよな。


『早く異世界で薬を探さないとね』


 時雨さんから言われたことを思い出して、指が止まる。


『そうだな。じゃあ、またな』


 あまりこの話題には触れない方がいいかと思い、短く返す。


『またね』


 そこで、やり取りは終わった。


 端末の画面が暗くなる。

 その黒い画面を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。


 六華は、たぶん何も知らない。

 時雨さんが何を言ったかも、俺が少し引っかかったことも。

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