第9話 パーティ実習
全班の編成が終わると、先生が手を叩いた。
「移動するぞ。屋外演習場だ」
ぞろぞろと列になり、校舎を出る。演習場には、ずらりと機械人形が並んでいた。
人型。
鈍い金属色。
目の部分が赤く光っている。
「AI制御だ。ゴブリン相当の動きに設定してある。本番前の慣らしだと思え」
金属が、ぎしりと動く音。
起動音が、重なって響く。
(……ゴブリン、か)
太野川が腕を回す。
「よっしゃ。楽勝、楽勝」
脛比が構える。
「オレちゃんのスピードについてこれるかな」
骨田が杖を回す。
「ボクの魔法は必ず当たるからね」
俺は、白くなった前髪をかき上げる。
(何ができるかだな)
◇
一組目の模擬戦。最初は、いわゆるカースト上位組の出番だった。
三体の機械人形が動き出すのと同時に、魔法使いの沙羅が詠唱する。
「ファイヤーボール!」
火球が一直線に飛び、一体の機械人形を包み込む。炎に焼かれて動きが止まったその隙に、戦士の悠斗と武闘家の蓮が一気に距離を詰めた。残りの二体を、ほぼ同時に撃破。最後は僧侶のひなたが炎に包まれた一体へ止めを刺し、模擬戦はわずか十数秒で終わった。
「おお、十分だ。よく動けている!」
田中先生が満足そうにうなずく。
四人は笑顔でハイタッチを交わしていた。
容姿もステータスも優秀――持てるやつは、やっぱり持っている。
続くパーティーも似たような形で挑んだが、一撃では倒しきれず、何度か攻撃を重ねてようやく勝利していた。単純に、ステータスの差があるんだろう。
そして――六華のチーム。
魔法戦士の六華が、静かに詠唱する。
「アイスランス」
次の瞬間。放たれた冷気の槍が、三体の機械人形に当たる。機械人形は一斉に動きを止めた。
氷の結晶が陽光を弾き、演習場の空気が一瞬で張りつめた。
六華の銀髪が光を受けて揺れる。
その一撃だけで、他の班との違いが嫌でも分かった。誰も、すぐには声を出せなかった。
(……やっぱり別格だな)
◇
そして、俺たちの番だ。
「じゃあ、次――前へ」
ついに出番が来た。正直、嫌な予感しかしない。
前には太野川と脛比。少しずつ近づいてくる機械人形の動きを、二人が慎重にうかがっている。
後方では、骨田が詠唱を始めていた。
「ファイヤーボール!」
――が、何も飛ばない。
(え?)
普通なら、前に火球が飛んでいくはずだ。
振り向こうとした、その瞬間。
急に、尻に熱が走った。
「熱っっつ!!!」
思わず叫んで飛び上がる。その勢いのまま前につんのめり、咄嗟に両手を伸ばした。
――ガッ。
手が、脛比のズボンに引っかかる。そのまま、ずるっと足首まで引き下ろしてしまった。
「うわぁっ!?」
脛比は体勢を崩し、腕を振り回しながらよろめく。
その次の瞬間。
回転した脛比の腕が、機械人形をぶん殴っていた。
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
三体まとめて吹き飛ぶ。その反動で、今度は構えていた太野川の剣に次々ぶつかっていった。
「えっ……?」
気づけば、全部の機械人形が止まっていた。
演習場に、重たい静寂が落ちる。
それを破ったのは――誰かの、こらえきれない笑い声だった。
「ぷっ……あはははは!」
「ちょ、はははは! だめ、笑うなって!」
その一声が引き金になって、演習場じゅうに爆発みたいな笑いが広がった。瞬く間に、みんな腹を抱えて笑い出す。
脛比はパンツをさらしたまま倒れ込み、その足元には、俺もバランスを崩して転がっていた。
笑うなと言われても――これは、さすがに誰でも笑う。田中先生でさえ、口元を押さえながら苦笑していた。
「くっ……お前たちっ、なかなか見事な連携だったぞ?!」
褒めてるのか、皮肉なのか分からない。
笑い声と拍手が入り混じる中、
俺たちの班だけが呆然としていた。
倒れていた脛比がはっと我に返り、顔を真っ赤にしてズボンを引き上げる。
そして――その瞬間だった。
「ポーン」
「ポーン」
「ポーン」
短く澄んだ電子音みたいな音が、立て続けに鳴った。
しかも、すぐ近くで。
(……また、耳鳴り?)
笑い声の余韻が遠のいていく。
その代わり、耳の奥では「ポーン」だけが何度も反響していた。
◇
放課後の帰り道。
養成所に来てから、あの「ポーン」を何度も聞いている。
やっぱり、気のせいじゃない。
そんなことを考えていた、そのとき――
「夏」
低く、静かな声。
振り向くと、そこに立っていたのは――六華によく似た顔立ちの男だった。
黒髪。
端正な顔。
少しよれたスーツ。
「……時雨さん」
東雲家の長男。
昔は遊んでもらった記憶がある。けれど、いつからか俺への当たりはきつくなった。覚醒者ではなく、仕事もしていないと聞いている。
彼は俺を上から下まで一度見た。
その視線は、値踏みじゃない。
確認だ。
「成人式に六華と話していましたね」
「……はい」
「六華は優しい。誰にでも優しい」
間が落ちる。
空気が、一段冷えた気がした。
「……」
「もうこれ以上、馴れ馴れしくしないでいただきたい」
言い方は丁寧だった。
けれど、意味ははっきりしている。
距離を取れ、ということだ。
「……俺から近づいたつもりはありません」
できるだけ、淡々と返す。
時雨さんは一瞬だけ目を細めた。
「六華は、これから多くの功績を上げるでしょう。高ステータスの覚醒者ですからね」
分かってる。そんなこと、俺だって知ってる。
「あなたは――」
そこで言葉が止まる。
兄の視線が、俺の白い髪へ落ちた。
「……お笑い師、でしたね」
静かな確認だった。
「はい」
「妹に迷惑をかけることだけは、しないでください」
それだけ言い残して、彼は踵を返した。
去っていく背中を見送りながら、俺は息を吐く。
(迷惑、か)
正直、言い返せなかった。
俺は低ステータスで、お笑い師で、戦える保証もない。
昼間、協力してくれると言われた時は嬉しかった。
でも――。
時雨さんを見る限り、あまり頼れそうにはないなと思った。
◇
時雨さんと別れたあと、俺は一人で帰り道を歩いた。
妹に近づくな。
迷惑かけるな。
言葉はまだ、耳の奥に残っていた。
そんなことを考えていた時に、端末が小さく震えた。
表示されていた名前に、一瞬だけ足が止まった。
六華からのメッセージ。
『ちゃんと帰れてる?』
短い一文だった。
『帰ってる』
送ると、すぐに既読がつく。
『ならよかった。今日、大変そうだったから』
あの実習だったから、俺の様子が気になって連絡してきたのか。
『まあ、いろいろあったな』
少し迷って、そう返す。
『あと、あの三人と同じパーティになった顔してた』
図星だった。思わず、少しだけ笑ってしまう。
『顔に出てたか?』
『出てた。かなり』
かなり、か。自分では普通にしていたつもりだったんだけどな。
『それより、六華はすごかったよな』
『ゴブリンぐらいならね。でも、ステータスがいくら高くても、攻撃が当たれ衝撃もあるし痛みもね』
『高くてもそうなのか?』
『女の子なら尚更ね。普通に痛いのは嫌でしょ』
『そっか』
そう言われてみるとそうか。いくらステータスが高くて、強くても、嫌なものは嫌だよな。
『早く異世界で薬を探さないとね』
時雨さんから言われたことを思い出して、指が止まる。
『そうだな。じゃあ、またな』
あまりこの話題には触れない方がいいかと思い、短く返す。
『またね』
そこで、やり取りは終わった。
端末の画面が暗くなる。
その黒い画面を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。
六華は、たぶん何も知らない。
時雨さんが何を言ったかも、俺が少し引っかかったことも。




