第6話 戦闘系ジョブとスカウト
二時間目が始まると同時に、教室の照明がすっと落ちた。
ざわめきが、一段低くなる。
前方に光が集まり、粒子が組み上がるように形を成す。――現れたのは、ひとりの女性だった。
「……あれって、C級の赤の剣姫じゃね?」
「うぉっ、本物!?」
教室が一気にざわついた。
ホログラムの女性は、C級探索者――赤の剣姫こと、赤城伊織。
まだ二十歳だったはず。
二本の刀を自在に操る。武器でも、素手でも戦える複合ジョブ、“武道家“の保持者。戦士と武闘家の特性を併せ持つ、いわゆる前衛特化型だ。
赤い髪を高く結ったポニーテールが揺れるどこか気品があるのに、目つきは刃物みたいに鋭い。その強さと美しさで人気も高く、テレビや動画で見かけることも多い。探索者という仕事そのものの宣伝も兼ねているんだろう。
(画面越しより、迫力あるな……)
ホログラムなのに、存在感が妙に強い。
「昨日はジョブ判定、お疲れさまでした」
赤城さんが、ほんの少しだけ柔らかく笑う。その瞬間、教室の男子の何人かが無言で背筋を伸ばした。
「皆さんのジョブ、どうでしたか? 希望通りの人も、そうでない人もいると思います。でも――どんなジョブにも活かし方があります」
(……ほんとか?)
脳裏に、お笑い師の文字が浮かぶ。
「レベルが上がれば、できることも増えていきます。ですから、落ち込まないでくださいね」
あのステータスだと、レベルが上がってもな。
「では代表的な戦闘系ジョブから説明します。まずは戦士。武器や防具を装備し、モンスターに対して最前線で戦うジョブです」
全身鎧のホログラムが出現する。剣、斧、槍を次々と持ち替え、迫りくるモンスターを斬り倒していく。
使える武器や防具の幅が広く、ファッション面で女子にも意外と人気があるらしい。
「前線で敵を引き受ける、最も基本的なジョブです」
王道だな。使える武器が多いのはいいな。
「次は――武闘家」
映像が切り替わる。軽装の戦士が、拳に闘気をまとわせた。
――ドン。
一撃で地面が砕ける。
――バン。
蹴りで巨体のモンスターが吹き飛ぶ。
「速さと間合いが持ち味です」
「かっけぇ……」
「速っ」
教室がどよめく。
脛比、喜んでるだろうな。
「続いて――僧侶」
白衣のホログラムが光を放つ。倒れた仲間が一斉に立ち上がり、傷が白い光で塞がっていく。
――と、思った次の場面。巨大な棍棒を振り抜き、骸骨のモンスターを粉砕した。
「え、僧侶なのに!?」
ざわめきが広がる。
「回復と補助が主軸ですが、対アンデッド戦闘能力も高いです」
僧侶、普通に強いな。もっと後衛専門だと思ってた。
「最後に――魔法使い」
ローブ姿の人物が片手を掲げる。巨大な火球が出現し、次の瞬間、轟音とともに爆ぜた。
その光景に、思わず喉が鳴る。
やっぱり、格好いいな。
「遠距離攻撃を得意とします。属性の選択と魔力管理が重要です」
教室は完全に引き込まれていた。
映像が消え、再び赤城さんだけが残る。
「以上が、代表的な戦闘系ジョブです。どれも強さだけでなく、仲間との連携が重要になります。皆さんも、自分のジョブの特性を理解して、無理のない形で戦ってください」
その言葉に、教室の空気が少し引き締まった。
「基本ジョブの上位には、重戦士、忍者、高僧、魔弓士。さらに複合ジョブとして、武道家、魔法戦士、騎士、武闘僧、魔闘士、賢者があります」
画面に名称が浮かび上がる。
「そして特殊ジョブ。聖者、勇者などです」
少しだけ、声のトーンが変わった。
「皆さんは異世界実習を修了すれば、ランクE級探索者になります」
E、D、C、B、A、S。
スクリーンにランクが並ぶ。
「E級は探索者としての最下位ランクです。主に低危険度区域での採取、簡単な討伐、補助任務が中心になります」
画面のEの文字が淡く光る。
「D級になると、活動範囲が少し広がります。単独行動を許可される者も出てきますが、それでもまだ中級未満です」
続いて、C級の文字が浮かぶ。
「C級からが一人前と見なされます。ギルドの正式戦力として扱われ、危険度の高い依頼にも参加できるようになります」
教室の空気が少し変わった。
赤城さんが、ちょうどそのC級だ。
「B級は上位探索者です。ギルドの主力として扱われ、複数のパーティーをまとめる役目を担うこともあります」
さらにA級。
「A級は国内でも数が少なく、最前線で国家規模の案件に関わることもある特別な探索者です」
最後に、S級の文字だけが少し大きく表示された。
「そしてS級。到達者は極めて少なく、災害級モンスターへの対処や、未踏破領域の攻略を任される存在です」
教室のあちこちから、小さく息をのむ音が聞こえた。
赤城さんは、並んだランク表示を一度見渡してから、静かにこっちを見た。
「ただし――ランクが高いから偉い、というわけではありません」
少しだけ意外な言葉だった。
「探索者は、上を目指す仕事ではあります。でも同時に、生きて帰ることが一番大事な仕事でもあります」
声は静かだったが、不思議なくらい教室の隅まで届いた。
「E級にはE級の役割があります。採取、補助、情報収集。そうした積み重ねがあるからこそ、上位探索者も前線で戦えます」
スクリーンのランク表示がゆっくりと消えていく。
「焦って背伸びをすると、死にます。自分にできることと、できないことを見極めてください」
その一言に、教室がすっと静かになる。
「まずは実習を無事に終えること。ランクは、その先で少しずつ上がっていきます」
赤城さんは、そこでほんの少しだけ表情を和らげた。
「皆さんが少しでも長く探索者を続けられることを願っています」
最後に一礼。次の瞬間、ホログラムの輪郭が光の粒になってほどけていく。
照明が戻る。
ざわめきが再開する。
戦士、武闘家、僧侶、魔法使いの戦い方は、映像でよく分かった。上位や複合、特殊ジョブは名前だけだったが、数が少ないからだろう。
俺のジョブ――お笑い師には、一言も触れられなかった。まあ、珍しいジョブだし。仕方ないのかもしれない。とはいえ、分からないことだらけだ。
探索者養成所には、現役の探索者が教官として在籍しているはずだ。実習以外の授業は、こうしたホログラム中心らしいが、校内には職員も指導員もいる。
――もしかしたら、誰かに聞けば、お笑い師について教えてもらえるかもしれない。そんな期待をしつつ、授業の後片付けをした。
◇
周りの生徒たちは、帰り支度や友人同士のおしゃべりに夢中になっていた。
俺は少し遅れてカバンを手に取り、立ち上がる。
そのとき――。
「ピンポンパンポーン♪」
校内放送のチャイムが鳴り、教室にアナウンスが響いた。
「――羽賀登野夏さん。面談室まで来てください」
周囲の視線が、一斉に俺へ向く。
……なんで呼ばれた?
ステータスが低いやつに、スカウトなんてあるはずない。
◇
面談室の扉をノックし、「失礼します」と声をかけて中へ入る。
室内には、派手なスーツを着た大人たちが何人か座っていた。
「羽賀登野夏さんかな。キミがお笑い師だよね?」
男のひとりが立ち上がり、満面の笑みで一歩近づいてくる。距離が近すぎて、背中が少し反る。
「……そうですけど」
「いやあ! お笑い師の覚醒者が出たって聞いてさ! もう、いてもたってもいられなくて飛んできちゃったよ~!」
勢いよく、まくしたてる男。そのテンションに押されて、どう返せばいいのか分からず立ち尽くしていると――。彼は、俺の顔を見た瞬間、ぴたりと動きを止めた。
ほんの一瞬。
けれど、分かってしまった。その一秒にも満たない間に、表情から期待が消え、代わりにあからさまな失望が浮かんだのが。
男の後ろにいた大人たちも、互いに目を合わせる。誰かが小さくため息をついた。
男はポケットに突っ込んでいた手を引き抜き、わざとらしく明るい声を出す。
「あ、あ~~なるほど。うん、なるほどね~~」
(何がなるほどなんだ)
「いやいや、失礼。いや、ほんと貴重なジョブで! じゃ、じゃあ! 今後の活躍、期待してるんで! うん、ホントに! 今日はありがとう!」
男は貼りつけたみたいな笑顔のまま、軽く頭を下げた。そのまま背を向け、出口へ向かう。他の大人たちも、「ありがとう」「頑張ってね」と口々に言い残し、ぞろぞろと出ていった。
静まり返った面談室に、彼らの話し声だけが扉越しに聞こえてくる。
「……話が違うだろ。お笑い師って、もっと顔がいいはずじゃなかったのか?」
「今回はハズレか」
「とんだ無駄足だったな……」
ああ、そういうことか。
過去のお笑い師には、美男美女がいた。俳優、歌手、モデル。どの名前も、テレビやネットで一度は見たことがある有名人ばかりだ。
きっと――俺が彼らみたいに“見た目”で輝いていたら、芸能事務所のスカウトとして名刺を差し出していたんだろう。
「ぜひ一緒にやろう」
「君には才能がある」
そんな言葉を、笑顔で並べながら。
面談室には、もう誰もいない。さっきまでの賑やかな声が嘘みたいに消えた部屋で、俺はしばらく立ち尽くしていた。




