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第60話 なんだって?

「――――」


 囁きが、耳の奥に入ってきた。

 

「……?」


 何を言っているか分からない。

 振り払うように手を振ったけど、リッチはもういなかった。


 スケルトンの向こうで、リッチが浮いている。

 

「みんな、小蓮の周りに集まって! 小蓮、みんなを守って!」


 赤城さんが声をあげる。


 恐怖で動けなくなっていた太野川、脛比、骨田。

 赤城パーティの人たちも、震えながら重い足取りで小蓮の近くに歩いて行く。


「ホーリーシールド」


 小蓮の両手から、白い光が広がった。

 光は薄い膜のように周りへ広がり、みんなを包み込んだ。 


 スケルトンの剣が、光の膜にぶつかる。


 カンッ。


 乾いた音が響いた。


 槍も、盾も白い膜に触れるたび、弾かれるように止まる。


「小蓮!」


 俺が叫ぶと、小蓮は歯を食いしばったまま答えた。


「大丈夫……」


 顔色は悪い。

 額には汗がにじんでいる。

 それでも、小蓮は両手を下ろさなかった。


 その時、リッチが動いた。


 黒い影が、音もなく揺れる。


 白い膜の外側。

 スケルトンの群れの奥。


 青白い二つの光が、俺を見ていた。


 次の瞬間、リッチの姿が消えた。


「羽賀登野さん!」


 真宮寺さんの声が飛ぶ。


 黒い影は、俺のすぐ横に現れていた。

 顔のない空洞が、俺の耳元に近づいた。


「――――」


 また、囁き。


 冷たい声だった。


 俺は眉をひそめる。


「……?」


 リッチの青白い光が揺れた。


 俺は耳のあたりを手で払う。

 まるで何を言ってるか分からない。


「羽賀登野さん!?」


 真宮寺さんが驚いた声を出す。


「平気なの!?」


 赤城さんも目を見開いた。


「平気っていうか……。知らない言葉でぼそぼそ言われても」


 そう言った瞬間、広間が一瞬だけ静かになった。


 いや、スケルトンはまだ光の膜を叩いている。

 赤城さんたちも息を整えている。

 でも、空気だけが変に止まった気がした。


 リッチが、もう一度俺に近づく。


「――――」


 今度は少し長い。


 たぶん、何か呪いの言葉なんだと思う。

 でも、やっぱり分からない。


「なんだって?」


 リッチの青白い目が、また揺れた。

 まるで、初めて意味の分からない反応をされたみたいに。


 怒っているのか。

 困っているのか。

 そもそも感情があるのか。


 分からないけど、少なくとも戸惑っているようには見えた。


「――――!」


 今度は強めに囁かれた。


 囁きなのに、圧がある。

 普通なら、それだけで背筋が凍るのかもしれない。


 でも、俺にはやっぱり意味が分からない。


「なんだって?!」


「夏……」


 小蓮が呆れたような、安心したような声を出した。


 赤城さんが、剣を握り直しながら呟く。


「効いてない……?」


 真宮寺さんも信じられないように俺を見ていた。


「リッチの呪言は、意味を理解しなくても精神へ作用するはずです」


「そう言われても、俺には何言ってるか分からないだけで」


「普通は、それでも恐怖に縛られます」


 リッチの周囲の黒い霧が濃くなる。


 青白い光が細くなった。


 今度は、はっきりと俺だけを狙っている。


 黒い影が、膜の外側を滑るように移動した。


 俺の右耳へ。


「――――」


 左耳へ。


「――――」


 背後へ回って。


「――――」


「なんだって!!」


 思わず叫んだ。


 リッチが止まった。

 俺も止まった。

 広間が、完全に止まった。


 小蓮のホーリーシールドを叩いていたスケルトンの動きまで、一瞬だけ止まった気がした。


 リッチの青白い光が、大きく揺れる。


 いや、揺れたというより、ぶれた。


 黒い霧が乱れる。


「……今」


 赤城さんが目を細めた。


「リッチの魔力が揺らいだ」


 真宮寺さんがすぐに剣を構え直す。


 小蓮が少しだけ笑いそうになって、すぐに顔を引き締めた。


「夏、もう少しだけ耐えて」


「耐えるっていうか、聞き取れないだけだけど」


「それでいいから!」


 小蓮の白い光が強くなる。


 ホーリーシールドの内側で、太野川たちが少しずつ息を整えていた。

 恐怖で固まっていた手足が、わずかに動き始めている。


 太野川が低く息を吐く。


「……動ける」


 脛比が膝を押さえながら顔を上げる。


「怖かった……けど、戻ってきた」


 骨田も杖を握り直した。


「何だったの、今の……」


 赤城パーティのメンバーたちも、少しずつ立ち上がっていく。


 赤城さんが炎の剣を構えた。


「動ける人から前へ。小蓮の負担を減らす!」


 赤城パーティの手甲をはめた男が、ホーリーシールドの外へ飛び出した。


 その拳がスケルトンの頭を砕く。


 大きな槍を持った女の人も続いた。


 槍の穂先が横に走り、三体のスケルトンの首をまとめて飛ばす。


 太野川も剣を握り直した。


「さっきの借り、返してやる」


 そう言って、光の膜の外へ出る。


 脛比がその横をすり抜ける。


「俺ちゃんも、もうビビってないから!」


 骨田も杖を構えた。


「ストーンバレット!」


 石弾が飛び、盾を構えていたスケルトンの頭を砕いた。


 さっきまで押されていた戦況が、少しだけ戻る。

 スケルトンが次々と黒い砂に変わっていく。


「よし、このまま――」


 太野川が言いかけた瞬間だった。


 リッチが、また消えた。


「来ます!」


 真宮寺さんが叫ぶ。


 黒い影が、赤城パーティの手甲の男の背後に現れる。


「――――」


 耳元で囁く。


 男の拳が止まった。


「……っ」


 次に、槍の女の人。


「――――」


 槍先が床に落ちる。


 さらにローブの人。


「――――」


 杖の光が消えた。


「まずい!」


 赤城さんが振り返る。


 けれど、リッチはもうそこにいない。


 太野川の横。


「――――」


「また……」


 太野川の剣が止まる。


 脛比。


「――――」


「や、だ……」


 脛比の膝が震え、その場から動けなくなる。


 骨田。


「――――」


「ひっ……」


 骨田は杖を握ったまま固まった。


 一瞬だった。


 せっかく外へ出たメンバーが、また次々と動けなくなる。


 その間にも、スケルトンは止まらない。


 錆びた剣が、動けなくなった太野川へ振り下ろされる。

 真宮寺さんが飛び込み、剣で受け止めた。


 でも、別のスケルトンが脛比へ迫っている。

 赤城さんが炎の剣で薙ぎ払う。


「みんな戻って! 小蓮、もう一度!」


「はい!」


 小蓮が両手を上げる。

 小蓮の白い光が広がる。


「ホーリーシールド!」


 光の膜がもう一度広がり、動けなくなった太野川たちを包み込んだ。


 スケルトンの剣が、膜に弾かれる。


 カンッ。


 乾いた音が響く。


 リッチは、青白い光を揺らしながら俺を見ている。

 青白い光は強さを増していた。


 白い光が強くなった瞬間、小蓮の肩が大きく揺れた。

 光の膜が、一瞬だけ波打つ。


 小蓮の顔色が、さっきよりも悪い。

 唇から血の気が引いている。

 そして、急に荒く息をし始めた。


 発作だ!!


「小蓮。無理するな!」


「……大丈……夫」


 小蓮はそう言って、歯を食いしばる。


 こいつをどうにかしないと、全滅するかもしれない。

 それより先に、小蓮がもたないかもしれない。


 俺は、リッチを睨んだ。

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