第8話 パーティー編成と欲しいもの
異世界実習の日が、いよいよ近づいてきた。今日は、そのための班分け――パーティー編成を決める日だ。
教室の空気は、妙に落ち着かない。
椅子を揺らす音。
机を指で叩く音。
ひそひそ声。
……まあ、俺とは誰も組みたがらない気がするけど。
開始のチャイム。
一時間目は、魔法属性の授業だった。
照明が落ち、教室中央に光が集まる。やがて、女性型のホログラムが浮かび上がった。
「この時間は、魔法属性について説明します。覚醒者の髪色は、それぞれが持つ属性を表しています」
教室が一瞬ざわつく。
「赤い髪の覚醒者は、火属性。その魔力は炎を生み出し、熱を操ります。燃焼系の攻撃魔法に優れます」
太野川や赤城さんは、赤い髪だった。
火属性か。
太野川には、ぴったりだな。
「青は木属性。木といっても植物だけを指すわけではありません。流れを象徴し、そこから派生して雷や風の魔法を扱う者も多く、速度や機動力に優れます」
スピード型、って感じか。
「黒は水属性。水に関する現象のほか、気体、流体、固体などの変化も象徴します」
脛比が、覚醒しても見た目が変わらなかったのは、水属性だったからか。よく見ると、前よりはかなり濃いようにも思えるしな。
「緑は土属性。岩や大地を操り、堅牢な守りの術も扱えます。そのため、パーティーでは盾役になることも多いです」
骨田は緑色の髪だった。
土属性か。
「そして――白は金属性。金属性は直接的な攻撃魔法をほとんど持ちません。その代わり、バフ(強化)やデバフ(弱体)といった能力や精神に干渉する魔法に適性があります」
そして俺は――真っ白だ。
染めたみたいに、白い。
「中には髪色を嫌い、染め直す探索者もいます。特に赤や青は一般社会では目立ちすぎますから」
まあ、たしかに。
真っ赤な髪でコンビニに入ったら、さすがに目立つ。
「まれに、二属性を持つ複属性覚醒者も存在します。銀色は水と金の複合。水属性の魔法と支援系の魔法を併せ持つ、希少な資質です」
六華。
銀色の髪が、照明に光っていたのを思い出す。
水と金。
攻防どちらも扱える可能性。
……そりゃ、強いわけだ。
そして。
俺の髪は、真っ白になった。
つまり、金属性の覚醒者ってことになる。だが――問題はそこだ。金属性は、強化や弱体を得意とする支援系の属性。
でも、俺のジョブはお笑い師だ。人を笑わせる職で、どうやって支援をするんだ?
味方を笑わせたら攻撃力アップ?
敵が笑いすぎて戦意喪失?
……漫画かよ。
異世界は、そんなに甘くない。
窓ガラスに映る、自分の白い髪を見る。
悪くない色だとは思う。
けど、今の俺には――。
ただの“白髪”にしか見えなかった。
◇
一時間目が終わり、教室がざわめき始める。俺は次の授業のノートを出そうとカバンを開け――その手を止めた。
「夏さん」
静かな声。
振り向くと、そこに六華が立っていた。銀の髪が、窓から差し込む光を受けて淡く揺れている。
「約束、覚えていますか?」
「約束?」
「欲しいもの、教えてくれるって」
……ああ。
成人式の日の会話か。
黒い瞳が、逃がさないみたいにまっすぐこちらを見ていた。誤魔化せない。俺は一度視線を落とし、ゆっくり息を吐く。
「……薬だよ」
一瞬、教室の音が遠くなった気がした。
六華は驚かなかった。
「やっぱり、薬ですか」
小さくうなずく。
「小蓮さんも、気づいていますよ」
「まあ……そうかもな」
隠してるつもりでも、あいつにはたぶんバレてる。
「夏さんが無茶をするんじゃないかって、心配していました」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
六華と小蓮は、昔から仲がいい。今でもきっと、連絡を取り合っているんだろう。
「それでも」
言葉を選ぶ。
「それでも、薬が手に入るなら……異世界に行ってみるよ」
正直、無謀だと思う。
お笑い師。
低ステータス。
魔法が使えるかどうかも分からない。
でも行かない理由にはならない。
六華は、何も言わずに俺の言葉を受け止めていた。
責めもしない。
止めもしない。
ただ、静かに。
「それが、欲しいものなんですね」
問いというより、確認だった。
窓際の光が彼女の銀髪を透かし、淡く揺れる。その横顔は、どこか大人びて見えた。
そして。
「……なら、私も手伝います」
その声には、迷いがなかった。
「え?」
思わず顔を上げる。
六華は、まっすぐこちらを見返していた。
逃げない目だ。
「夏さんが小蓮さんのために異世界へ行くなら、私も力を貸します」
その言葉に、不意に記憶がよぎる。
小学校の帰り道。道草して、くだらないことで笑って。あの頃と同じ距離のまま、六華はそこに立っていた。
「大事な――友達として、です」
少しだけ頬を赤らめて、六華は視線を逸らす。
「小蓮さんのことも、あなたのことも…… 昔から知っていますから」
教室のざわめきが、ゆっくり戻ってくる。
でも、俺の中では何かが静かに変わっていた。ひとりで行くつもりだった。ひとりで背負うつもりだった。
けれど――。
隣に立つ銀色の光が、やけに頼もしく見えた。
◇
チャイムが鳴る。
教室の空気が、ぴんと張りつめた。
――いよいよ、パーティー編成。
教卓の後ろに立った田中先生が、いつもより少し低い声で言う。
「戦士と武闘家は前衛。僧侶は前衛の補助と回復、そして魔法使いの防御。魔法使いは後衛から攻撃。基本は――戦士・武闘家・僧侶・魔法使いの4人パーティだ」
黒板に役割図がホログラムで浮かぶ。
前衛2人。
中衛1人。
後衛1人。
シンプルで、無駄がない。
探索者科一組の内訳はこうだ。
戦士4人。
武闘家5人。
魔法使い5人。
僧侶4人。
魔法戦士1人。
そして――
お笑い師、1人。
……俺だ。
ざわっ、と教室が動き出す。
席を立つ音。
名前を呼び合う声。
視線が交差する。
まず最初に決まったのは、いわゆる“カースト上位”の4人。
戦士の朝倉悠斗、武闘家の六角蓮、魔術師の鈴木沙羅、僧侶の近藤ひなた。
華やかで絵に描いたような組み合わせだ。まるで最初から決まっていたかのように、自然に輪ができる。
まあ、あそこは鉄板だな。
続いて女子パーティーが二組。
男子パーティーが一組。
視線の端で、六華が班の中心に立っているのが見えた。女子だけのパーティだけど、ちゃんと基本の形をしている。
気づけば、教室に残っているのは――。
俺と。
太野川。
脛比。
骨田。
……やっぱりか。
三人が、同時にこっちを見る。その視線が、まるで「当然だろ」と言っている。どうやら周りからは、日頃絡まれているせいで“仲がいい“認定されているらしい。
とんだ誤解だけど。
「それじゃあ、パーティーごとに固まれ。リーダーは今は決めなくていい」
田中先生の声に押され、俺は重い足取りで三人の元へ向かう。
「僧侶いねぇな。ガンガン攻めるしかねぇな」
太野川が腕を組む。
「キミは肉壁担当ね」
脛比がニヤリと笑う。
「回復なしはキツくない?」
骨田が肩をすくめる。
……肉壁?
「いや、俺そんなに頑丈じゃ――」
「ハハハ」
「ヒヒヒ」
「フフフ」
本当に、これで大丈夫なのか……?




