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第52話 告白

 第8パーティはDランク。

 小蓮はCランクの赤城伊織のパーティへ。

 なんだか、いろいろなものが動き始めている。


 その時、ポケットの端末が震えた。


 画面を見る。


 東雲六華。


『夏さん。今、少し時間ありますか?』


 短いメッセージだった。


 俺はすぐに返信する。


『大丈夫。どうした?』


 既読はすぐについた。

 少し間があって、次のメッセージが届く。


『話したいことがあります』


 俺は画面を見つめた。


 六華が、わざわざそんなふうに言うのは珍しい。

 軽い話ではなさそうだった。


『何?』


 送ると、すぐに返事が来た。


『近いうちに会えませんか』


『明日と明後日は休みだけど』


 そう送ると、少しだけ間が空いた。


『では、明日でもいいですか』


『いいよ。どこにする?』


 すぐに既読がつく。


『門の近くの公園で』


 門の近くの公園。


 俺の家と、はがとの食堂の間にある場所だ。

 あの黒い門が見える、小さな公園。

 子供の頃からよく通っていた場所だけど、門が現れてからは、どこか特別な場所みたいになっていた。


『分かった。何時?』


『午前十時でお願いします』


『了解』


 そこまで送ると、六華から少し間を置いて返事が来た。


『ありがとうございます』


 それだけだった。


 俺は端末を伏せる。


「六華?」

 小蓮が聞いてくる。


「ああ。明日、会って話したいって」


「ふうん」

 小蓮が少しだけ目を細める。


「何だよ」


「別に」


「絶対別にじゃない顔だろ」


「六華も、いろいろ動き始めてるね」


「何が?」


「さあ」


 小蓮はそう言って、少しだけ笑った。

 何か含みのある笑い方だった。

 でも、俺にはよく分からなかった。



 翌日。


 午前十時より少し前に、俺は門の近くの公園へ向かった。


 空はよく晴れていた。

 

 歩道の先に、公園が見える。

 ブランコ。

 大きな滑り台。

 整えられた植え込み。


 そして、その奥に見える黒い門。

 周りが揺れているかのように見える。

 いつ見ても、現実離れしている。


 その門から少し離れたベンチのそばに、六華は立っていた。

 銀色の髪が、光を受けてやわらかく光っている。


 今日は軽鎧ではない。

 白いブラウスに、薄い色のカーディガン。

 いつもより冷たい感じはなくて、柔らかい表情だった。

 そして、いつもより綺麗に見えた。


「おはよう」


 声をかけると、六華がこちらを向く。


「おはようございます。夏さん」


「待たせたか?」


「いいえ。私も今来たところです」


 そう言ってから、六華は少しだけ視線を落とした。

 いつもの六華なら、ここで何か一言付け足す。

 体調のこととか、依頼のこととか、ビリアルのこととか。


 でも今日は、少し様子が違った。


「話って?」


 俺が聞くと、六華はすぐには答えなかった。


 遠くで子供の声がした。

 でも、この周りだけ、妙に静かに感じた。


「少し、歩きませんか」


「ああ」


 俺たちは公園の中をゆっくり歩く。


 門の近くといっても、一般人が近づける範囲は決まっている。

 柵の向こうに警備端末があり、探索者用の通路だけが開いている。


 六華は、その柵の手前で足を止めた。


「ここ、昔からありましたよね」


「公園?」


「はい。門ができる前から」


「ああ。子供の頃からあったな。よく遊んでたな」


「そうですね。たくさん思い出があります」


 六華は黒い門を見つめる。


「門ができてから、いろいろ変わりました。世界も、人も、将来の考え方も」


「そうだな」


「夏さんは、変わりませんね」


「俺?」


「はい」


 六華は俺を見る。


「誰かが困っていると助けるところとか、本人は真面目なのに、なぜか周りを笑わせてしまうところとか」


 六華は続ける。


「グレイウルフの時も。ブラックウルフの時も。川北ギルドの時も。フレイムルースターやフレイムリザードの時も」


「ビリアル、結構見てるな」


「見ています」


「見るなとは言わないけど、黒アフロのところは忘れてほしい」


「無理です」


「即答かよ」


 六華は少しだけ笑う。

 でも、すぐに真剣な顔に戻った。


「私は、夏さんが無事でよかったと何度も思いました」


「心配かけたな」


「本当に」


 短い言葉だった。

 でも、その中に、いつもより強い感情があった。


 六華は胸の前で手を握る。


「だから、今日話したかったんです」


 風が吹く。

 銀色の髪が少し揺れる。


 六華は俺を見た。

 真正面から。


「夏さん」


「うん」


「私は、夏さんのことが好きです」


 時間が止まった気がした。


 子供達の声も。

 遠くの車の音も。

 公園の木々のざわめきも。


 一瞬、全部遠くなる。


「……え?」


 間の抜けた声が出た。


 六華は目を逸らさなかった。


「好きです」


 もう一度、はっきり言われた。


「友達としてではありません。家族みたいに、でもありません。私は、夏さんを一人の男の人として好きです」


 何か言わなきゃいけない。

 そう思うのに、言葉が出てこない。


 六華は少しだけ息を吸った。


「いつからか、はっきり分かっていたわけではありません。でも、気づけば夏さんのことを目で追っていました」


 六華の声が少し震える。


「夏さんが小蓮さんの体を治すために異世界に行って、何度も危ない目にあっていたり、この前の薬の事件だったり。それで、分かりました」


 六華は、少しだけ頬を赤くしていた。


「夏さんが門外追放ゲートアウトになって、万が一、今までの記憶がなくなったら……。私が門外追放になってしまったらって考えると急に怖くなって」


「……」


「だから、黙ったままではいられませんでした」


 俺は口を開く。

 でも、すぐには言葉にならない。


 六華は静かに待っていた。


 俺は、自分の胸の奥を探る。


 六華のことは大事だ。

 心配してくれることも、メッセージをくれることも、嬉しかった。


「六華のことを軽く考えたくない。だけど、小蓮の体が良くなったら返事をしてもいいかな」


 ようやく出たのは、その言葉だった。


 六華の表情が、わずかに揺れる。


 小蓮のことを理由にして、返事を先延ばしにしているだけなのかもしれない。

 そう思うと、自分でも情けなかった。


 六華は、しばらく黙っていた。

 それから、ゆっくり頷いた。


「分かりました」


 声は少し小さかった。

 

「待ってます」


 六華はそう言って、少しだけ笑った。


「でも、一つだけ約束してください」


「何?」


「無茶をしないでください」


「……それは難しいかもしれない」


「そこは、はいと言うところです」


「はい」


 六華が少しだけ睨む。

 その顔を見て、少しだけいつもの空気が戻った。


「夏さん」


「何?」


「私は、本気です」


「ああ」


「だから、夏さんもちゃんと考えてください」


「分かった」


 六華は小さく頷いた。


 そして、黒い門の方を一度だけ見た。


「ここで言えてよかったです」


「どうして?」


「門の近くは、何かが変わる場所だから」


 六華はそう言った。


 その言葉が、妙に胸に残る。


 門が現れて、世界は変わった。

 ジョブ判定を受けて、俺の人生も変わった。

 そして今日、また何かが変わったのかもしれない。


 六華は俺の方へ向き直る。


「今日は、ありがとうございました」


 六華は少しだけ頭を下げてから、ゆっくり歩き出した。


 俺はその背中をしばらく見ていた。

 銀色の髪が、光の中で揺れている。


 胸の奥が、落ち着かない。

 

 告白された。

 東雲六華に。


 その直後だった。


「夏」


 背後から聞き覚えのある声がした。


 振り返ると、公園の入り口近くに時雨さんが立っていた。

 いつからいたのか分からない。

 ただ、いつもの笑みを浮かべて、こちらへ歩いてくる。


「時雨さん……?」


「夏。今のは冗談だよ」


「……え?」


 何を言われたのか、すぐには分からなかった。


「六華は、俺とずっと暮らすんだ。そのうち赤い髪の子を引き取って、幸せに」


 時雨さんは、軽い口調でそう言った。

 でも、その目は笑っていなかった。


 それだけ言うと、時雨さんは六華の歩いて行った方に去った。


 公園の奥で、黒い門が静かに揺れていた。

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