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第58話 罠

 墓地は静まり返っている。


「……あれ、もう光ってないな」


 俺が言うと、全員の視線が墓石に向いた。


 脛比が気まずそうに一歩下がる。


「いや、もう触らないから」


「当たり前だろ」


 太野川が即答する。


「一回触ってスケルトン起こしたんだからな」


「起こしたって言い方やめて。俺ちゃんが墓荒らしみたいじゃん」


「ほぼ墓荒らしだろ」


 脛比は反論できなかったらしく、口を閉じた。


 真宮寺さんが墓石に近づく。


「おそらく、スケルトンを出現させるための仕掛けだったのでしょう」


 床には黒い砂が薄く広がっている。

 踏むたびに、じゃり、と嫌な音がした。


 俺たちは墓地の奥へ進むと、岩の壁の行き止まりだった。

 その壁の足元近くに、大きな黒い石がとび出ていた。


 脛比が、それを見て、思わず足を止める。


「これ……ブラックオニキスに似てる」


 前に採取したブラックオニキスよりも、ずっと大きい。

 あの時の石は拳大という感じだったけど、これは子供の頭ぐらいある。


 骨田が目を輝かせる。


「大きいね。これ、もしブラックオニキスなら相当な価値があるんじゃない?」


「簡単に削れる大きさじゃないだろ」


 太野川が言う。


「でも、ちょっとここんとこ押せば取れそうだよ」


 脛比が呟いた。


 その瞬間、俺は嫌な予感がした。


「脛比」


 脛比は大きな黒い石に近づいていく。

 

 脛比は黒い石の前でしゃがみ込んだ。


 俺が一歩近づこうとした、その時。


 脛比の手が伸びた。


「ここをさ――」


 ゴトリ。


 黒い石が落ちて、鈍い音がした。


 全員の動きが止まる。


「……脛比」


 太野川の声が低くなる。


「いや、今のは本当にちょっとで――」


 言い終わる前に、黒い石の表面に紫色の光が走った。


 一本。

 二本。

 三本。

 四本。

 五本。


 細い線が石全体に広がっていく。


 墓地の床にも、同じ模様が浮かび上がった。


「全員、離れてください!」


 真宮寺さんが叫ぶ。


 でも、遅かった。


 足元に、円形の光が広がる。


 俺の足が床から離れない。


「何だこれ!」


 太野川が剣を構える。


「動けない!」


 骨田が叫ぶ。


 脛比は青ざめた顔で、両手を上げた。


「ごめん! これ、絶対まずいやつ!」


「またかよ!」


 俺が叫んだ瞬間、視界が紫色の光に包まれた。


 体が浮くような感覚。


 耳の奥で、低い音が鳴った。


 門をくぐる時とは違う。

 もっと乱暴で、無理やり引っ張られるような感覚だった。


「羽賀登野さん!」


 真宮寺さんの声が聞こえた。


 次の瞬間、足元の感覚が消えた。


 世界が、ひっくり返る。


 黒い墓地も、紫の光も一瞬で遠ざかった。


 そして。


 どさっ。


 俺は硬い床に落ちた。


「いって……」


 周囲を見る。

 さっきの墓地ではない。


 壁は黒い岩ではなく、古い石造りだった。

 天井は高く、どこか広い空間に出たようだった。


 少し離れた場所で、太野川が起き上がる。


「くそ、何だ今の……!」


 脛比も床に転がっていた。


「ご、ごめん……」


 骨田は座り込んだまま、腕輪をさすった。


「武夫。腕輪で確認すればよかったのに」


 真宮寺さんもすぐに立ち上がり、周囲を確認した。


「全員、無事ですか!」


 口々に返事を返す。


 ひとまず全員いる。

 それだけで少し息が抜けた。

 でも、安心できる状況ではなかった。


 俺たちは、さっきの墓地から別の場所へ飛ばされた。


 ここが浅層なのか。

 中層なのか。

 それとも、別の場所なのか。

 全く分からない。


 真宮寺さんが腕輪を確認する。


「地図が……」


 骨田も腕輪を見ながら言った。


「表示されてるのは、今いる周辺だけだね」


 その言葉で、嫌な沈黙ができた。


 その時だった。

 奥の方から、低い音が響いた。


 どんっ。


 石の床が、かすかに震える。


「……今の」


 俺が顔を上げる。


 続けて、乾いた金属音が聞こえた。


 キィン。


 剣と何かがぶつかる音。


 さらに、暗い通路の向こうで光が弾けた。


 赤い光。


 青白い光。


「戦闘音です」


 真宮寺さんが剣を構える。


 太野川もすぐに立ち上がった。


「誰か戦ってんのか?」


「同じダンジョンだったら、可能性があるのは……」


 骨田が言いかけて、俺を見る。


 言わなくても分かった。


 赤城パーティ。


 胸の奥が一気に冷たくなる。


「小蓮……」


 思わず名前が漏れた。


 脛比が顔を上げる。


「いや、まだ小蓮ちゃんたちとは限らないって」


 分かっている。

 でも、体はもう前へ向きかけていた。


 奥から、また光が走る。

 今度は白色の光だった。


 その光を見た瞬間、真宮寺さんの表情が変わった。


「回復魔法……?」


「回復?」


 俺は真宮寺さんを見る。


「はい。確証はありませんが、今の光は治癒系の魔力反応に近いです」


 治癒系。


 聖女。


 小蓮。


 頭の中で、嫌な言葉ばかりがつながっていく。


 どんっ、とまた重い音が響いた。


 遠くで誰かが叫んだ気がした。


 はっきりとは聞き取れない。


 でも、人の声だった。


 俺は一歩踏み出す。


「行く」


「待ってください」


 真宮寺さんが俺を止めた。


「現在地が分からない状態で、音だけを頼りに進むのは危険です」


「でも、あそこに誰かいる」


「はい。だからこそ、隊列を組みます」


 真宮寺さんは短く言い切った。


「太野川さん、前方。脛比さんは左側警戒。骨田さんは後方から支援を。羽賀登野さんは中央です。絶対に一人で走らないでください」


「……分かった」


 本当は、今すぐ走り出したかった。


 でも、ここで勝手に動いても、自分にできることがあるかどうか。

 俺は拳を握って、足を止めた。


 太野川が剣を構え、前へ出る。


「行くぞ」


 珍しく、茶化す声ではなかった。


 骨田が杖を掲げる。


「ライト」


 淡い光が通路を照らす。


 古い石造りの壁。


 床に刻まれた見慣れない模様。


 崩れた柱のようなもの。


 ここは、さっきまでの黒い岩のダンジョンとは明らかに違っていた。


 奥から、また戦闘音が響く。


 金属音。

 爆ぜる魔法の音。

 誰かの短い叫び声。

 そして、白色の光。


 俺たちは、光の見える方へ急いだ。


 通路を進むほど、音ははっきりしてきた。

 キィン、という剣戟の音。

 どんっ、と何かが壁に叩きつけられる音。


 ただの戦闘じゃない。

 かなり激しい。


「急ぎます。ただし、走りすぎないでください」


 真宮寺さんが前を見たまま言う。


 俺は頷いた。

 

 足は自然と速くなる。


 通路の先が、少しずつ明るくなっていく。


 白い光だけじゃない。


 赤い炎。


 青白い氷。


「見えてきた」


 太野川が低く言う。


 曲がり角の向こうに、広い空間がある。


 そこから、激しい魔力の波のようなものが流れてきた。


 肌がぴりぴりする。


 骨田が息を呑む。


「これ、普通のモンスターじゃないかも」


 太野川も顔をしかめる。


「確かに嫌な感じがするな」


 脛比は腕を抱えながら呟く。


「家に帰りたいかも」


 俺たちは、曲がり角の手前で足を止める。


 その瞬間、奥から声が響いた。


「下がって! 回復は、まだいける?」


 女の人の声。


 赤城さんか?


 続いて、別の声が聞こえた。


「まだ、大丈夫です!」


 聞き間違えるはずがない。


 小蓮の声だった。


「小蓮!」


 俺は反射的に飛び出しかける。


「羽賀登野さん!」


 真宮寺さんの手が、俺の腕を掴んだ。


 でも、俺の視線はもう曲がり角の先に向いていた。


 赤い光が弾ける。


 誰かが叫ぶ。


 俺たちは、その広間へ踏み込んだ。


 最初に見えたのは、白い光を両手に宿した小蓮だった。


 その前で、赤城さんたちが巨大な黒い影と向かい合っている。


 そして、その黒い影がゆっくりとこちらを向いた。

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