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第56話 スケルトン

 俺たちは、先行する赤城パーティの探索していない通路を奥へと歩いていった。


 さっき聞こえた気がした人の声は、もう聞こえない。

 

 気のせいだったのか。それとも、壁や通路の反響で、どこか遠くの音が届いただけなのか。


 ただ、胸の奥のざわつきだけは残っていた。


 通路は相変わらず黒い岩でできている。壁の青白い線が、呼吸するみたいに薄く光っていた。


 前を歩く太野川が、低く声を出す。


「こっち、誰も通ってないんだよな」


「はい」


 真宮寺さんが腕輪の地図を見る。


「先行記録では、赤城パーティは第一分岐を左へ進んでいます。そちらは中層に行けるようです。だから、私たちは右側の未確認通路を調査します」


「未確認って、いい響きだね」


 脛比は軽く笑った。


「そうだね。未確認のほうが何かありそうだね」


 骨田も頷く。


「何かって何だよ」


 俺がそう言うと、脛比は目を輝かせた。


「お宝とかさ」



 しばらく進むと、通路の空気が変わった。


 冷たい。


 さっきまでの乾いた空気とは違う。

 肌にまとわりつくような、湿った冷たさがある。


「止まってください」


 真宮寺さんが言った。


 全員が足を止める。


 前方に、広い空間が見えた。

 通路の先が大きく開けている。

 そこだけ天井が高く、壁の青白い光もほとんど届いていない。


 骨田が杖を掲げる。


「ライト」


 淡い光が広がった。


 その瞬間、俺は息を呑んだ。


 墓だった。広い空間の中に、いくつもの石の墓が並んでいる。


 古びた墓標。

 欠けた石碑。

 半分崩れた石棺。


 まるで、地下に作られた墓地みたいだった。


「何だよ、ここ……」


 太野川が呟く。


 通路の先に、こんな場所があるとは思わなかった。


 黒い岩の床に、灰色の墓石がいくつも立っている。

 

 墓石には読めない文字が刻まれていた。

 門文字なら読めるはずだから、門文字とは違う。古く、削れたような文字。


「ダンジョン内に墓地?」


 骨田が小さく言う。


「記録します」


 真宮寺さんが腕輪を操作する。


『墓地状の構造物あり。石碑多数』


 俺は周囲を見回した。

 嫌な感じがする。

 

 ここは、静かすぎる。まるで、音を立ててはいけない場所みたいだった。


 俺たちはゆっくり墓地の中へ入った。

 足元に細かい砂が積もっている。

 一歩踏むたびに、ざり、と音が鳴った。


 墓石の一つに、赤い光が見えた。


「ん?」


 脛比が足を止める。


 その墓は、他のものより少し大きかった。

 正面に古い文字が刻まれていて、その中央に赤い宝石のようなものが埋め込まれている。


 宝石は骨田のライトを受けて鈍く光り、その奥が小さな火が揺れているように見えた。


 骨田が目を細める。

 その瞬間だった。

 脛比の手が、赤い宝石へ伸びた。


「やめ――」


 俺が声をかける前に、脛比の指先が宝石に触れた。


 カチリ。


 小さな音がした。


 墓地全体が、一瞬だけ赤く光った。


「……あ」


 脛比の顔から血の気が引く。


 次の瞬間。


 がたん。


 近くの墓石が揺れた。


 がたん。

 がたん。

 がたがたがた。


 空間のあちこちで、石が動く音が響き始める。


「下がって!」


 真宮寺さんが叫ぶ。


 墓石の下。

 崩れた石棺の中。

 床の隙間。


 そこから、白いものが這い出してきた。


 骨。

 人の形をした骨。

 空っぽの眼窩に、青白い光が灯る。


 一体。

 二体。

 三体。


 それだけじゃない。


 墓地の奥からも、次々と骨の腕が伸びてくる。


「スケルトン……!」


 骨田の声が震えた。


 太野川が剣を抜く。


「脛比、てめぇ!」


「ご、ごめん! ちょっと触っただけじゃん!」


 笑っている場合じゃない。


 スケルトンたちは、ゆっくり立ち上がっていく。

 手には錆びた剣や折れた槍。

 中には、盾を持っているものもいた。


 数が多い。

 十体。

 いや、もっといる。


 真宮寺さんが剣を構えた。


「隊列を組みます! 太野川さん、前方。脛比さん、左。骨田さんは後方支援。羽賀登野さんは後ろから動かないでください!」


 スケルトンの一体が錆びた槍を構えた。


 その穂先が、脛比へ向く。


 原因を作った本人は、まだ少し腰が引けていた。


「脛比、前見ろ!」


「見てるって!」


 次の瞬間、スケルトンたちが一斉に動き出した。


 乾いた骨の音が、墓地の中に響く。


 カタカタ。

 カタカタ。

 カタカタ。


 まるで、誰かが笑っているみたいな音だった。


 最初に飛び込んできたスケルトンを、太野川が正面から受けた。


「軽い!」


 剣が骨の腕を弾き、続けて胴を斬る。

 スケルトンの肋骨が砕け、白い骨片が床に散った。


 だが、倒れた骨はすぐには消えない。

 ばらばらになった腕が、まだ床の上で動いていた。


「うわ、気持ち悪っ!」


 脛比が叫びながら、横から迫る一体の膝を蹴り砕く。


 スケルトンが崩れたところへ、骨田の石弾が飛んだ。


「ストーンバレット!」


 頭蓋骨が砕け、青白い光が消え、黒い砂になった。


「頭を砕けば止まるみたいです!」


 真宮寺さんが言う。


 その声に合わせるように、錆びた槍が突き出された。


 狙いは、脛比。


「また俺ちゃん!?」


 脛比が体をひねって避ける。

 そこへ別のスケルトンが剣を振り下ろした。


 俺は反射的に一歩出そうになる。


「羽賀登野さん!」


 真宮寺さんの声で足が止まった。


 でも、スケルトンの剣が脛比の肩へ迫る。


 その瞬間、俺の足元に落ちていた骨片を踏んだ。


「うおっ!?」


 つるん、と滑る。

 体が横に流れ、俺は倒れて腕をついた。


 パキン。


 何故かスケルトンが倒れて、腕が折れた。倒れたスケルトンは、残った手で俺を指差した。


 カタカタカタ。


 スケルトンの顎が鳴る。


 そして、倒れたスケルトンの頭を、真宮寺さんがすぐに斬った。


「助かりました!」


 太野川が笑いをこらえながら叫ぶ。


「ばかとのサマ、骨まで笑わせんのかよ!」


「笑わせてない。そんなことより奥を見ろ」


 まだ奥から、骨の群れが近づいてくる。


 青白い光を宿した眼窩が、こちらをじっと見ていた。

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