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第55話 未踏ダンジョン探索

 門をくぐると、空気が変わる。


 ゴクシ岩場に着くと、特有の乾いた土と黒い岩。

 前にブラックオニキス採取で来た時と同じ場所のはずなのに、今日は妙に落ち着かなかった。


 小蓮が赤城パーティの一員として、すでにダンジョンの中に入っている。

 俺に心配されるほど、弱くはないと思うけど、大丈夫だろうか


 ゴクシ岩場の奥へ進むと、黒い岩壁の切れ目が見えてきた。


 洞窟。

 最初はそう思った。 

 黒い岩が内側へねじれるように曲がり、その奥に暗い穴が開いている。

 穴の縁には、薄い青い光の筋が走っていた。

 

 近づくにつれて違和感が強くなる。


「あれがダンジョンか」


 太野川が低く呟く。

 いつもの軽い調子ではなかった。


 入口の近くには、協会が設置した目印の杭が立っていて、赤い布が巻かれていた。


 赤い布は、未踏破のダンジョンを示す。

 黄色なら半分以上踏破済み。

 青なら、すでに踏破された安全度の高いダンジョン。


 つまり、この場所はまだほとんど分かっていない。


「赤城パーティ、先行済み。深層まで確認予定。浅層は異常なし……だって」


 骨田が、新しく変わった、青いDランクの腕輪を見る。


「私たちは、浅層の地形確認と探索です」


 真宮寺さんが腕輪の地図を広げた。


「入口から分岐までを再確認。その後、未確認の右側の通路を調査します」


 俺たちがダンジョンに一歩入った瞬間、音が変わった。

 外の風の音が遠くなる。

 代わりに、どこかで水が落ちるような音が聞こえた。


 壁も床も、黒い岩でできていて、表面には細い線のような模様があり、青白く光る。


「変な場所だな」


 太野川が呟く。


「ダンジョンは、内部構造が外観と一致しないことがあります」


 真宮寺さんが答えた。


 確かに、洞窟のような入り口に対して、人工的に作られたような壁だった。


 歩いている通路は、大人が何人も並べるくらいの広さだった。

 天井は思ったより高い。

 暗いけど、壁の光のおかげで全く見えないわけではない。


 その時、奥の暗がりから音がした。


 カツン。


 石を蹴るような音が響く。


 全員が止まる。


 太野川が剣に手をかける。

 脛比が軽く腰を落とす。

 真宮寺さんは一歩前に出て、俺を少し後ろへ下がらせた。


 暗がりの奥で、小さな影が動いた。


 緑がかった肌。

 低い背丈。

 尖った耳。

 手には短い棍棒。


「ゴブリンです」


 真宮寺さんが静かに言った。


 一体ではない。

 通路の奥から、二体、三体と出てくる。


 そして、その後ろに、粗末な布をまとったゴブリンがいた。

 そいつだけ、手に曲がった杖を持っている。


「後ろのやつ、杖持ってるぞ」


 太野川が声を強めた。


「ゴブリンメイジです」


 真宮寺さんの声が少し硬くなる。


「魔法を使います」


 ゴブリンメイジが杖を振り上げた。

 口から、聞き取れない濁った声が漏れる。


 杖の先に赤い光が集まった。


「来ます!」


 真宮寺さんが叫ぶ。


 次の瞬間、火の玉が飛んできた。


 太野川が前に出て、盾代わりに剣を構える。

 火球が剣に当たり、火花が散った。


「熱っ!」


 太野川が顔をしかめる。


 完全には防ぎきれていない。

 火の粉が床に散り、焦げた匂いが広がる。


「骨田!」


「分かってる!」


 骨田が杖を向ける。


「ストーンバレット!」


 石弾が飛び、前に出ていたゴブリンの一体を弾き飛ばした。


 でも、ゴブリンメイジには届かない。


 前衛のゴブリンたちが、通路をふさぐように動いていた。


「邪魔だね」


 脛比が駆ける。

 低い姿勢から、ゴブリンの膝を蹴り抜いた。


 ゴブリンが崩れる。

 そこへ太野川の剣が振り下ろされた。


 一体目が黒い砂になった。


 真宮寺さんが横から踏み込み、二体目の棍棒を剣で受け流す。

 そのまま刃を返し、ゴブリンの肩口を斬った。


 ゴブリンが倒れ、二体目。


 だが、後ろのゴブリンメイジはまた杖を振り上げていた。


 今度は赤ではなく、青白い光。


「次、アイスランスかもしれません!」


 真宮寺さんが言う。


 ゴブリンメイジの杖の先が、骨田の方へ向いた。


 骨田は、脛比の援護に集中していて、反応が遅れている。


「骨田さん、下がって!」


 真宮寺さんの声が飛ぶ。


 でも、間に合わない。

 青白い光が、矢のように放たれた。


 氷の塊。


 それが骨田の背中へ向かう。


 その時、俺の足元がつるっと滑った。


「へ?」


 俺の口から変な声が出る。


 片足が宙に浮く。

 その足で氷の矢を下から蹴り上げた。


 氷の矢は、放ったゴブリンメイジの方に向かっていった。

 そして、その先にいたゴブリンメイジの杖へ直撃した。


 パキン、と音がした。


 杖の先端が凍りつき、ひび割れる。


「……は?」


 ゴブリンメイジが、そんな顔をした気がした。


「今です!」


 凍りついた杖を見て、真宮寺さんが距離をつめる。


「このっ!!」


 太野川がゴブリンメイジ前のゴブリンを斬り付け、一撃で倒す。

  

 脛比が横から入り、ゴブリンメイジの足を払う。

 体勢を崩したところへ、真宮寺さんの剣が入った。


 ゴブリンメイジが消え、通路に静けさが戻る。


 俺は床に転がったまま、しばらく動けなかった。


「羽賀登野さん!」


 真宮寺さんが駆け寄ってくる。


「怪我は?」


「たぶんない」


「本当に?」


「本当に。床が硬い以外は」


 そう言って起き上がり、俺は深く息を吐いた。


 ゴブリンメイジの魔法。

 骨田を狙った氷の矢。

 俺が前に出た瞬間に起きた、変な転倒。


「また、体が勝手に……」


 背中を払いながら答える。


「よくあの魔法を反射に近い形で逸らしましたね」


「実際は転んだだけなんだけど」


 太野川は剣を鞘にしまって、奥の通路を見た。


「ゴブリンメイジがいるなら、浅層でも油断できねぇな」


「魔法攻撃がある以上、隊列を少し変えます。羽賀登野さんは中央寄りに。骨田さんは前衛よりに位置して、遠距離での攻撃も用意してください」


 それから、真宮寺さんは、倒したゴブリンの位置と数を腕輪に入力した。


 骨田がゴブリンメイジの壊れた杖を拾い上げた。


「これ、売れるか、素材になるかな」


「とりあえず、持って帰れば金になるかもよ」


 脛比が答える。


 その時、通路の奥から、かすかに声が聞こえた気がした。


 人の声。


 はっきりとは分からない。


 暗い通路の先。

 青白い光がゆっくり揺れていた。

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