第51話 スカウト
家に帰った頃には、外はもう暗くなり始めていた。
「ただいま」
「おかえり、夏」
リビングに入ると、小蓮がテーブルの前に座っていた。端末を見ていたらしく、俺が入るとすぐに画面を伏せる。
「依頼、どうだった?」
「達成した」
「凄いじゃん」
俺は椅子に座り、肩の力を抜いた。
小蓮は俺の顔をじっと見る。
「あんまり嬉しそうじゃないね」
「……分かるのか?」
「分かるよ。夏、すぐ顔に出るから」
小蓮は少しだけ笑った。
俺は頭を掻く。
「第8パーティは、Dランクに上がった」
「ますます凄いじゃん」
「でも、俺だけはEランク」
そう言うと、小蓮の表情が変わった。
「どうして?」
「ステータスが足りないんだって。Dランクはステータスのトータルが七百以上」
「そうなんだ」
「でも、レベルは百十になってた」
「百十? それでステータスが変わらないの?」
「ステータスのトータルは、五十で前と変わってない」
小蓮が端末を持ち上げて、こっちに向けた。
「ビリアルでも話題になってたよ」
「……見たのか」
「見た」
即答だった。
少し嫌な予感がする。
「どこまで?」
「黒アフロ」
「そこか……」
「あとトランクス」
「見るなよ!」
小蓮は少しだけ笑った。
でもすぐに、真面目な顔に戻る。
「でも、一人だけEランクのままだと、パーティから抜けるの?」
「いや、第8パーティに同行するならDランク依頼にも参加できるって」
「なら、今のままで続けられるんだ」
「ああ」
そう言ってから、少しだけ息を吐いた。
「でも、追い出されたら、誰も組んでくれないかもな」
「夏は、一人で行くつもり?」
「……」
「無理に一人で危ないところへ行かないでね」
小蓮はそう言った。
「夏はさ」
小蓮が少しだけ声を落とす。
「焦ってるでしょ」
「……まあ」
「私のことがあるから?」
その聞き方に、少しだけ喉が詰まる。
「それもある」
「それも?」
「自分が何ができるのが分からないのも、嫌なんだと思う」
お笑い師。
レベル百十。
ステータストータル五十。
でも、モンスターを倒せない。
意味が分からない。
「夏は、夏だよ」
小蓮が言った。
「ジョブが何でも、ランクが何でも」
「簡単に言うなよ」
「簡単じゃないよ。私にとっては、それが一番大事だから」
真っ直ぐ言われると、少し困る。
俺は目を逸らした。
「……ありがとな」
「うん」
少しだけ静かになる。
そのあと、小蓮が端末をテーブルに置いた。
「それでさ。僕も話がある」
「何?」
「パーティにスカウトされました」
思わず顔を上げる。
「スカウト?」
「うん」
「誰に?」
「赤城伊織さん」
「赤城さんか……」
養成所でジョブの説明をしてくれた姿を思い出す。
C級探索者――赤の剣姫こと、赤城伊織
「赤城さんのパーティに、小蓮が誘われたのか?」
「うん。聖女だから、だと思う」
小蓮は自分でそう言って、少しだけ苦笑した。
「回復役が欲しいって。もちろん、いきなり危険な依頼には連れて行かないって言ってくれた。最初は後方支援と見学に近い形でいいって」
「でも、Cランクだろ」
「うん」
「危なくないのか?」
「危なくない探索なんてないし、夏だって弱いのに行ってるじゃん」
それは、そうなんだけど。
「小蓮は、参加するつもりなのか?」
「うん」
返事はすぐだった。
「僕、守られてばかりは嫌なんだ」
小蓮が静かに言った。
「夏が僕のために異世界に行ってくれてるのは分かってる。嬉しいし、感謝してる。でも、それで夏ばっかり傷つくのを見るのは嫌」
「俺は――」
「大丈夫って言うでしょ」
先に言われた。
「赤城さんのパーティに入れば、回復の経験も積める。聖女としてできることも増えるかもしれない。僕も、ちゃんと探索者になりたい」
「メンバーは?」
「赤城さんを入れて四人。私が入ると五人になる」
「男は?」
「いる」
「やっぱりやめよう」
「夏」
「冗談だよ。半分」
「半分なんだ」
小蓮が呆れた顔をする。
俺はため息を吐いた。
「分かった。止めない」
小蓮の目が少しだけ開いた。
「本当に?」
「本当。ただし、条件はある」
「何?」
「無理だと思ったら引くこと」
小蓮は声をあげて笑った。
「夏はできてないけどね」
「俺のは、体が勝手に……」
その時、玄関の方で音がした。
「「ただいま」」
二人の声だ。
母さんは少し疲れた顔をしていて、父さんは、腕に買い物袋を下げていた。
「今日はどうだった?」
父さんが上着を脱ぎながら聞いてくる。
「依頼達成した。ファイヤークリスタル、二個」
「そうか」
父さんは短く頷いた。
母さんは少しだけ安心した顔をする。
「怪我は?」
「ない」
「本当に?」
「本当に」
母さんは俺の顔をじっと見てから、小蓮の方を見る。
「小蓮も、何か話していたの?」
小蓮が少し姿勢を正した。
「うん。僕、探索者パーティにスカウトされた」
母さんの手が止まった。
「スカウト?」
「赤城伊織さんっていう、Cランク探索者の人。回復役として入らないかって」
「Cランク……」
母さんの表情が一気に曇る。
父さんも、椅子に座る前に動きを止めた。
「小蓮。詳しく聞かせてくれ」
小蓮は頷いて、赤城さんから誘われたことを説明した。
いきなり危険な依頼には連れて行かないこと。最初は後方支援や見学に近い形でいいと言われたこと。
小蓮が静かに言った。
「僕も、できることを増やしたい」
「できること?」
「うん。夏が私のために異世界に行ってくれてる。お父さんとお母さんも、ずっと心配してくれてる。それは分かってる」
小蓮は、少しだけ俺を見た。
「でも、何もできないのは、苦しい」
母さんの表情が揺れた。
「小蓮」
リビングが静かになる。
父さんがゆっくり椅子に座った。
「夏はどう思う」
急に振られて、俺は少し言葉に詰まった。
「正直、心配だよ」
そう言うと、小蓮が少しだけ目を伏せる。
「でも、止めない」
「どうしてだ」
「小蓮が、自分で決めたことだから」
本当は止めたい。
「ただ、条件はつけた。無理だと思ったら引くこと」
「それだけ?」
母さんはまだ納得できない顔をしていた。
「私は、正直言うと反対よ」
小蓮が母さんを見る。
「うん」
「あなたがまた危ない目に遭うんじゃないかって考えるだけで、怖い」
「うん」
「夏もそう。二人とも、平気な顔で危ない方へ行くんだから」
「俺は平気な顔はしてないけど」
「してるつもりでしょ」
「……はい」
母さんに言われると反論できない。
母さんは小さく息を吐いた。
「でも、小蓮が自分で決めたことなら、頭ごなしに駄目とは言わない」
「お母さん」
「その代わり、無理は絶対にしないこと。体調が少しでも悪い日は行かないこと」
「分かった」
「夏も」
「え、俺?」
「小蓮のことばかり心配して、自分のことを後回しにしない」
胸を刺されたみたいだった。
「……分かった」
「本当に?」
「本当に」
小蓮が横で少し笑った。
「夏、信用されてないね」
「お前もだぞ」
「私はちゃんとしてるから」
「どこが」
そう言い合うと、少しだけ空気がやわらかくなった。




