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第59話 リッチ

 黒い影が、こちらを向いた。


 人の形をしている。

 けれど、人ではなかった。


 黒い布のようなものをまとい、顔にあたる場所には、暗い穴のような空洞があった。

 その奥で、青白い光が二つ揺れている。


「リッチ……」


 真宮寺さんが低く呟いた。

 その声には、いつもの冷静さとは違う硬さがあった。


「リッチ?」


 俺が聞き返す。


「実体の薄いアンデッドです。物理攻撃が通りにくく、精神干渉や魔力吸収を使うことがあります」


 墓地よりもさらに広い広間の中央に、レイスが浮いている。 

 そして、その周り。


 スケルトン。

 大量のスケルトンがいた。


 剣を持つもの。

 槍を持つもの。

 盾を構えるもの。


 さっきの墓地で見た数より、さらに多い。


「また骨かよ……」


 太野川が低く言った。


 赤城パーティは、そのスケルトンの群れに囲まれかけていた。


 前に立つ赤城さんが、赤い剣を振るう。

 炎をまとった刃がスケルトンをまとめて薙ぎ払った。


「燃えろ!」


 赤い光が弾け、数体のスケルトンが黒い砂に変わる。

 でも、すぐに別のスケルトンが前へ出る。


 数が減っているように見えない。


 赤城さんの近くには、手甲をはめた筋肉質な男と、大きな槍を構えた女の人がいた。


 もう一人、ローブを着た人が後ろから魔法で援護している。


 そして、その後ろ。

 小蓮がいた。


 両手に白い光を宿している。

 顔色は悪い。

 でも、必死に前を見ていた。


 リッチがゆっくり腕を振る。

 それに合わせるように、広間の端に転がっていた骨が震え始めた。

 そして、その骨片から、また新しいスケルトンが立ち上がっていく。


「欠片から作ってる?」


 太野川が剣を握り直す。


「おそらく」


 真宮寺さんが答える。


「リッチを止めなければ、スケルトンはなかなか減りません」


「でも、物理が通りにくいんだろ?」


 脛比が顔をしかめる。


 骨田が杖を構えた。


「魔法なら?」


「聖属性が有効ですが、通常魔法でも効くはずです」


 真宮寺さんが前に出る。


「第8パーティ、赤城パーティを援護します。太野川さんと脛比さんはスケルトンを抑えてください。骨田さんはリッチへの牽制。羽賀登野さんは――」


 赤城さんがこちらに気づいた。


「第8パーティ!? どうしてここに!」


「転移罠です!」


 真宮寺さんが答える。


「加勢します!」


「あなた達じゃ……、けど助かる! スケルトンを減らして! リッチはまだ無理に触らないで!」


 真宮寺さんが、剣を振るい、前のスケルトンの首を落とす。

 太野川が、その隙間へ飛び込み、槍持ちのスケルトンをあばらを砕く。

 脛比が、横から骨の足を蹴り砕く。

 

「小蓮!」


 叫ぶと、小蓮が目を丸くしていた。


「夏!?」


「大丈夫か!」


「それはこっちの台詞!」


 言い返されて、少しだけ安心した。

 でも、状況はまったく安心できない。


 リッチがこちらを見ていた。


 顔なんてない。

 表情もない。


 それなのに、俺には分かった。

 あいつは、俺たちを見ている。


 次の瞬間、リッチの姿がぶれた。


「え?」


 そう思った時には、もう赤城パーティのローブの人の背後にいた。


 黒い影が、音もなく寄り添う。


 そして、耳元に口を近づけるようにして、何かを囁いた。


「――――」


 その声を聞いたローブの人の体が、びくりと震えた。


「……あ……」


 手から杖が落ちる。

 次の瞬間、ローブの人は膝から崩れた。


「浩二!」


 赤城さんが叫ぶ。


 でも、リッチはもうそこにいなかった。


 黒い影が、またぶれる。


 今度は、手甲をはめた筋肉質な男の背後。


「――――」


 耳元で囁く。


 男の顔から血の気が引いた。


「く、そ……」


 拳を握ったまま、膝をついた。


 続いて、大きな槍を構えた女の人。


「――――」


「いや……っ」


 槍の穂先が床に落ちる。

 女の人は震えながら、その場に立ち尽くした。


 速い。


 速すぎる。


 移動しているというより、影が飛んでいるみたいだった。


「全員、耳を――」


 赤城さんが叫びかけた瞬間、リッチが赤城さんの背後に現れた。


「伊織さん!」


 小蓮が叫ぶ。


「――――」


 リッチが囁く。


 赤城さんの体が、大きく揺れた。


 炎をまとっていた剣の光が、少し弱くなる。


「っ……!」


 それでも、赤城さんは倒れなかった。

 歯を食いしばり、剣を床に突き立てる。


「このぐらいで……」


 赤城さんは、かろうじて立っていた。


 だが、顔色は明らかに悪い。


 リッチの青白い目が、次にこちらを向いた。


「来ます!」


 真宮寺さんが叫ぶ。


 黒い影が消える。


 次に現れたのは、太野川の横だった。


「なっ――」


「――――」


 耳元で囁かれた瞬間、太野川の剣が止まった。


 太野川の目が見開かれる。


「……」


 声も出せないまま、膝が落ちた。


「剛!」


 脛比が叫ぶ。


 だが、その声が終わる前に、リッチは脛比の背後にいた。


「――――」


「ひっ……」


 脛比の顔が引きつる。

 さっきまで軽口を叩いていた口が、完全に閉じた。

 足が震え、その場から動けなくなる。


 次は骨田だった。


「く、来るな……!」


 骨田が杖を向ける。


 でも、間に合わない。


 リッチは骨田の肩口に影のように寄り添い、耳元で囁いた。


「――――」


 骨田の杖の先の光が消えた。


「……無理……」


 骨田はその場に座り込む。


「真宮寺さん!」


 俺が叫ぶ。


 真宮寺さんは剣を構えた。


 けれど、リッチの方が速い。


 黒い影が、真宮寺さんのすぐ横に現れる。


「――――」


 囁き。


 真宮寺さんの肩が震えた。


 剣先がわずかに下がる。


「……っ」


 それでも、真宮寺さんは倒れなかった。


 唇を噛み、剣を握り直す。


「まだ……動けます……」


 声は震えていた。

 でも、立っている。


 次に、リッチは小蓮の方を向いた。


 俺の心臓が跳ねた。


「小蓮!」


 リッチが一瞬で小蓮の背後に回る。


「――――」


 耳元で囁く。


 小蓮の白い光が、大きく揺れた。


「……っ!」


 小蓮の膝が落ちかける。

 でも、ぎりぎりで踏みとどまった。


「私は……大丈夫……」


 小蓮は震える声で言った。


 赤城さん。

 真宮寺さん。

 小蓮。


 三人だけが、かろうじて立っている。

 他のメンバーは、恐怖に縛られたように動けない。


 その間にも、スケルトンたちは動き続けていた。


 剣を持った骨が近づく。

 槍を持った骨が構える。

 盾を持った骨が前に出る。


 まずい。


 このままだと、立っている三人だけで全員を守ることになる。


 そう思った時、リッチがゆっくりこちらを向いた。


 青白い光が、俺を捉える。


 リッチの姿が消えた。


 次の瞬間、俺のすぐ横に、黒い影があった。


 近い。

 冷たい。


「――――」

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