第47話 フレイムルースター
門をくぐり抜けて、異世界にやってきた。
ゴクシ岩場とは反対の方角に足を進めていき、最初に感じたのは、熱だった。
草原や岩場に出た時とは、空気が違う。吸い込んだ瞬間、喉の奥が乾くような熱さがある。
赤黒い岩の大地が広がっていて、遠くには黒い煙を細く上げる山が見える。
シクネ火山。
火口まではかなり距離があるはずなのに、足元の岩はどこか熱を持っているように思えた。
地面の裂け目からは、赤い光がぼんやり漏れている場所もある。
「うわ、暑っ」
太野川が顔をしかめながら言う。
「これで外縁部なら、火口はもっと暑いね」
脛比も額に手をかざして、火山の方を見た。
「本当に火口近くじゃなくてよかった」
骨田は腕輪の表示を確認しながら呟く。
ファイヤークリスタル。
地球側で変換処理を行うことで、発電設備の動力源になる異世界資源。つまり、あの無料の電気を支えているものだ。
真宮寺さんが腕輪を見ながら言う。
「採取地点は、この先の溶岩が固まった斜面の近くですね。ただし、無理に奥へ入る必要はありませんね」
「二個なら余裕だろ」
太野川が剣の柄に手をかける。
「今回も場所さえ分かれば、楽勝じゃない?」
脛比も軽い調子で笑う。
「前回も沢山採れたしね」
骨田が少し得意げに言った。
三人の空気は、相変わらず軽い。
「羽賀登野さん」
真宮寺さんがこちらを見る。
「何?」
「足元に気をつけてください。ここは普通の岩場より崩れやすいと思います」
「分かった」
「それと、熱を持った岩には不用意に触らないでください」
「それも分かった」
「それから――」
「待って。多い」
思わず言うと、真宮寺さんは少しだけ目を細めた。
「言うことが多くなる行動をするからです」
太野川たちが後ろで笑う。
俺が軽く息を吐いた時、遠くから奇妙な鳴き声が聞こえて、周囲を見渡す。
「……今の、何?」
コケェ、とも、ギャア、とも聞こえる。
鳥の鳴き声に近い。
けれど、普通の鳥よりずっと濁っていた。
真宮寺さんの表情が変わる。
「何か来ます」
その直後、左側の黒い岩の陰から、何かが飛び出した。
赤いトサカ。
黒ずんだ羽。
全身に、火の粉のような赤い光。
見た目は、雄鶏に近い。ただし、普通のニワトリとは違いめちゃくちゃ大きい。脚は太く、爪は鋭く、嘴の先が焼けた金属みたいに赤く光っている。
「コケェエエッ!」
甲高い鳴き声と同時に、そいつが地面を蹴った。
「フレイムルースターです!」
真宮寺さんが叫ぶ。
「ほんとにニワトリじゃねぇか!」
太野川が剣を抜く。
大きな体が地面を跳ねるように走ってくる。
翼を広げるたびに、小さな火の粉が散った。
「速っ!」
脛比が横へ跳ぶ。
フレイムルースターの嘴が、さっきまで脛比の顔があった場所を掠めた。
空気がじゅっと鳴る。
「顔狙ってきたぞ!」
「太野川さん、正面! 脛比さんは側面から! 骨田さんは距離を取って援護! 羽賀登野さんは私の近くに」
真宮寺さんの指示が飛ぶ。
「分かってるよ!」
太野川が正面から踏み込み、剣を横薙ぎに振る。
だが、フレイムルースターは翼をばさりと広げ、短く跳んだ。剣が足元を通り過ぎる。
「お前、飛べるのか!」
空中で、フレイムルースターの爪が赤く光り、そのまま太野川の肩へ蹴り込む。
「ぐっ!」
太野川が腕で受ける。
太野川のスケイルメイルの表面から、薄く煙が上がった。
「熱っつ! でもこの鎧にしておいてよかったぜ」
「爪に熱があります! 受け続けないで!」
真宮寺さんが走る。
銀色の剣が、フレイムルースターの着地に合わせて振り下ろされた。
ザッ。
羽が数枚、黒い砂になって散る。
だが、浅い。
「コケェッ!」
フレイムルースターが怒ったように鳴き、今度は真宮寺さんへ突っ込んだ。
「羽賀登野さん、前に出ないで!」
フレイムルースターが翼を広げる。
火の粉が散り、視界が一瞬赤く霞んだ。
「うわっ!」
俺は反射的に腕で顔を庇う。
その瞬間、横から別の鳴き声がした。
「コケェッ!」
「まだいる!」
骨田が叫ぶ。
右の岩陰から、二体目。
「チッ。コケコケうるさいな!」
太野川が舌打ちする。
脛比が一体へ蹴り込む。だが、フレイムルースターは翼をばたつかせて横へずれた。
蹴りはかすっただけ。
その代わり、火の粉が脛比の袖に散る。
「熱っ! 地味に嫌!」
「ファイヤーボール!」
骨田の火球が飛ぶ。
だが、火球を見たフレイムルースターは逃げなかった。むしろ嘴を開けて、火球に突っ込む。
「え?」
火球が当たる。
炎が弾ける。
しかし、フレイムルースターは止まらない。
真宮寺さんが声をあげる。
「火属性は効きづらいです」
「そりゃそうだろ!」
太野川が叫ぶ。
「先に言ってよ!」
骨田が慌てて後ろへ下がる。
火属性のモンスターに火球。
効かなそうなことは、俺でもわかる。
二体のフレイムルースターが、やっぱり真宮寺さんへ。
真宮寺さんは落ち着いていた。
突っ込んでくる一体を正面から受けず、半歩ずれて詠唱する。
「アイスランス」
フレイムルースターの翼の付け根に氷の槍が突き刺さる。赤い火の粉が散り、体勢が崩れた。
「そこ!」
真宮寺さんがさらに踏み込み、首元を斬る。
最初の一体が黒い砂になって崩れた。
だが、残り一体は止まらない。
「今度は俺が!」
太野川が真宮寺さんの前へでる。
「オレちゃんもやる」
脛比も太野川の横につく。
「今度は違う魔法で」
骨田もワンドを構えて、脛比の横へ。
三人が俺と真宮寺さんの前に並ぶ。
そいつは仲間が倒されたのを見て、翼をばたつかせた。
火の粉が散る。
そいつは急に大きく息を吸い込むように胸を膨らませた。
「何かきます!」
真宮寺さんの声。
その声を聞いた三人は、すぐに横へ飛ぶ。
真宮寺さんも横へ飛んだ。
俺は何もできずに棒立ちだった。
フレイムルースターのトサカが赤く光る。
次の瞬間。
「コケエエエエッ!」
鳴き声と一緒に、赤い熱風のようなものが吐き出された。
熱風が地面を舐める。細かい火山灰が舞い上がり、視界が赤黒く霞んだ。
「うわっ! 熱っ」
一人取り残された俺は、その熱風をまともに受けてしまった。
「羽賀登野さん!!」
真宮寺さんの悲鳴に近い声。
「……くない?」
目の前が赤い光につつまれたが、熱は感じなかった。
「ケホッ」
口から吐いた息が白く立ち上る。
「ハハハハハハ」
「ヒヒヒヒヒヒ」
「フフフフフフ」
三人が俺を指差す。
また、耳鳴りが聞こえた。
俺だけが状況についていけないまま立ち尽くしていると、フレイムルースターがこちらへ嘴を突き出してきた。
「コェッ!」
「うわぁ!」
反射的に、下から右手が跳ね上がる。
ゴッ!
ちょうど下から上へ突き上げるような軌道で、拳がフレイムルースターの顎を打ち抜いた。
「コケェ!?」
フレイムルースターの頭がガクンと落ちる。
「!!」
真宮寺さんが踏み込む。
銀の剣が、赤黒い空気を裂いた。
一閃。
二体目のフレイムルースターが黒い砂になって崩れた。
静寂。
真宮寺さんが剣を収め、俺の方へ歩いてくる。
「羽賀登野さん、火傷は?」
「ない、かな?」
真宮寺さんは少しだけ息を吐いた。
「火傷はなさそうで……安心しました」
「その間は何?」
「いえ……一瞬、頭と格好が少し、予想外だったので」
太野川達が口を挟む。
「ばかとのサマ。なんで熱風の中で黒アフロになるんだよ」
「さっき、完全にトランクス一枚だったよね」
「しかも右手、アッパーした後みたいになってた」
「……は?」
何のことか分からず、俺は頭に手をやった。
いつもの髪の感触しかない。
目線を落とす。
ジャージは着ている。
上も下もちゃんとある。
ブーツも履いている。
「熱風を浴びた瞬間、真っ黒アフロでトランクス一枚だった」
脛比が腹を押さえている。
「面白かったよ!」
骨田が涙目で笑っている。
「本当に一瞬でした」
真宮寺さんが真面目な顔で言った。
太野川がまだ肩を震わせている。
「しかもそのまま右手でアッパーしてんだもんな」
「アッパー?」
「しただろ。フレイムルースターの顎、ぶち上げてたぞ」
「それは……反射で」
俺は自分の服をもう一度確認する。
やっぱり、何も変わっていない。
さっきの一瞬だけ。
熱風を浴びた時だけ、俺はそんな姿になっていたらしい。
ブーツも大丈夫だなと足を上げた時、赤い光が一瞬きらりと揺れた。
「……あれ」
俺は思わず声を漏らす。
黒い岩の裂け目の奥。
赤く透き通る結晶が、ぼんやりと光っていた。
真宮寺さんもそちらを見る。
「ファイヤークリスタル……かもしれません」




