第57話 ヘルメット
散らばった骨が、床の上で震えていた。
腕や胴を斬っただけのスケルトンは、まだ動いていたが、俺以外の四人が頭を壊して回った。
一息つく間も無く、墓地の奥から、湧いてくるように新しい骨が立ち上がってきた。
一体。
二体。
三体。
いや、数えるのが馬鹿らしくなるくらい、次々と増えていく。
「多すぎるだろ!」
太野川が叫びながら剣を振った。
スケルトンの首が飛ぶ。
頭蓋骨が床に落ち、青白い光が消えた瞬間、黒い砂に変わる。
でも、その後ろから別のスケルトンが錆びた剣を振り下ろしてきた。
「太野川さん!」
真宮寺さんが横から踏み込み、その剣を受け止める。
金属が擦れる嫌な音が響いた。
「下がりながら戦ってください! 囲まれたら危険です!」
「分かってるって!」
太野川が歯を食いしばって叫ぶ。
俺たちの前には骨の群れがいた。
どんどん増えている。
「うわ、こっちも来てる!」
脛比が飛び退きながら、横から迫るスケルトンの膝を蹴り砕いた。
骨が折れる音がする。
スケルトンは崩れたが、止まらない。
腕だけで床を這い、脛比の足首を掴もうとしていた。
「気持ち悪っ!」
「ストーンバレット!」
骨田の石弾が飛び、這っていたスケルトンの頭を砕いた。
青白い光が消える。
「頭! 頭を切り離すか、砕けば止まる!」
「分かってるけど数が多いんだよ!」
太野川が叫ぶ。
俺は後ろにいた。
真宮寺さんに、後ろにいてくださいと言われている。
今の俺が前に出たところで、まともに戦えるわけじゃない。
スケルトンの数は、もう二十体を超えていた。
奥では、まだ石棺が揺れている。
がたん。
がたん。
がたがたがた。
その音が、次のスケルトンが出てくる合図みたいに聞こえた。
このままだと、まずい。
太野川たちは一体一体を倒している。
真宮寺さんも冷静に指示を出している。
骨田も魔法で頭を狙っている。
でも、数が減らない。
むしろ増えている。
何かしないと。
そう思った瞬間だった。
「……え?」
俺の体が、勝手に動いた。
数歩、前に出る。
いや、出ようとしたわけじゃない。
足が勝手に動いた。
気づけば、俺はスケルトンたちを背にして、みんなの方を向いていた。
頭はまっすぐ。
左右の手は胸の前でクロス。
両足はぴったり揃っている。
何だ、この姿勢。
大量のスケルトンを背中にして立つなんて、どう考えてもまずい。
後ろから斬られたら終わりだ。
すぐに戻ろうとした。
でも、体が動かない。
「羽賀登野さん、下がって!」
真宮寺さんの声が飛んでくる。
今すぐ下がりたいのに、声も出ない。
喉が固まったみたいに、言葉が詰まっていた。
このままじゃ後ろからやられる。
そう思って、俺は無理やり右足を踏み出した。
その瞬間。
かた。
骨の音が鳴った。
俺の背後から。
いや、一体だけじゃない。
かた。
かた。
かた。
墓地の中にいるスケルトンたちの骨の音が、妙に揃っていた。
「何これ」
脛比の声が裏返る。
「羽賀登野さん、何をしているんですか!?」
真宮寺さんが叫ぶ。
「何って何!?」
ようやく声が出た。
自分でも何をしているのか分からない。
俺の体は、勝手に左へ一歩動いた。
足を開く。
腕を振る。
腰が少し落ちる。
すると、背後で音が鳴った。
かた。
かた。
かた。
「……スケルトンが」
骨田が杖を構えたまま固まっている。
「ばかとのと同じ動きで踊ってる?」
俺は振り返れなかった。
でも、みんなの顔を見れば分かる。
どうやら、俺の後ろでスケルトンたちが同じ動きをしているらしい。
「ばかとの、踊ってる場合じゃねぇぞ!」
太野川が叫ぶ。
「別に踊ってない!」
「いや、踊ってる!」
言い返している間にも、体が勝手に動く。
右足を引く。
両手を横へ広げる。
肩を揺らす。
かたかた。
かたかた。
かたかた。
背後で、無数の骨が動いている音が聞こえた。
どうやら、墓地いっぱいのスケルトンを背負って、俺が先頭で踊っているみたいになっているみたいだ。
「攻撃してこない……?」
真宮寺さんが息を呑んだ。
確かに、スケルトンたちは攻撃してこない。
さっきまで錆びた剣や槍を振り回していたのに、今は俺の動きに合わせているだけらしい。
もうなんでもいいと思った瞬間、足元で何かを踏んだ。
「あ」
つるん。
見事に滑った。
両足が宙に浮く。
視界がぐるりと回る。
まずい。
この落ち方はまずい。
そう思った次の瞬間。
ごんっ!
俺の頭が、地面にぶつかった。
「痛っ!」
頭の中に鈍い音が響く。
俺が、かぶっていたヘルメッに触れた、その時。
墓地全体に乾いた音が響いた。
ごんっ。
ごんっ。
ごんっ。
ごんごんごんごんごんっ!
続けて、別の音が鳴る。
ガコッ。
ガコッ。
ガコッ。
ガコッ、ガコッ、ガコッ、ガコッ――。
俺は、ゆっくり顔を上げ振り向いた。
墓地の中にいたスケルトンたちが、全員、地面に倒れていた。
しかも、頭から。
俺と同じようにずっこけて、頭を床にぶつけたらしい。
青白い光が次々と消えていく。
一体。
二体。
三体。
いや、全部だ。
頭蓋骨の砕けたスケルトンが、黒い砂になって崩れていく。
さっきまであれほどいた骨の群れが、たった一回のずっこけで消えていく。
確かに、ヘルメットをかぶっていなかったら、本気で危なかったほどの衝撃だった。
残ったのは、床に広がる大量の黒い砂と、ヘルメットの位置を直す俺だけだった。
「……」
誰も喋らなかった。
太野川も。
脛比も。
骨田も。
真宮寺さんも。
全員が、俺を見ている。
沈黙が痛い。
「……何が起きた?」
最初に言ったのは、俺だった。
「スケルトン全員同じタイミングで、頭から、ごんって……!」
骨田が呟く。
太野川は剣を肩に担いで言う。
「ばかとのサマ、スケルトン相手に集団ずっこけ決めんなよ……」
骨田も黒い砂になったスケルトンたちを見回しながら言った。
「でも、助かったよね。これ」
助かった。
確かに助かった。
真宮寺さんが駆け寄ってきた。
「羽賀登野さん、頭は大丈夫ですか?」
「大丈夫。自転車用のヘルメットって役に立つんだな」
「冗談を言っている場合ではありません」
真宮寺さんは困ったような顔をした。
それから、俺のヘルメットを確認する。
俺はまだ少しじんじんする頭を押さえながら立ち上がった。
周囲を見る。
大量のスケルトンは、もう動いていない。
青白い光も消えている。
黒い砂だけが、墓地の床に薄く広がっていた。
あれだけ押されていた戦況が、一瞬で終わった。
太野川と脛比と骨田が、その場にしゃがみ込む。
「「「ハハハ……」」」
墓地は静まり返っている。
俺はふと、あの大きな墓石を見る。
脛比が触れた、赤い宝石。
それは墓石の中央で、さっきまでの輝きが嘘のように黒ずんでいた。




