第53話 ギルドへの誘い
翌日。
朝からずっと、頭の中に昨日のことが残っていた。
門の近くの公園。
銀色の髪。
少し震えた声。
「私は、夏さんのことが好きです」
思い出すたびに、胸の奥が落ち着かなくなる。
返事は待ってもらった。
小蓮の体が良くなってから、ちゃんと考えたい。
そう伝えた。
でも、それが正しかったのかは分からない。
六華の気持ちを軽く扱いたくなかった。
だから、すぐに答えなかった。
そのはずなのに、どこかで逃げたような気もしている。
しかも、最後に時雨さんが現れて、あれは冗談だと言った。
冗談。
そんなはずがない。
六華の目も、声も、手の震えも。
あれが冗談だったとは思えなかった。
「六華は、俺とずっと暮らすんだ」
そう言った、時雨さんの笑っているのに怒っているような表情。
このことを六華は知っているのだろうか。
小蓮の体が良くなって、六華の告白を受け入れた時。
時雨さんは、なんて言うんだろう。
小蓮は、俺と時雨さんのどっちを選ぶんだろう。
「……何考えてんだ、俺」
リビングの椅子に座ったまま、小さく呟く。
小蓮は赤城さんのパーティと顔合わせ。
父さんと母さんも店だ。
家の中は静かだった。
端末を手に取っては置く。
六華に何か送るべきなのか。
でも、何を送ればいいのか分からない。
そう思っていた時、端末が震えた。
真宮寺真里亞。
『羽賀登野さん。少しよろしいですか』
丁寧な文章だった。
俺はすぐに返信する。
『大丈夫』
既読はすぐについた。
少し間がある。
何か、言葉を選んでいるのかもしれない。
次のメッセージが届く。
『真宮寺家で、新しいギルドを設立することになりました』
「……ギルド?」
思わず声が漏れた。
真宮寺家が、新しいギルドを作る。
それだけで、普通の話じゃないのは分かった。
さらにメッセージが続く。
『既存のギルドに所属するのではなく、真宮寺家が支援する探索者組織を作ります』
その言葉に、指が止まる。
お笑い師。
レベル百十。
ステータス五十。
Eランク。
俺はDランクには上がれなかった。
第8パーティに同行するなら、Dランク依頼にも参加できる。
でも、個人ランクはEのまま。
それが、今の俺だ。
またメッセージが届く。
『もしよろしければ、そのギルドに参加していただけませんか』
心臓が、一つ強く鳴った。
参加。
真宮寺家の新しいギルドに。
画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
『俺が?』
ようやくそれだけ送る。
『はい』
返事はすぐだった。
『羽賀登野さんのジョブは、まだ分からないことが多いです。でも、これまでの記録を見る限り、誰かを守る時や、危険に反応した時に、通常では説明できない現象が起きています』
確かに今まで、いろんなことが起こってきた。
思い出す絵面がひどすぎるけど。
『私は、それをただの異常ではなく、運用できる可能性のある能力だと考えています』
「運用……」
俺は小さく呟く。
あれを運用するのか。
どうやって?
いや、そこは考えない方がいいのかもしれない。
『もちろん、無理にとは言いません』
真宮寺さんのメッセージは続く。
『まだ第8パーティがありますし、小蓮さんのこともあります。ですが、新しいギルドであれば、月光草やリカバリードラフトに関わる情報収集も、今より広く行えます』
その一文で、空気が変わった気がした。
月光草。
リカバリードラフト。
俺が異世界に行く理由。
『次の月光草についても、真宮寺家として探し続けています。新ギルドの活動目的にも、希少薬草の探索を含めるつもりです』
指先に力が入る。
真宮寺さんのお母さんは、リカバリードラフトで良くなった。
次は小蓮の番だ。
そう約束してくれた。
でも、月光草は簡単に見つかるものじゃない。
もし、真宮寺家の新しいギルドに入れば、情報も、資金も、人員も、今よりずっと増える。
小蓮のためには、魅力的すぎる話だった。
真宮寺家。
頭に浮かぶのは、料亭での食事会だった。
真宮寺さんのお母さん。
エリザベスさんの青い目。
身分の低い方。
あの言葉は、まだ胸に残っている。
真宮寺さんが悪いわけじゃない。
真征さんも、俺に謝ってくれた。
でも、エリザベスさんはどう思っているんだろう。
真宮寺家という名前の中へ入っていくことに、一抹の不安がよぎる。
『急な話ですみません』
画面に新しい文字が浮かぶ。
『直接お会いして説明したいですが、とりあえずは第8パーティの活動が終わってからになると思います。父からも、正式に話したいと言われています』
俺は端末を握ったまま、しばらく考える。
第8パーティのDランク昇格。
俺だけEランク継続。
小蓮の赤城伊織パーティへの参加。
六華の告白。
そして、真宮寺家の新ギルド。
本当に、いろいろなものが動き始めている。
『話は聞こうと思う』
俺は、そう打った。
すぐに既読がつく。
『ありがとうございます』
少し間があって、もう一通。
『私は、羽賀登野さんに来てほしいと思っています』
その文章を見た瞬間、胸の奥が少しだけ揺れた。
昨日の六華の声が、頭をよぎる。
「私は、夏さんのことが好きです」
そして今、真宮寺さんから届いた言葉。
『羽賀登野さんに来てほしい』
意味は全然違う。
でも、俺の胸は勝手に落ち着かなくなる。
『分かった』
それだけ送信する。
真宮寺さんから、すぐに返事が来た。
『いい返事を期待しています』
そこで、やり取りは止まった。
端末を置いて、天井を見上げる。
六華の告白に、まだ返事もできていない。
小蓮は新しいパーティへ進もうとしている。
真宮寺さんは、新しいギルドへ俺を誘っている。
俺だけが、Eランクのまま同じ場所に立っている。
周りだけが、どんどん先へ進んでいる。
そんな気さえした。
でも、それでも。
小蓮の薬に近づける可能性があるなら、話を聞かない理由はない。
俺はもう一度、端末の画面を見る。
真宮寺真里亞。
その名前を見て、昨日とは別の意味で胸が落ち着かなくなった。




