第50話 ランク査定
異世界から戻ってきた第8パーティは、いつもの小会議室へ通された。
長机の向こうでは、若い職員が端末を操作している。その隣には、黒いケースが二つ置かれていた。
「それでは、第8パーティの依頼達成確認を行います」
中に収まっていた赤い結晶が、会議室の白い照明を受けてぼんやりと光った。
異世界で見た時よりも、少しおとなしく見える。火山の赤黒い岩場の中で見た時は、もっと生々しく光っていた気がした。
「ファイヤークリスタル、二個。どちらも発電資源として問題なく錬成処理に回せます」
「当然だろ」
太野川が反応する。
「高品質には少し届きませんが、依頼としては十分な品質です」
「なら、買取は?」
太野川の声が少し前のめりになる。
職員は慣れた様子で端末を操作した。
「今回の依頼基本報酬は、一人三万円。ファイヤークリスタル二個の買取額は、合計百二十万円です。パーティ五名で均等配分した場合、素材分が一人二十四万円。基本報酬と合わせて、一人二十七万円になります」
「やっぱ、すげぇな」
太野川が口元を上げた。
「二十七万!」
脛比の声が裏返った。
「一日で?」
骨田も目を丸くする。
前回のブラックオニキスと月光草も十分すごかった。でも今回は、それを超えている。
一人二十七万円。
普通の感覚なら、かなり大きい。
このお金があれば、小蓮のためにできることが増える。
ハイヒールポーション。
リカバリードラフトの調合費用。
お金はいくらあってもいい。
「なお、ファイヤークリスタルは社会基盤資源のため、一定品質以上のものは個人持ち帰りではなく協会買い取りが原則です」
「持ち帰るやついるのか?」
太野川が聞く。
「違法な私的取引を防ぐためです」
職員は淡々と答えた。
「ふうん。まあ金になるならいいけど」
太野川はそれで納得したらしい。
職員は続ける。
「それから、第8パーティはこれで初期依頼三件を達成しました。薬草採取、ブラックオニキス採取、ファイヤークリスタル採取。いずれも達成で、あとはステータス次第です」
その言葉で、部屋の空気が少し変わった。
「つまり。査定だな」
太野川が身を乗り出す。
「はい。正式には、これから水晶でステータスの確認して、Dランク昇格の可否を判断します」
「Dランクになれば受けられる依頼も増えるんだろ?」
「はい。採取依頼でも危険度が少し上がります。討伐補助、護衛、希少資源の探索なども条件付きで受けられるようになります」
「いいじゃん」
脛比が笑う。
「報酬も上がりそうだね」
骨田が嬉しそうに言う。
俺は黙って聞いていた。
Dランク。
上がれば、できることが増える。
でも、それは危険も増えるということだ。
初期依頼ですら、何度も危ない目に遭った。
ランクが上がれば、もっと危険な場所へ行くことになる。
それでも。
小蓮のためには、進むしかない。
「まずは、ステータス再確認を行います」
太野川たちも少しだけ表情を変える。
「別室じゃないのか?」
「今回は簡易再確認なので、この部屋で行います」
職員が机の下から、布に包まれたものを取り出した。
黒い布が外される。
そこにあったのは、透明な水晶だった。
初めてジョブ判定を受けた時の黒い球とは違う。こちらは手のひらより少し大きいくらいの、澄んだ水晶だった。内部には、かすかに光の線が揺れている。
「これはステータス確認用の水晶です。ジョブ判定用の門球とは異なり、現在のステータス、レベルを簡易表示します」
「ここに手を置けばいいんですか?」
真宮寺さんが聞く。
「はい。順番にお願いします」
職員は端末を水晶の横に置いた。
「表示内容は本人と協会記録に保存されます。査定に必要な最低限の情報は確認します」
つまり、完全に隠すことはできないらしい。
太野川がすぐに立ち上がった。
「じゃあ、オレからでいいだろ」
「どうぞ」
職員が頷く。
太野川が水晶に手を置く。
水晶の内部に、青白い光が走った。
数秒後、端末に文字が浮かぶ。
太野川剛
戦士 レベル8
体力 160
魔力 40
筋力 280
素早さ 80
頑丈さ 240
トータル 800
「レベル8!」
太野川が得意げに笑う。
職員が記録する。
太野川は満足そうに椅子へ戻った。
「次、オレちゃん」
脛比が水晶へ手を置く。
脛比武夫
武闘家 レベル7
体力 70
魔力 210
筋力 70
素早さ 280
頑丈さ 70
トータル 700
「オレちゃん、スピードスター」
脛比が嬉しそうに目を細める。
次に骨田が立ち上がる。
「ボクもレベル上がってるはず」
骨田が水晶に触れる。
骨田伸
魔法使い レベル7
体力 140
魔力 140
筋力 140
素早さ 140
頑丈さ 140
トータル 700
「レベル7」
骨田の声が弾む。
三人とも、自分の結果に満足している。
次は真宮寺さんだった。
真宮寺さんが静かに立ち上がる。
水晶に手を置いた瞬間、水晶の中の光が強くなった。
明らかに、さっきまでと反応が違う。
端末の表示が少し遅れて浮かぶ。
真宮寺真里亞
勇者 レベル6
体力 240
魔力 240
筋力 180
素早さ 180
頑丈さ 240
トータル 1080
部屋が少し静かになった。
「さすが勇者ですね。他のジョブよりレベルが上がるのは遅いですが、トータルは1番です」
職員が端末を操作しながら、水晶を確認している。
真宮寺さんは席に戻る時、一瞬だけ俺を見た。
最後は、俺だ。
急に部屋の空気が変わった気がした。
太野川たちは興味半分、笑い半分の顔でこっちを見ている。真宮寺さんだけが、真面目な顔で俺を見ていた。
俺は小さく息を吐いて、水晶の前に立った。
手を出す。
少しだけ躊躇する。
もし、何も変わっていなかったら。
今までの全部が、ただの偶然だったら。
そう思うと、指先が少し震える。
俺は水晶に手を置いた。
次の瞬間、水晶の内部に白い光が走った。
それが一度、丸く膨らみ、ぽん、と弾けるように揺れた。
職員が端末を見る。
眉が、わずかに動いた。
端末に文字が浮かぶ。
羽賀登野夏
お笑い師 レベル110
体力 10(****)
魔力 10(****)
筋力 10(****)
素早さ 10(****)
頑丈さ 10(****)
トータル 50(****)
太野川が吹き出しかける。
「トータル五十――」
だが、次の瞬間、太野川の声が止まった。
「レベル百十?」
部屋が、静まり返った。
「……え?」
最初に声を出したのは、俺だった。
「レベルが上がってますね。しかし、ステータスには変化がないようです」
職員が落ち着いた声で、端末を操作する。
「……もう一度、確認します」
職員が端末を操作し直す。
水晶の中の白い光が、もう一度ぽん、と弾けた。
だが、表示は変わらなかった。
「ばかとのは、モンスター倒してないだろ」
太野川が不満げに言う。
「括弧の中は……」
真宮寺さんが小さく呟く。
俺は端末の表示を見つめる。
お笑い師。
俺は、まだ一体もモンスターを倒していない。
でも、レベルは上がっている。
そして、ステータスは変わっていない。
「……お笑い師って、何なんだよ」
小さく呟く。
水晶の中の白い光は、もう消えている。
でも、会議室の空気はまだ固まったままだった。
職員がようやく顔を上げた。
「査定結果をお伝えします」
その声で、太野川たちが姿勢を正した。
「太野川剛さん、脛比武夫さん、骨田伸さん、真宮寺真里亞さん。この四名については、Dランクへの昇格が認められます」
「よし!」
太野川が拳を握る。
「まあ、当然だよね」
脛比も嬉しそうに笑った。
「やった」
骨田は明らかに口元が緩んでいる。
真宮寺さんは静かに頷いただけだった。
これで第8パーティはDランク。
受けられる依頼も増える。
小蓮のために探せるものも、きっと増える。
そう思った直後。
職員の視線が、俺に向いた。
「ただし、羽賀登野さんについては、Eランクのままとなります」
「……」
「ステータスのトータルが700以上がDランクになれます。羽賀登野さんはトータル50です。よってランクアップできません」
「でも、レベル百十だろ?」
太野川が思わず口を挟んだ。
俺は少し驚いて、太野川を見る。こいつが、俺のことで口を出すとは思わなかった。
「はい。レベル表示は百十です。ただし、ステータスに変化はありません。現行の査定では、レベルよりも実際の身体能力値が優先されます」
「トータル五十じゃ、Dランクにはできないってことか」
「その通りです」
職員は頷いた。




