第54話 Dランクの依頼
翌日の朝八時。
俺たちは、ギルド協会本部に来ていた。
受付前には、すでに何組もの探索者パーティが集まっている。
装備を整える者。端末で依頼票を確認する者。職員と話している者。
その中で、第8パーティは少しだけ浮き立っていた。
太野川、脛比、骨田、真宮寺さん。
四人はDランクになった。
俺だけは、Eランクのまま。
つまり、今日は第8パーティにとって初めてのDランク依頼だ。
俺は、第8パーティに同行する場合に限り、Dランク依頼への参加は認められている。
でも、太野川たちはいつもより俺に絡んでこなかった。
太野川は端末を見ながら、依頼票を確認している。
脛比は壁にもたれて、軽く足首を回していた。
骨田は新調した杖を眺めている。
Dランク。
その言葉が、三人を少しだけ探索者らしく見せていた。
「真里亞さん」
骨田が、少し気取った声で言った。
「今日の依頼、ダンジョン探索なんだよね」
「はい」
真宮寺さんは端末を見ながら答える。
「ゴクシ岩場近くで確認された小規模ダンジョンの一次探索補助です」
「ダンジョンか。いよいよって感じだね」
「そうですね」
「今日の依頼が終わった後、予定ある?」
骨田が少し笑う。
「すみません。今日は予定があって」
少し困ったように眉を下げる。
「ああ、そうなんだ」
骨田は頷いたが、かなり分かりやすく残念そうな顔をした。
そのやり取りを見て、俺は何となく視線を逸らす。
昨日、真宮寺さんから届いたメッセージを思い出した。
真宮寺家で、新しいギルドを作る。
そこに、俺を誘いたい。
月光草、リカバリードラフトのために参加すべきか。
そう思っていると、真宮寺さんが俺の方へ歩いてきた。
「羽賀登野さん」
「はい」
思わず少し姿勢を正してしまう。
「昨日の件ですが」
真宮寺さんの声は低かった。
太野川たちには聞こえないくらいの距離と音量だった。
「詳しい説明は、第8パーティの活動が落ち着いてからになります。ただ、今日の依頼が終わったあと、少しだけお時間をいただけますか」
「今日?」
「はい。父からも、羽賀登野さんには早めにお話ししたいと言われています」
真宮寺家の新しいギルド。
小蓮の薬に近づけるかもしれない話。
でも、真宮寺家という言葉を聞くと、どうしても料亭でのことを思い出す。
「……話は聞きます」
俺はそう答えた。
「ありがとうございます」
真宮寺さんは少しだけ表情を緩めた。
「私は、羽賀登野さんに来てほしいと思っています」
昨日のメッセージと同じ言葉。
でも、直接言われると、画面越しとは違う重さがあった。
「俺はEランクですよ」
「ランクだけで判断するつもりなら、最初からお誘いしていません」
真宮寺さんは、はっきり言った。
「羽賀登野さんの能力は、まだ誰にも分かっていません。ですが、何度も誰かを助けていることは事実です」
「助けてるっていうか、勝手に変なことが起きてるだけですけど」
「それでも、助かった人がいます」
そう言われると、返す言葉に困る。
真宮寺さんは、少しだけ声を落とした。
「それに、月光草の件もあります。真宮寺家として、約束は守ります」
「……はい」
「今日の依頼でも、薬草や未知素材の情報があれば確認します」
「ありがとうございます」
俺がそう言うと、真宮寺さんは小さく頷いた。
その時、受付の奥から職員がやってきた。
「第8パーティの皆さん、お待たせしました」
俺たちは職員の前に集まる。
「本日の依頼は、ゴクシ岩場近くに確認された小規模ダンジョンの一次探索補助です。入口周辺から第一層浅部までの地形確認、出現モンスターの記録、採取可能素材の確認をお願いします」
職員が端末に依頼票を表示する。
ゴクシ岩場周辺小規模ダンジョン一次探索補助。
探索範囲は第一層浅部。
未確認の分岐には深入りしないこと。
異常を確認した場合は即時撤退。
「今回は、先行しているCランクパーティがあります」
職員が続けた。
「Cランクパーティ?」
真宮寺さんが聞き返す。
「はい。赤城伊織さんのパーティです」
その名前を聞いた瞬間、俺は顔を上げた。
「赤城さん?」
職員が俺を見る。
「ご存じですか?」
「少しだけ」
赤城伊織。
小蓮を誘ったCランク探索者。
職員は端末を確認しながら言った。
「赤城パーティは、すでに先行してダンジョン内へ入っています。第一層の中域までの安全確認と、危険区域の仮指定を担当しています」
「羽賀登野小蓮は?」
思わず聞いていた。
職員が端末に視線を落とす。
「羽賀登野小蓮さんも、赤城パーティの後方支援担当として参加登録されています」
「……見学じゃなくて?」
「はい。正式に参加されています」
その言葉で、ちょっと心配になった。
昨日、小蓮は顔合わせしたと言っていた。
でも。
もうダンジョンの中にいるなんて、聞いていない。
「小蓮さんが……」
真宮寺さんが小さく呟いた。
「赤城パーティはCランクです。今回の先行探索も、協会の承認を受けています」
職員は淡々と言う。
「羽賀登野小蓮さんについても、聖女としての後方支援能力を評価され、同行が認められています」
「危険はないんですか」
自分の声が、少し低くなった。
「ダンジョン探索である以上、危険がないとは言えません。ただし、赤城パーティは実績のあるCランクパーティです。第8パーティより深い範囲を担当しますが、無理な進行はしない計画です」
理屈は分かる。
赤城さんはCランク。
俺たちより上だ。
小蓮も聖女として誘われた。
頭で分かっているけど、すぐに納得することは別だった。
「羽賀登野さん」
真宮寺さんが静かに声をかけてきた。
「大丈夫ですか」
「……大丈夫」
でも、たぶん大丈夫な顔ではなかった。
「小蓮が決めたことなので」
止めない。
認める。
応援する。
だけど、ダンジョンの中にいると聞いた瞬間、全部が揺らぐ。
「今回、第8パーティは赤城パーティの後続として第一層浅部を探索します」
職員が説明を続ける。
「赤城パーティが先行確認した通路の一部を再確認し、地形記録、出現モンスター、採取可能素材の確認を行ってください。赤城パーティとは必要に応じて情報共有を行います」
「つまり、途中で合流する可能性もあるんですか?」
俺が聞く。
「あまりないでしょう。赤城パーティは中域以降、第8パーティは浅部担当です。原則として担当範囲は分かれています」
職員は説明を続ける。
「今回の報酬は基本額一人五万円。地形情報、モンスター記録、採取素材の有無によって追加査定があります。希少素材を発見した場合は別途買い取りです。この依頼を受諾しますか?」
職員が確認する。
太野川が短く答えた。
「受ける」
脛比も頷く。
「問題なし」
「ボクもいいよ」
骨田が杖を軽く持ち直した。
真宮寺さんが俺を見る。
「羽賀登野さんは?」
「受けるよ」
真宮寺さんは職員に向き直った。
「第8パーティ、依頼を受諾します」
職員が端末を操作する。
「受諾を確認しました。準備が整い次第、門前へ移動してください」




