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第7話 武闘家実習

 今日は――実習の日だ。


 戦士・武闘家クラスは体育館。

 僧侶・魔法使いクラスは演習場。


 そして、お笑い師の俺には、該当クラスがない。とりあえず、武闘家クラスに混ざることになった。


 体育館に入ると、すでに二十人ほどが集まっていた。奥側が戦士クラス。ステージ寄りが武闘家クラスらしい。


 そして、当然のように横には脛比がいた。


 目が合う。にやり、と嫌な笑み。


 さらにその奥には、腕を組んだ太野川。完全に観察する側の顔だ。


 あー……面倒だな。

 心の中で小さくため息をついた、そのとき。


 体育館の扉が重く開いた。


「よし、全員そろってるな」


 低く、通る声だった。


「俺は武闘家の田中だ」


 筋肉質な男が前に出る。無駄な脂肪がほとんどない体。立っているだけで、もう普通の人間とは違って見えた。


 その隣には、やや年上の男が立つ。


「林だ。戦士と武闘家の複合職、武道家だ」


 静かな声なのに、妙に圧がある。どちらも現役探索者。異世界で今も戦っている人間だ。この時期だけ、養成所で指導してくれるらしい。


「まずは見本だ。目を離すな」


 二人が中央に立つ。


 その瞬間、空気が変わった。さっきまでのざわめきが、嘘みたいに消える。


 ――踏み込み。


 林先生が、一瞬で間合いを詰めた。


 鋭い突き。

 田中先生は、それを手首だけで受け流す。


 次の瞬間。

 反撃の拳。

 ドン、と空気が鳴った。


「おおっ……!」


 誰かが息を漏らす。


 速い。

 視線で追うのが、やっとだった。


 拳と拳がぶつかるたび、体育館の床がかすかに震える。


 本気じゃない。

 なのに、これだ。


 約一分。体感では、十秒もなかった。反射的に息を止めていたことに、終わってから気づいた。


 同時に距離を取り、二人は構えを解く。


「……まあ、こんなもんだ」


 田中先生が肩を回す。

 汗ひとつ、かいていない。

 

 俺の手のひらに、じんわり汗がにじむ。


 あれが、探索者。あれが、前線。俺と同じ世界の人間とは、思えなかった。


 田中先生が、こちらを見た。


「よーし! 今から二人一組で組手だ!」


 ざわめきが戻る。


「武闘家クラスは軽く組手。戦士クラスは木刀で対人練習。技を競うな。相手の動きを“感じろ”」


 そして、ひとこと。


「近くのやつとペアを組め」


 その言葉を聞いた瞬間――まるでキツネが獲物を見つけたみたいな顔で、脛比がゆっくり手をかけてきた。


「おい、ばかとの。オレちゃんと組もうぜ?」


 周囲を見渡すと、ほとんどの生徒が俺達の周りを空けていた。仕方なく、脛比と向き合うことになった。


 嫌な予感しかしない。みんなの前でボコボコにするつもりなんだろう。そんなことを考えていると、林先生が声を上げた。


「戦士も武闘家も、体は頑丈になっている。だが、当たればそれなりに痛いぞ。お互いケガをしないよう、顔面への攻撃は禁止だ」


 俺はおずおずと手を挙げる。


「先生。俺、ステータスが低くて……」


 林先生がうなずいた。


「そうか。お前が噂の……。まあ、ここでケガをしても仕方ない。念のため、しっかりした防具をつけておけ」


 ほかの生徒たちは軽い防具だけ。俺は分厚い胴に、小手。足当ても重ねる。ほとんどゆるキャラみたいな丸いシルエットになる。


「ぷっ。その格好だけで笑えるな」


 脛比がニヤニヤしながら構えた。

 俺は何も言わず、ぎこちなく構える。


「――始め!」


 林先生の合図と同時に、脛比が飛び込んできた。

 蹴りが、頭めがけて跳ね上がる。


「ヘブシッ!」


 また、変なくしゃみが飛び出した。反射的に首をすくめた、その瞬間――脛比の蹴りが頭のすぐ上をかすめて抜ける。


 間抜けな姿勢のまま止まる俺。

 目の前で、脛比が驚いた顔をしていた。

 互いに、一瞬だけ動きが止まる。


(……顔面なしって言ってたよな)


「ヒヒヒ。相変わらず変なくしゃみだな。次は外さないよ!」


 脛比が息を荒くして、一気に間合いを詰めてくる。下がる間もなく、拳が飛ぶ。


「ヘブシッ! ヘブシッ! ヘブシッ!」


 三連続のくしゃみ。


 そのたびに、脛比の突きと蹴りが紙一重で外れていく。拳が頬の横を抜け、蹴りが髪をかすめて風だけが走る。


 脛比の眉間に、焦りが浮かんだ。


 何度も突き、何度も蹴る。そのたびに、俺の間抜けな動きと妙に噛み合わず、攻撃はことごとく空を切った。


 くしゃみで体が前に折れた瞬間、拳が外れる。足をもつらせた拍子に、蹴りをかわす。バランスを崩したはずなのに、そのまま相手の腕の下をすり抜ける。


「くっ! このっ! せいっ!」


 脛比の動きが、だんだん雑になる。


「ハァ……ハァ……。ま、マグレも続くもんだな」


 息を切らしながら、脛比が吐き捨てた。


「今度はキミが打ってこいよ」


 挑発するように顎を上げる。


 俺は覚悟を決めて、拳を握った。脛比の腹を狙って、思いきり踏み込む。


 ――その瞬間。


「うわっ!?」


 足がもつれ、体が前につんのめった。倒れそうになって、咄嗟に踏ん張る。後ろへ突き出した手が、何かに当たる。


「パンッ!」


 乾いた音が、体育館に響いた。


 気づけば俺は、脛比のすぐ横に立っていた。伸ばした手の甲が、彼の胸元をぺちんと叩いている。


「……え?」


 脛比が、間抜けな顔で固まった。


「――それまで!」


 林先生の声が響く。


 気づけば、体育館中の視線が俺たちに集まっていた。どうやら組手の最中に、ステージ前まで移動していたらしい。


 一拍の静寂。


 それから――。


「ぷっ……」

「ハハハハハ!」


 見ていた生徒たちの間から、笑いが弾けた。ぽかんと立ち尽くしたまま、耳の奥でまた軽い電子音が鳴る。


「ポーン」



 その日の授業がすべて終わり、教室の空気がふっと緩んだ。椅子を引く音。笑い声。俺はカバンの中を確認しながら、帰り支度をしていた。そのとき、また聞き慣れた声が近づいてくる。


「よぉ、ばかとのサマー。今度は俺様とも組手してくれよ」

「オレちゃん、さっきの全然効いてないんだよねぇ」

「ボクもやりたいけど、魔法職だからさ〜」


 こいつら、俺を構うこと以外にやることがないのか。


「まあ、武夫は東雲の前で恥かかされたからな」


 太野川が、ニヤリと笑いながら言った。


「ば、バカッ! 剛! 余計なこと言うなって!」


 脛比が慌てて太野川の腕をつかむ。


(……東雲? 六華のことか)


 どうやら、あのときの組手は戦士クラスの連中にもしっかり見られていたらしい。脛比が六華に見られていたのなら、あの動揺も納得だ。


 この学校では“三花さんか”――六華〈百合〉、小蓮〈芍薬〉、真宮寺〈牡丹〉。この三人のうち誰かを好きになる男は多いと言われている。


 それに六華は、戦士クラスでも頭ひとつ抜けているらしい。先生が思わず褒めちぎったとか、そんな話も聞こえてきた。


 俺はくしゃみで避けるだけで精一杯だった。他人の組手まで見ている余裕なんてなかったけど、戦士も武闘家も、レベル一同士なら実力差はそこまで大きくないらしい。


 ――もっとも、友達相手に本気を出すわけにもいかないだろうけど。


 そんなことを考えていると、太野川が俺の肩に手を置いた。


「なぁ、ばかとのサマ。異世界実習、出るんだろ?」


 不意に聞かれて、一瞬だけ言葉に詰まる。

 けれど、すぐにうなずいた。


「……ああ」


 その瞬間。

 三人の顔が、同時ににやりと歪んだ。


「へぇ〜、そりゃ楽しみだな」

「ちゃんと明日も来なよ」

「実習、待ってるからさ」


 心底、嫌な笑みだった。あいつらが何を楽しみにしているのか、聞かなくても分かる気がした。


 そう言い残して、三人は笑いながら教室を出ていった。静かになった教室で、俺は深く息を吐いた。

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