第46話 三回目の依頼とランク査定
ブラックウルフ戦から二日間の休みをもらった第8パーティは、今日が三回目の依頼になる。
川北ギルドの事件や入院、真宮寺家の食事会があったせいで、体感としてはもっと長く空いた気がした。
ギルド協会本部の小会議室。
俺たち第8パーティは、長机を挟んで職員の説明を聞いていた。
太野川は、椅子にもたれ腕を組んでいる。
脛比は、落ち着きなく足を揺らしていた。
骨田は、朝なのにうとうとしている。
真宮寺さんは、いつも通り背筋を伸ばして座っていた。……いや、いつも通りに見えるだけかもしれない。
昨日の食事会のことが頭をよぎる。
「身分の低い方」
あの言葉は、思っていたより胸に残っていた。
その後、真宮寺さんから謝罪のメッセージがきて、俺は「気にしなくていい」と返した。
でも、気にしていないわけじゃない。それを悟られたくなくて、俺は視線をモニターへ戻した。
「第8パーティへの三回目の依頼は、ファイヤークリスタルの採取です」
若い職員が端末を操作すると、壁のモニターに依頼票が映し出される。
【第8パーティ 依頼内容】
シクネ火山外縁部
ファイヤークリスタル採取
目標数 二個
確認対象モンスター:フレイムルースター、フレイムリザード
「ファイヤークリスタルか」
太野川が少し身を乗り出す。
「はい。シクネ火山周辺で採取される異世界資源です。内部に高密度の熱エネルギーを蓄えており、地球側で錬金術師が錬成処理を行うことで、発電装置の動力源になります」
「電気になるんだよね」
脛比が聞く。
職員は淡々と説明を続けた。
「ブラックオニキスのような覚醒者の装備素材とは異なり、ファイヤークリスタルは社会全体を支える重要資源です。品質によっては報酬も大きく変わります」
「高く売れるってことだな」
太野川の口元が、分かりやすく上がる。
「品質条件を満たせば、前回のブラックオニキスより報酬は高くなります。そして、今回の依頼はランク査定も兼ねています」
「査定?」
骨田が顔を上げた。
職員は頷く。
「第8パーティはこれまで、薬草採取、ブラックオニキス採取を達成しています。戦闘面でも、ブラックウルフと遭遇しながら全員生還しています」
生還。
その一言で、ブラックウルフの黒い影が頭に浮かぶ。あれは、本当に危なかった。全員無事だったのが不思議なぐらいだ。
「今回のファイヤークリスタル採取を達成できれば、初期依頼三件を完了したものとして、ステータス再確認とDランクの査定を行います」
「ステータスの再確認?」
思わず声が出た。
職員の視線がこちらへ向く。
「はい。実戦を数回経験してレベルアップしていれば、ステータスが変わっていますからね。それに、スキルを取得している場合があります。特に、特殊ジョブの場合は、固有スキルが取得できることがあります」
特殊ジョブ。
真宮寺さんの勇者なら、様々なスキルを持っていてもおかしくない。
が、お笑い師は……スライムにも攻撃が通らなかったジョブ。
くしゃみ。
転ぶ。
膝カックン。
オナラでファイヤーボール強化。
噛まれて服が脱げる。
自分で並べてみても、意味が分からない。でも、確かに何かは起きているから、何かしらのスキルかもしれない。
「つまり、今回をクリアすれば、俺のジョブも少し分かるかもしれないってことですか?」
「可能性はあります」
職員は少し慎重に答えた。
「ただし、必ず新しい情報が出るとは限りません。あくまで再測定と確認です」
「それでも十分です」
俺は小さく頷いた。
「お笑い師のステータス確認して、何が出るんだよ」
太野川が鼻で笑う。
「まだ、スライム倒せないでしょ」
脛比が肩を揺らす。
「レベルアップってできたの?」
骨田が首を倒して聞いてきた。
三人は笑っている。
でも、前ほど腹は立たなかった。
実際何もできてない。
倒したモンスターもいない。
真宮寺さんが静かに口を開く。
「シクネ火山の外縁部は、地表温度が高い場所があります。熱風、火山灰、足場の脆さにも注意が必要です」
職員が頷いた。
「その通りです。今回向かうのは火口付近ではありませんが、通常の岩場とは環境が違います」
モニターに、赤黒い岩肌の写真が映る。
遠くには黒い煙を上げる山。
地面の裂け目からは、赤い光がぼんやり漏れていた。
見ただけで、喉が乾くような場所だった。
「月光草はありますか?」
俺の問いに職員が答える。
「今回のシクネ火山の周辺には月光草は生えません。温度が高すぎるせいかもしれません」
なんとなく、そうだろうとは思っていた。
今回は、月光草は無理そうだ。
「ルースターって、にわとりだよね?」
脛比が聞く。
「はい。にわとりと言ってもかなり大型です。頭までの高さは2メートル近くになります。火山地帯に適応しており、体表に炎を帯びています。爪で引っ掻かれたり、突かれるだけで火傷する可能性があります」
二メートルのにわとり。
しかも、炎を帯びてる。
それはもう、にわとりとは言えないのでは。
「うわ、マジか」
太野川が顔をしかめる。
「フレイムリザードは?」
骨田が続ける。
「火山岩に紛れて待ち伏せする中型の爬虫類型モンスターです。噛みつきよりも、尾による打撃と高温の体表に注意してください」
「まあ、やるしかねぇだろ。達成すれば、Dランクなんだろ?」
太野川が言う。
「そうだね。ランクアップすれば、新人としてはかなり早い方だね」
骨田が少しだけ得意げに杖を撫でた。
職員が説明を続ける。
「ファイヤークリスタルは赤く発光していて分かりやすいですが、腕輪の判定を使用してください」
「触ると熱いんですか?」
俺が聞くと、職員は頷いた。
「いえ、熱くはありません。結晶自体が熱を放っているわけではありませんから。内部に蓄えたエネルギーを、錬成処理で取り出す素材です」
テーブルの上に、黒いケースが置かれる。
「採取目標は二個です。ただし、無理に奥へ進まないでください。火山外縁部では、地面の下に空洞がある場所もあります。踏み抜き、熱風の噴き出しにも注意してください。説明は以上です。質問はありますか?」
職員が見渡す。
真宮寺さんが手を挙げた。
「ブラックウルフみたいな強いモンスターが出ることはありますか?」
「火山外縁部にもグレイウルフ系が流れてくることはあります。縄張りが重なる可能性は低いですが、完全には否定できません」
「分かりました」
真宮寺さんは短く頷く。
その横顔は落ち着いている。
そう思った瞬間、真宮寺さんがこちらを見た。
「羽賀登野さん」
「何?」
「今日は、無理に前に出ないでください」
「……」
「特に火山地帯では、転ぶだけでも危険です。熱を持った岩、噴き出す熱風。どれも怪我につながります」
「俺も転びたくて転んでるわけじゃないんだけど」
「分かっています。本当に無理をしないで下さい」
それも、いつもの会話だった。なのに少しだけ、昨日の料亭のことを思い出してしまう。
そんな言葉とは関係なく、今ここで真宮寺さんは俺を心配している。それで十分な気もした。
職員が立ち上がる。
「では、北側出入口へ集合してください」
説明が終わる。
太野川たちはすぐに立ち上がり、報酬の話を始めた。
「ファイヤークリスタルって、ブラックオニキスより高いんだろ?」
「少なくとも三倍近いみたいだよ」
「それに、ランクアップしたら、次から依頼の報酬も上がるよ」
三人の声を聞きながら、俺は椅子から立ち上がる。
三回目の依頼。
これを達成すれば、ステータスの再確認。
お笑い師が、何なのか。
少しでも分かるかもしれない。
そう思うと、不安と期待が混ざって、胸の奥が妙に落ち着かなかった。




